23話:やべーやつ出た
色々とありまして遅くなりました。
二度も直撃するとか思わんやん……(白目)
「オディロンさま」
「っ、ぇ、なんだい、コーラル」
引っかかった。
今めっちゃ喉引っかかったろ旦那様(仮)。
実の親に対して何故にそこまで緊張してるのか旦那様(仮)。
薄く微笑みを浮かべ、手の平を上にして、並べた指先でフリージアを差す。
「当主さまに、しょうかいを」
「あっ、ああ! そうか。そうだったね」
話題を提供されたオディロン様は顔を明るくすると、椅子の脚から音を立てて腰を上げる。
途端にウヴァル様は眉を顰めた。
「し、失礼を致しました、父上」
「構わん。それで?」
威圧感を如才なく醸し出す初老の痩躯は、幾分か寛いだ様子で背凭れに体重を預け、肘掛に腕を置いて僅かに体を傾がせる。
そうして、行動を起こしたのには理由があるのだろう。と、言わんばかりに顎で示す。
水色とも緑色ともつかない、淡い色の瞳をじとりと光らせる様は見る者に存分な畏怖を抱かせるだろう。
でもさっき若干キョドりつつ『え? そこの赤ちゃん、何? 孫?』ってなってたの知ってるからオレ全然怖くねえ。
ウヴァル様の一挙手一投足に芝居っ気を感じる。
「この子はフリージア=イーリス。僕とコーラルの愛のけっしょ「オディロンさま」
結晶とか言わせねえよ?
なに真顔ノーモーションで惚気ポエム挟もうとすんの? やめて?
「……何だい、コーラル」
うん。使用人兼現地妻的立場で上に立つ旦那様(仮)の言葉を遮るなんて無礼千万ですよね。
気分害してごめんなさいですが唇尖らせるのあざとくて可愛くないからやめてくださらない?
それ母性本能燻らせてる系お姉さんに効くやつだろうけど、儚い系お姉さんのガワ被ってるだけの中身天パなゴリラには効かないやつだから。
「ディナーの、手伝いに。行ってきます」
返事を待たずに席を立つ。
まあ応答如何によっての予定変更はしないんだけれども。
だからオディロン様と、なぜかウヴァル様からまで縋る目をされても構わず去っちゃうオレなのだよ。
いくら四大貴族様の別荘といえど、中世風世界の建築物ではホールと台所を繋ぐ出入り口に戸が立っている筈も無い。
外と中を隔てるドアはとても大層な製品である。だから庶民の家には玄関にしか設置されておらず、裕福な家にはそれに寝室がプラスされる。
余談ではあるが寝室は全員同じ部屋で、デカいベッドに一家仲良く雑魚寝状態だ。大抵の場合は来客も同衾。
みんな寝る時は下着or裸。どちらかというと裸の確率が高い。
この世界にパジャマって概念あるっけ? あってほしいんだけど。
そんな事情故に見た目だけは立派な女体のコーラルは、ほぼ毎晩パンツ一丁の旦那様(仮)から合体アプローチを受けてきたのだ。
暗くて見えやしないけど完全ちんちんぶーらぶら状態の爽やかハンサムガイから犯されかねん恐怖に怯えるパリラとしては個室が欲しいのです。切実に。
などと軽めの現実逃避をこなす時間は直ぐに過ぎ去る。だってホールとキッチン直結だもん。現実逃避ついでに星つけちゃお。直結だもン☆ ごめんわすれて。
一歩足を踏み入れたレーヴェ邸の台所は、差配人の家にある設備よりも立派だ。
部屋の上部に設えられた横長の換気窓から注ぐ明かりが室内の陰影を際立たせる。
静かに燃える薪は囲炉裏ではなく、暖炉の原型と言えるような壁の窪みの中にあった。
別の壁際にはテーブルが置かれ、ザクザクと音を立てて何かを切る女性の屈んだ背が見える。
台所。暖炉。光。水瓶。女。
視界を埋める情報の一つ一つが。密やかな音の一つ一つが。この身体がかつてコーラルだけの物だった頃の記憶を細い糸の如く引き摺り出す。
ああ。あの人は。わたしの。
口を開こうとした所で、進入者の気配に気付いた女が上半身を起こした。
「――お前は」
振り向いた顔は何処か倦んだ表情をして、細い首から低くざらついた声が伸びる。
後頭部に巻いた髪は赤茶色。額に垂れた後れ毛が、深い黄褐色の瞳の前で揺れる。
「昔から、トレンチャーの用意が下手でした」
アンバー=アガット・フォン・ベルンシュタイン。
