大人もメロメロ、ブラッシング!
「 はい、ここに横になってね 」
バスルームで狼型になったミチルを手招きして、ブラッシングを開始する。
改めて見ると大人の狼はかなり大きく、しっぽの先まで含めると二メートルはありそうだ。
人によっては恐怖を感じるだろうが、モフモフ大好きな美波にとってはむしろご褒美である。
「力かげんはこの位でいい?」
子供達より少し強めに櫛を当てていくと、あっという間にモコモコの毛玉が出来上がる。
ハクよりも密度の濃いアンダーコートは、フワッフワだ。
「 ちょうど良いわ、気持ちいいわね、これ 」
首筋をブラッシングしているので、頭を動かさずに目線だけをこちらへ向けてくるミチルは、すでにトロンとした目をしている。
「 でしょ?それにしてもすごい抜けるね、とかしがいがあるなぁ 」
ものすごく嬉しそうな美波に、ミチルが釘をさす。
「 あのね、毛繕いはすごく親しい間柄でやるものだからね。手当たり次第にやっちゃダメよ!
リンとかクロはOKだけど、ギンはやめときなさいよ」
リンは女性なので当然OKだが、パートナーのいる大人の男性はやめておいた方がいいらしい。
クロは大人だが、フリーなのでセーフということらしい。
「 あ、やっぱりそうなんだ…残念。
モフリ放題だと思ってたのに 」
やる気だったらしい。何度も言うが彼等は人狼だ、人型の時を想像したらダメに決まっているだろう。
「 はぁ。美波、お願いだから自制してよね。
私達ならいつでもOKだから 」
「 うん、わかった。ねぇ、お針子見習いの女の子達ならいいかな?」
「 相手がいいって言ったらね。木工職人見習いの男の子達には、声かけちゃダメよ 」
もはやキケン人物扱いである…いいのか、美波。
「 わかった。じゃあ次はリンか、クロだね!」
その後は鼻歌を歌いつつ毛玉を量産していく。
おしゃべりしつつブラッシングしていたのだが、ひっくり返してお腹側にとりかかる頃にはミチルも熟睡していた。
「 よし、完璧。寝てる、寝てる。それにしても抜けたなぁ 」
ハクとユキちゃんの毛玉の横には、豆柴くらいの毛玉が並んでいる。
「 何か作れそう…羊毛フェルトみたいに針でチクチクしたらいけそう 」
確かにフワフワの細い毛なので手芸の材料にはなりそうであるが、抜け毛の再利用がアリなのかどうか、この世界の常識がどうなっているのか確認してからにした方がよさそうだ。
三人ともしばらく起きそうにないので、イツキさん達に櫛の出来映えを見せに行く事にする。
ミチルの頭を持ち上げて小さめのビーズクッションを枕にしてあげてから、ミニホワイトボードに行き先を書いて自宅を出た。
「 こんにちわ、イツキさん 」
「おぅ、美波、どうした?」
完成品の櫛を手渡して三人のメロメロっぷりを語ると、イツキさんが見習いの男の子を捕まえて宣言した。
「よし、試してみよう。お前ちょっと狼型になってみろ 」
「 えっ、師匠がやるんですか?」
早くしろと急かされて、しぶしぶ奥の作業スペースで狼型になって戻ってきたのを捕まえると、おもむろに櫛を手に取りとかしはじめた。
「 いたっ!痛いです、師匠!止めてください~、無理です!」
涙目である…かわいそうに。
「 ちょっと、イツキさん!強すぎますって!
