22話:えっなにこのホール居心地悪ゥー!
メシ回、ならず。
レーヴェ邸は、前世の記憶が甦ったオレに陰鬱な印象を与えた。
問題は建築様式だ。レンガでも土壁でもなく石。積み上げた石。そして極端に窓が小さく更に少ない。
え? なにこれおばけやしき?
増やせばいいのに。窓増やせばいいのに。
だがそんな要望の前に、おいそれと増やせない重大な事情が立ちはだかる。
窓に嵌っている、フラスコの底でも切り取ったかのような、手の平より一回り程度の大きさと不均衡な厚みを持つ円ガラスの列は、現代の板ガラスとは違い量産体制が整っていないのだ。
しかもその製法は例の如く秘匿である。
前世の記憶を頼ると恐らく吹きガラスのうちクラウン法と呼ばれるものであり、製法は簡単にいうとこうだ。
吹き竿に溶けたガラスを絡めて球状にし、ボンテと呼ばれる鉄の棒に少しだけ溶けたガラスを絡めて吹いたガラスの反対側に付け、吹き竿側を切り離す。
口のあいた箇所を火で熱しながら木の板で押し広げ、緩やかな円錐型にし、更に熱してボンテをすばやく回転させる。
遠心力で広がったガラスは平らな円盤になるという訳で、切り離したボンテの跡が王冠に見える事からクラウン法と名付けられた。
この円ガラスを鉛の枠で繋ぎ合わせたものをロンデル窓といい、非常に高価なものは円と円の隙間を着色ガラスの小片などでステンドグラス状に埋める。
レーヴェ邸のロンデル窓は高価でこそあるものの、“非常に”が付かない形で、隙間は枠と同じ鉛で埋められている。
手作業っ……圧倒的手作業っ……!
そういう理由から窓は広いホールの左右に1枚ずつ。
しかもクラウン法で作られた厚いガラスは中央が出っ張る形で歪んでいるため、差し込む太陽光は屈折し、室内をボンヤリ柔らか~く照らす。
つまりとても薄暗いのだ。
硬質な石の壁に輪郭をぼやけさせる乏しい光。これが陰鬱な印象の正体である。
せめてタペストリーでも貼ってあればいいのに、ズワイテ公による“田舎に大切なのは未開感だよね!”的意向により。壁、剥き出し。
強権ーーー。すごい無理強い通るーーー。
平民と準貴族の間に越えられない壁があるように、準貴族と貴族の間にも越えられない壁が聳え立つ。
せめて“準”とつく傍系となったのが親からであれば情をかけて貰う事も可能だろうが、多くの場合は祖父より前の代からの枝分れ。
もう地位とか利権とか色んな物が固定化しており、しかも上の認識は“土地を分けてやっている”“仕事を与えてやっている”“領地を監視し、領民を守ってやっている”と、何とも遥か彼方の上から目線。
格差社会エグーーーい。
偉い貴族の偉そうな意識は家庭教師から教わった情報ではなく、過去にズワイテ公と友人達の給仕をしていたコーラルが自ら得た知識だ。
反して準貴族でありレーヴェ地方の現場監督にして別荘の家令ウヴァル様についての感想は殆ど持ち合わせない。
会って為人を知る機会が少なかった。
ウヴァル様は咒力を持ち得ながら咒法を使えないコーラルに失望し、接する事がなくなってしまったからだ。
尊い血である色持ちは僅かな咒力を幼少期を終えた後から生涯に亘って周辺に常時発散し続ける。
効果は、例えば空気を浄化するとか、食物の成長を促すなど、良い状況に向上させるものであり、その範囲は体から数cm程度から数m程までと、やはり個々によって異なる。
咒力は通常1つ、稀に2つの効果を齎すもので、色持ちは自身の能力を第二次性徴期に自覚する。
ウヴァル様の能力は土壌の緩やかな肥沃化。奥方様の能力は花に特化して、香りの広がりを強める。そしてオディロン様の能力は香草に特化して、魔除けの持続力を伸ばすものだ。
対して、コーラルの自覚はなかった。オレもない。
どんな効果があるか。範囲は如何程か。一切不明。ノーヒント。
能力の自覚は関連する文献全てで断言されてるくらい確実な事象であるにも関わらず。
手に掴んだ食べ物を掴んでいる限り腐敗を遅らせ続けるという地味で限定された咒力を持つ家庭教師だって『あ、ボクこれだ!』と知覚した瞬間があったらしい。
家庭教師はそんな自虐と共にオディロン様とコーラルの咒力の能力に期待を込めて語っていた。
えー。マジかよ。
色持ってるだけって味噌滓もいいとこじゃねーか。
食う寝るところに住むところに勉強まで加えた投資への見返りゼロ。それがコーラル。引き取ってくれたウヴァル様も失望くらいするわ。当然の流れだわ。
辛えーーー。
諸々の心理が室内の環境という物理的効果による陰鬱な印象に更なるマイナスの影響を重ねる。
ストレス過多でパリラくんのHP枯渇しちゃーう。いやーん(棒読み)。
とまあ、何でこんなに心情を描写できる暇があるかというと。
「…………」
「…………」
ホールの大きなテーブルに着いて。
約一年弱振りに対面した親子の会話が。
まっっったくッ! ないッ!! 無音空間!!!
「…………」
「…………」
緊迫感。そしてこの緊迫感。
……何故だ!!?!?!?
いやいやいや、お互いに近況とか報告し合おうよ。
オレ腹減ったからメシ食おうよ。
つーか奥方様どこだ。勝手に動いちゃうよ? 探しに出ちゃうよ? いいの? いいよね?
ホールに居ないってなると台所か寝室だな。じゃあまず台所行こう。
ついでだから一旦鍋を置いてこよう……あれっ? 鍋ねえわ。 え? 鍋どこ?
これ奥方様が持って行ってくれた系?
じゃ、じゃ、じゃあ手伝いに行こっと!!
決して張り詰めた空気に耐え切れないとかそういうんじゃないから女中は御手伝いに行かないとね!!
「……し、しつれい、します」
身分的に妻の地位が確立している訳じゃないオレは旦那様(仮)の強い要望により座っていた隣の席から腰を上げる。
やばwwwギギィとか鳴らしちゃったwwww
などと内心で草を生やしながら鍋の鉉を掴むと、瞬時にウヴァル様の顎が上がり真っ向からオレを睨み上げてきた。
うおっ!?
なんだよ怖えーよダンディズムの化身が目ェ剥いてんじゃねーよ意思表示しろよ。
んん?
ウヴァル様の口髭の影で唇が小さく動いてる。
やだーちゃんと訴えかけてきてるじゃないですか意思表示しろとか脳内ツッコミしちゃってごめんなさい。
えー。えーと。
……ま? ……お? 違うな。 ご?
そんでオディロン様の胸元辺りをチラッと見る。
……孫?
ってやかましいわ!!
いや声上げてないんだからやかましいちゃうか。
そもそも手っ取り早く当人に聞けや。
なんで息子への質問をオレ経由にしようとしてんの当主様!?




