最初のお客様は....
「完成!フワフワだな、まさに綿あめだ」
満足げに呟くルリさんの手には、大人の顔ほどの大きさのピンクの綿あめ。
試作品ながら、パーフェクトな出来栄えである。
「カエン様、味見してみて下さい」
最前列で子供たちと共にかぶりつきで見ていたカエン様は、ワイルドな見た目にミスマッチなピンクの綿あめを嬉しそうに受け取った。
ん?カエン様?ナチュラルに混ざっていますが....
ホテル完成の翌日の昼前に突然やってきたカエン様は、ユーリに頼まれた綿あめの材料を袋にパンパンに詰めてきたのだ。
ドラゴンが買い出しに行った村の人々には、同情するしかない。
一国の軍のトップ、しかもドラゴンが急にお買い物に来たらプチパニックだったろう....
「ありがとう、ルリ。ユーリの言っていた通りだな、本当に綿みたいだ。
おっ、口に入れると溶けるな!うまいぞ」
ハイテンションなカエン様は、大きくかじりとった綿あめをユーリに差し出した。
「んっ。あまっ、うまっ!」
男二人がピンクの綿あめをシェアしている....何だコレ。
ルリさんは次々に綿あめを作り、子供たちも村人たちも珍しいお菓子に夢中である。
ユーリが見つけてきた綿あめの材料はザラメではなく、南方の一部の地域でとれる果実だった。
ザクロのような形のその実は、1cm位の砂糖の結晶のような粒々をびっしりつけるのだが、透明なものから赤や紫など様々な種類があり味も色々だ。
そのまま食べるとまさに砂糖なので、種としての役割を果たしていないのだがいいのだろうか。
この世界では、果実=種ではないのかもしれない....
「ん、美味しい。ラズベリーっぽいかな」
美波も味見してみたのだが、甘いだけの砂糖の塊ではなくて意外とおいしい。
「やったな美波、これイケると思ったんだよ!」
ユーリはものすごく得意げである。確かにお手柄だが副産物としてドラゴンとエルフの御一行様がついてきたので、どうなのだろうか。
「そうだね、ルリさんの頑張りとユーリのお陰だよ」
プラマイゼロだけど。と心の中で付け加える。
「美波の世界には面白いものが沢山あるな、春祭りが楽しみだよ。王都の皆も絶対に喜ぶだろうな」
おぅ、何てキラキラな笑顔でしょう。まだカエン様の男前っぷりに慣れていない美波には、目の毒である。
「ありがとうございます。コザクラ町の外にホテルも出来ましたし、楽しんでいただけたら嬉しいです」
「カエン!すっごい滑り台も出来たんだぞ、あとトランポリンも。泊まっていけば良いよ、ここよりでかい露天風呂もあるんだ。一緒に入ろう!」
ユーリよ、興奮しすぎである。そして昨日の予感は現実になるのか?長期滞在も確定なのか?
「泊まれるのか?じゃあ2.3日泊まっていこうか。迷惑ではないだろうか、美波」
「迷惑なんてとんでもない!ぜひご利用ください、改善点があれば教えていただると助かります」
カエン様にまっすぐ見つめられてお願いされて、断れる女子がいるだろうか。
少なくとも美波には無理である、フェラリーデ様には事後承諾でいいだろう。
「あっ、でもお食事はコザクラ町かハクロウ村でしていただくことになります。
冷蔵庫はありますが、キッチンはついていないので」
「あぁ、かまわないよ。ハクロウ村の食事を楽しみにしてきたんだ、ここで食べるさ」
それはそれでプレッシャーである。3日間全て違うメニューを用意せねば!
あとで村の女性たちと会議をしなければなるまい。
「じゃあ夕飯を食べたらコザクラ町へ行こうな!露天風呂に入って、部屋でワインでも飲もう。
で、明日は滑り台とトランポリンだ!」
大はしゃぎのユーリはカエン様と一緒に泊まるつもりらしい。
あとでコザクラ町へ行って、フェラリーデ様に説明せねばなるまい。
そして露天風呂の準備と、お部屋の冷蔵庫の中身も用意しなければ。昼食を済ませた後は子供たちと遊んだりして、夕食を食べてからホテルへ向かうつもりらしい2人のために、午後は忙しくなりそうだ。
少し早めの夕食を終えた後、美波は自動車のハンドルを握っていた。助手席にはカエン様が、そして荷台にはユーリが乗っている。道交法がなくて本当に良かった、普通は荷台に人を乗せてはいけない。
昼食後にミナトさんがコザクラ町へ走りフェラリーデ様に説明してくれているが、露天風呂とサウナの最終チェックの為に美波も同行しているのだ。
カエン様なら人型のままでも走っていける距離なのだが、自動車に乗ってみたいという事でこんなことになっている。
「自動車とはすごいものだな、馬なしで動くなんて驚きだ」
日没直後の道をヘッドライトが照らしている。ライトの先には狼型で走るミチルの姿が見える、帰り道の護衛役としてついてきてくれたのだ。
カエン様は感慨深げに流れてゆく景色を眺めている。美波にしてみれば、ドラゴンの目線で空から地上を見下ろす方がすごいと思うのだが、どちらもそれぞれの非日常である。
「私が一人で馬に乗れれば問題なかったんですけれど、あいにく運動神経がないもので....