もっと優しくして下さい 」
「 こうか?」
「いたい~!」
強制終了しました。見ていられないです…
「 イツキさん、いくら櫛が良くても力任せにやったら駄目ですよ。少しずつ優しくとかさないと 」
「 そうなのか。よし、じゃあ俺にやってみてくれ!」
「 えっ、でも毛繕いって家族とか恋人とかじゃないと駄目って、ミチルが言ってましたけど 」
「 美波は娘みたいなもんだし、良いだろう 」
イツキさんはそう言うと、その場で服を脱ぎ始めた。
「 師匠!ここで脱がないで下さいよ!美波さんがいるのに!」
慌てて間に入ってくれた見習い職人の男の子達と、とっさに目隠しをしてくれたクロのお陰で、美波が見たのはムッキムキの上半身だけだった。
「 まったく…これだからイツキさんは独身なんだよな。デリカシーがなさすぎるって、毎回同じセリフでフラれるんだから…」
クロの言葉になるほどと思ってしまう。
腕のいい職人だし見た目もワイルドでかっこいいのに、いまだに一人なのはそのせいか…
しばらくしてクロが目隠しを外してくれると、目の前には狼型のイツキさんがいた。
ミチルよりも更に大きな、茶色の狼である。
「 さぁ、美波。どこからでもいいぞ!」
「はい。じゃあどこでやりましょうか。横になれるスペースはありますか?」
床でやるわけにもいかないので、作業台に布をひいて即席のトリミング台にしてみた。
イツキさんは期待に満ちた目で見上げてくる。
「 じゃあ、いきますね。強かったら言ってくださいね 」
声をかけて首筋からブラッシングを始めると、大きな狼は満足気に息をはいた。
「 おぉ、これは気持ちいいな。ちょうどいいぞ 」
「 師匠、さっきのやっぱり強すぎですよ。
5倍くらいの力加減ですよ、絶対 」
先程の犠牲者は、恨めしそうにイツキさんを見下ろしている。
「 毛が絡まないように、あとは地肌をマッサージするくらいの力加減ですね 」
またたくまに茶色の毛玉が出来上がる。イツキさんはしっぽをゆらゆらしながら脱力しきった様子で、なすがままである。
「 寝ちゃいそうだな、どうするよギン。俺達が運ぶのか?重いぞ、イツキさん 」
「 仕方ないだろう、ここに放置なんかしたら明日の朝何を言われるか…」
飲み会でつぶれた上司の後始末を押し付けられた部下のような会話だ。まぁ、確かに眠りこける狼を担いで家まで運ぶのは重労働だが。
「 あ、寝ちゃったみたい。すごくない?私。
100%の確率でメロメロにしてるんだけど 」
お腹側をやるからひっくり返すのを手伝って、と二人に頼んでグニャグニャな狼を裏返す。
「 そんなに気持ちいいのかね、コレ。
明日は確実に櫛を量産する事になりそうだな 」
「 気持ちいいらしいよ。次はリンにやってあげるから、そのあとでギンはリンにブラッシングしてもらいなよ。ハクとユキちゃんは私に任せてね!
換毛期が終わるまで、毎日でもやってあげちゃうよ」
子供達のブラッシングというご褒美は死守するつもりらしい、モフモフに関してはぶれない女である。
「 そんなに気持ちいいなら、俺も予定にいれといてくれよ 」
クロのブラッシング権も獲得したようだ。もちろん大歓迎である。
「 なぁ、美波。イツキさんからちょっと聞いたんだけど、木で作る髪用の櫛の話をもう少し詳しく聞かせてくれないか?」
どうやら朝の柘植の櫛の話を、イツキさんが皆にもはなしたらしい。
クロとギンはどちらかというと細かい彫刻や細工物が得意なので、興味があるようだ。
因みにイツキさんはオールマイティーに何でもこなすのだが、大きいものを組み立てるのが大好きらしい。
自動車とかソリとかね、思えば嬉々として作ってくれていましたね。
イツキさんのお腹の毛をとかしながら、二人に更に細かく知っている限りの事を伝えた。
この世界には純白の木材があるそうで、かなりの高級品だがかたくて質の良い物らしい。
そのハクモクレンの木 ( 地球と同じ白木蓮だが、花だけでなく木も白い巨木らしい ) を使って、櫛を作ってみるつもりだそうだ。
「 完成したら見せてね、私も買える値段なら欲しいなぁ。思い出したら懐かしくなっちゃった 」
元々、試作品はプレゼントするつもりだったという二人に、ちょっと泣きそうになってしまう。
「 ありがとう。でも帰りたい訳じゃないんだよ、おばあちゃんのこと思い出しちゃっただけだから。
綺麗だったんだよ、桜の彫り物がしてあって、大事にしてたんだ 」
思い出の中のその櫛は、きっと実際より美しいモノになっているのだろう。
祖母との優しい記憶というフィルターがかかっているから……
「よし!終了ー。すごい抜けたね、おっきい毛玉」
「 お疲れ、美波。イツキさんちょっと小さくなった気がするな 」
お弟子さん達の前で無防備極まりない姿をさらしているイツキさんは、確かにちょっとすっきりしたようである。
「 じゃあ運ぶか、クロ、そっち持ってくれ。
行くぞ!」
「 誰か一人ついてきてドア開けてくれ!
じゃあ美波、また明日な 」
「 うん、明日ね!気を付けて 」
お弟子さん達の生温かい視線に見送られて運ばれるイツキさんの、師匠としての威厳は大丈夫なのか少し不安になる。
「 じゃあ私も戻りますね。お騒がせしました 」
挨拶をして木工工房を後にする美波に、見習い職人さん達のうちの師匠がスミマセン!という声がかけられた。
「 ただいまー。あ、まだ寝てる 」
家に戻ると三人はまだ夢の中だった。
「 私もちょっと寝ようかなぁ、モフモフし放題だったけどちょっと疲れたかも 」
美波はミチルの隣に横になり、枕を半分借りることにした。
ブラッシングしたてのミチルは艶々のフカフカで温かい。夕飯の支度まで一時間くらいだが、至福の時間である、
「 んー。モフモフっ 」
フカフカの毛皮に抱きついて、しばしの休息だ。




