思わぬ落とし穴
フェラリーデ様の行きつけだという、小さなレストランの個室でランチタイムである。
メインストリートから少し横道に入った所にあるその店は、王都で腕を振るった料理人が生まれ故郷であるコザクラ町に開いた、知る人ぞ知る名店らしい。
しかし、店主がリスの獣人だった為、すべての情報は美波の耳を素通りしているようだ。
人間でいったら50代と思われるアランさんは、がっちりした体格のラテン系の男前なのだが、背中に見え隠れするそのしっぽはリスそのもので、モッフモッフのフワッフワである。
無意識に両手をワキワキさせていた美波は、入店してすぐにユーリに耳打ちされていた。
「触っちゃダメだぞ」と....美波も大概困った大人である。
そんなやり取りもアランさんの後ろから、ミラさんというふわふわの黒髪にぱっちりした目のそれはそれは可愛らしいリスの獣人の女性が現れたことで、決着がついたようだ。
美波の無言のアピールに気づくとしっぽを触らせてくれたのだ。夫であるアランさんのしっぽを触らせるわけにはいかないと思われたわけではないだろう、多分。
こちらの世界のリスさんのしっぽは至福の手触りであったらしく、放っておけばいつまでもモフり続けそうな美波は、ユーリとミチルの手で個室に強制連行されたのだった。
「ではいただきましょうか、食べながらで良いので一回目の会合の成果を聞かせていただけますか」
フェラリーデ様に勧められて、それぞれ料理に手をつける。エルフ用には根菜類のソテーに、この店オリジナルのバターとハーブとクルミをあわせたソースが添えられている。
美波たちには干した魚を使ったコンソメスープ的なスープと、生の玉ねぎとツナ缶的な物をハーブとあえたものを挟んだ、クルミパンのサンドイッチだ。
「マグロいるんだ、これ欲しいな」
新しい食材に感激しつつ、ユーリのお皿からも味見させてもらう。ソースはシンプルではあるが複雑な味わいで、さすがプロの技という感じだ。
しばし感想を交えつつ料理を楽しむと、ミチルが言いにくそうに切り出した。
「フェラリーデ様、ウェディングドレスはとても好意的に受け入れてもらえたのですが、私たちはとんでもないミスを犯していたようなんです....」
とんでもないミス?いったい何があったのだろうとミナトさんを見ると、沈痛な面持ちで目を逸らされてしまった。
「それは穏やかではないですね、一体何があったんですか?」
ミチルは一度目を瞑り、意を決したように告げた。
「私たち、女性用のドレスで頭が一杯で男性用の衣装を全く考えていなかったんです。
商会の男性に指摘されるまで全く気付かなくて....男女の結婚式はもちろん、女性同士、男性同士の場合もあるのに。私は自分が恥ずかしいです」
何ということだ!当り前のことなのに今まで全く気付かなかった。
しかしミチルの責任ではない、町の女性たちもそうだし、何より発案者である美波自身も気づいていなかったのだ。
「うわー、ごめんミチル。私のせいだね、もうドレスでテンションが上がっちゃって完全に忘れてたぁ」
青ざめる美波に、ミナトさんがフォローを入れる。
「いや、誰のせいって訳でもないさ。私も考えが至らなかったし、商会のお針子さんたちも同じ反応だったからな。代表者のミシェルさんは最近同性のパートナーと結婚したばかりらしいから、自分たちも着てみたいと思って発言したらしい」
どうやらミシェルさんは青ざめ固まる女子の群れと、しっぽと耳を力なく垂らすでっかい人狼二人を前に、プライベートをさらけ出すフォローを余儀なくされたようである。
「フフフ、すみません。笑い事ではないのですが私も思いつきませんでしたよ。良いではありませんか、今から始めれば。期限のあることではないですしね、ゆっくりアイデアを出していきましょう」
フェラリーデ様にも励まされてしまったが、確かにそうだ。いつまでにやらなければならないというものではないのだし、少しずつ形にしていけば良いだろう。
「大丈夫だよ、みんな完全に忘れてたんだから。むしろ良かったじゃん今気付いて。
店をオープンしてからお客さんに指摘されるのが最悪のパターンだろ」
ユーリは時々核心を突く発言をする奴である。
確かに自信たっぷりに迎えたオープン初日に指摘されたら、再起不能になりそうだ。
「そうね、そう思いましょう。ありがと、ユーリ」
「いいって、いいって。俺も思いつかなかったし、エルフって基本的に男も女もヒラヒラ好きだからなぁ」
ヒラヒラ好きって....まぁフェラリーデ様もいつも細身のパンツに光沢のあるシャツだし、シャツには共布でリボンタイみたいな装飾がくっついている。たしかにヒラヒラか。
「そうですね、エルフの男性なら前に美波さん達が考案したアオザイというドレスを、少し色味を抑えたアレンジにすれば好きだと思いますよ」
一瞬でフェラリーデ様にアオザイを着せたところを想像して、ミチルと視線を合わせて頷く美波。
イケルと判断したようだ。
「ありがとうございます、参考になりました。種族ごとの好みなどもふまえて、みんなで相談しつつやってみます。資金は春祭りで獲得できそうですし」
ミチルの期待に満ちた目が痛いです、責任重大だ。
「フェラリーデ様、遊園地に使える土地ってどのくらいの広さでしょうか。反対側の門の外ですよね、もし余裕があれば雪の滑り台の室内バージョンなんかも作りましょうか。大人用と子供用の二種類を作れば、かなりスリルのあるものを作ってもいいと思います」
雪がなくても作れるのっ!と、5人に詰め寄られました....
今までひたすら食事に集中していたルリさんまでもである。
「えっ、できると思いますけど。まず外側に建物を作ってしまえば、内側は私の支配領域ですから。建物の外階段でてっぺんまで登って、チューブの中を滑るって感じで」
某夢の国の宇宙空間を進むジェットコースターを思い浮かべて頂きたい。
アレをチューブ状の滑り台でやろうという事だ。今一つイメージできていないらしい5人に、しばらく待ってもらいミニチュアの模型を作ってみることにする。
外側は透明の箱、中に透明のチューブをジェットコースターのように張り巡らせる。そして小さな赤いボールを作り、てっぺんのチューブの入り口に投入する。
複雑に絡み合うチューブの中を、赤いボールは猛スピードで転がっていく。
5人の目は模型に釘付けである。
「こんな感じですかね。あとはチューブの内側に色とか模様をつければ、空を飛んでいる感じとか海を泳いでいる感じなんかにも出来るはずです。」
ぜひやりましょう!!見たことのないテンションのフェラリーデ様に、両手を握られてしまった。
ハクロウ村のメンバーも、めちゃめちゃ頷いている。
「わ、わかりました、作りましょう。大事な資金源ですからね、頑張りますよ」
またしてもトンデモ遊具が生まれることになってしまったが、皆が嬉しそうなのでヨシとしよう。
「さぁ、では午後も頑張りましょうか」
フェラリーデ様に昼食のお礼を告げて、アランさんたちにも挨拶をして午後の仕事を再開することにした。
ちょっと元気になったミチルとミナトさんは、気持ちも新たに手を振りつつ会合へ向かい、美波たちはホテルの建設現場へ向かう。今日中に残り9軒を作り、可能な限り内装にも手を入れる予定だ。
夕方までにできるところまで進めよう!