コーラルが“奥方様”と呼ぶ、当主様の妻にして、オディロン様の母。
脳裏に家庭教師と、オディロン様の幼い声が木霊する。
ベルンシュタイン、ベルンシュタイン。
遥か地平に霞む山脈。夕日が溶けてゆく所。
あの山越えて、瀟洒な馬車で、乙女が来たり、静々と。
乙女の瞳は琥珀が如く。乙女の髪は夕陽の如く。
微笑を湛えた横顔は、謳いきれぬ美しさ。
螺鈿に揺られ、野辺に色撒き、秘宝が来たり、絢爛と。
ウヴァル様とアンバー様の婚儀に呼ばれた詩人が、奥方となられる麗人を讃えた歌だ。
宝石の名で寿がれた通りに琥珀色の瞳と濃い赤髪をした奥方様は、ズワイテ大陸の西方ベルンシュタイン地方から17歳で嫁いで来た。宝石の名で寿がれた通りに琥珀色の瞳と濃い赤髪をした奥方様は、ズワイテ大陸の西方ベルンシュタイン地方から17歳で嫁いで来た。
真一文字に結ばれた唇。眉間に刻まれた深い皺。
つい先程まで家事に勤しんでいたはずの細い体躯をピシリと伸ばした佇まいは厳格な女教師を髣髴とさせた。
いつもはただポンと表示されるコーラルの記憶が、今は現実逃避に近い耳鳴りを響かせる。
オレは目の前にいる人を知っている。
後ろで丸く結わえた赤い髪が乱れ、薄茶の瞳が金色に煌と光った瞬間を。
視界を揺らすほどの衝撃を伴って、彼女という現実が突き付けられた。
ベルンシュタイン。ベルンシュタイン。
幼い声が間延びする。
目の前の景色が砂嵐混じりと化す。まるで古びたテレビ画面みたいに。
今。奥方様を見て、頭の奥に引き攣れを伴って呼び起こされたのはオレ自身の記憶だ。
テレビ画面。
テレビゲーム。
――終わりを告げるデリータの旅。
ズワイテに上陸するための唯一の手段は船だった。
海からその港が見えると六章スタートのイントロが流れる。
麗しの街、ベルンシュタイン。
その地方で産出される琥珀は竜の涙と呼ばれ王家に重宝された。
裕福な街、ベルンシュタイン。
通りはどこも賑やかで、飢える者は一人もおらず、嘆く者も一人としていない。
スタートボタンを押してゲームを始めると、フィールドマップ上の港は半円状に抉られていた。
何か強大な化け物に齧られでもしたかのように。
上陸して船を降り、タウンマップに切り替わると、整然と放射状に伸びていた街路に沿って、家々が崩れ去っていた。
まるで港そのものがまるごと爆心地であるかのように。
人の形をした炭の数々が、話しかけるたび譫言を口にしては事切れた。
『あつい』
『いたいよ』
『おかあちゃん』
『めが みえないよう』
デリータ姫が惨状に胸を痛め、パーティーメンバーが慰める。
地獄絵図の中、比較的大きな建物であっただろう残骸の陰に、半身を焼かれた老人が隠れていた。
老人に近づくと『大丈夫ですか!』と魔法使いが声をかけ、荷袋がセレクトできる状態になる。
傷薬や聖水を与えると彼は目を覚まし、酷く咳き込む。
『だれにやられたの?』
デリータ姫が問う。
『あいつが、あの、あのおんながやった』
老人が独りごちる。
『あいつって?』
姫が詰め寄ると、老人はようやく薄茶の片目をこちらへ向けた。
『娘だ、俺の、そう思いたくもない、勝手に生まれてきた。
レーヴェに嫁がせて、持参金までくれてやったのに。
アンバー=アガット。……役立たずの、恩知らずめ
ガキの時、殺しておけば……』
以降は街の誰とも会話が不可能になり、一行は手掛かりとなるレーヴェを探す事となる。
アンバー=アガット。
アンバー=アガット・フォン・ベルンシュタイン。
実家では不必要な存在として無視され、婚家では腫れ物に触れるように扱われ。
存在意義である息子を喪い。
同じく我が子を奪われた恨みからドラゴンとなったエリーザベトの魂に憑依され、邪悪の種に身を蝕まれ。
それでも、デリータ姫を認識して、残された正気を振り絞って『逃げなさい』と告げた女性。
「おくがた、さま」
彼女が、すぐ、そこに。
手を伸ばせば届く距離に。
いる。
「一体何の用です、使用人」
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