元の世界ではこの3倍位のスピードが出るものが沢山走っていましたよ」
「3倍か、馬よりも速いな。でもドラゴンよりは遅いぞ、空を飛ぶのと比べては悪いがな」
ニヤリと笑うカエン様に、美波は引きつった笑みで応えた。
ドラゴンて時速何キロで飛ぶのだろうか、マッハか?マッハなのか?
「カエン、もうすぐだよ。あっ、フェル兄だ!」
ユーリの指さす先にランプを掲げたフェラリーデ様の姿があった。
ホテルのそばに車を停めると、優雅にこちらへ歩み寄ってくる。
「ようこそいらっしゃいました、カエン様。ご無沙汰しております。このホテルの最初のお客様としてお迎え出来て光栄です」
「ありがとう。突然の訪問ですまないな、よろしく頼む」
どうやらカエン様と面識があるらしいフェラリーデ様とユーリに部屋の案内を任せて、美波はミチルと共にお風呂の準備に取り掛かる。
どのドームハウスに宿泊するかは、中のデザインを見てから決めていただく予定だ。決まったら荷台に積んだワインやジュース、アイスクリームや軽いおつまみを運び入れてもらうようユーリに頼んである。
「じゃあミチル、私たちも行こうか」
いつの間にか着替えを済ませていたミチルと2人、露天風呂へと向かう。
「すごいことになってるわね、想像以上の規模よね」
美波のしでかすことに免疫のあるはずのミチルも呆れ顔である。
「うん、私もそう思う。お風呂も大きいんだよ、サウナもあるし」
遠い目をしつつ、お風呂の準備に取り掛かる美波だった....
「うーん、やっぱりいいな露天風呂。美波に頼んで王都に作ってもらいたいよ」
「頼んでみればいいじゃん、王都の皆も絶対作って欲しいって言うと思うよ。でかい風呂っていいよなぁ」
美波たちが村に戻った後、カエン様とユーリは2人きりで露天風呂を満喫していた。
既にジャグジーとサウナ+水風呂を堪能して、今はプチプチ弾ける炭酸泉でまったりしつつ星空を見上げている。
「そうだな、これを一度でも体験したらみんなも欲しがるよな」
王都にスーパー銭湯を作ることは確定らしい。
とんでもないシロモノが完成するのだろう....またしても。
「なぁユーリ、美波はこの世界での暮らしを楽しんでいるか?安全面に関しては本人の能力が防御に振り切れているし、村人たちもいるから問題ないだろうが、異世界に突然一人で放り出された訳だろう?」
両手を組み合わせてピュッピュッとお湯を飛ばしていたユーリは、カエン様の問いかけにためらうことなく答えた。
「楽しんでるよ、あいつモフモフ大好きだから毎日が天国なんじゃないかな」
そして、一際大きな水しぶきを上げたあと、まっすぐにカエン様を見つめた。
「それに、美波を愛してくれた家族は皆もういないんだってさ。恋人や好きな男がいたわけでもないし、ここで皆に必要とされて過ごすのは幸せだって言ってたよ。
村の皆も俺も、美波のもたらす新しい知識が楽しみではあるけど、それ以前に美波個人が好きだから。
だから、大丈夫だよ。美波の居場所はここだから」
「そうか、安心したよ。前に会った時も幸せそうだったし大丈夫だろうとは思っていたが、身近にいるユーリがそう言うなら本当に幸せなんだろうな」
カエン様はそう言って夜空を見上げた。これから長い付き合いになるであろう美波のことを、ずっと気にかけていてくれたらしい。
「うん、大丈夫だよ。俺も当分はハクロウ村に留まるし、悪意を持って近づいてくるような奴は撃退してやるよ!美波のそばにいたら退屈とは無縁の生活が送れるんだ、俺の楽しい未来のためにも守ってやらなくちゃな!」
ちょっといい話だったのに台無しである。
ある意味期待を裏切らない男、ユーリ。安定の残念っぷりだ。




