春です、アレの季節です
むにっ。
むぎゅーっ。
「 ん、ハク…痛いよ 」
相変わらず寝相の悪いハクの肉球に、頬を押されて目が覚めたらしい。
ハクは前足と後足を同時に伸ばして、寝返りをうったところだ。
「 もう…でも、可愛いなぁ 」
前夜お泊まりしたハクとユキちゃんはまだ夢の中、いつものように無防備きわまりない格好で熟睡している。
今の二人に野性の本能なんて、カケラも見つけることはできない。
犬猫じゃないのに、狼とウンピョウなのに。
「 今日も良い天気だな、朝ごはん作るか 」
天窓から見える青空を確認して、一足先にベッドを出ることにする。
着替えを済ませて階段に向かう途中で、美波の視界をよぎったものがあった。
「 ん?何だろ、これ 」
つまみあげたソレは、白くてフワフワの…
「 毛玉?」
毛玉。そう、まさにソレは毛玉であった。
白くてフワフワした毛が絡まってできたらしい、三センチほどの球体だ。
「 もしかして、ハクとユキちゃん?」
改めてベッドの上の二人を見ると、朝日を浴びてキラキラ光る抜け毛がシーツに散っている。
「 換毛期がきたんだ…最近あったかくなってきたからなぁ。それにしても一晩でコレだと、皆の家の中は大変なことになってるんじゃ 」
思わず漏れた独り言が聞こえてしまったらしく、まずはユキちゃんが、次にハクが目を覚ました。
ひとしきり伸びをして、あくびを一つすると美波に向き直って朝の挨拶をする。
「 おはよー、お姉ちゃん 」
「 はい、おはよう。二人とも 」
その時ようやく、美波の手にある毛玉に気付いたらしい。
「 あっ、毛玉。ごめんねお姉ちゃん、そろそろ毛が生え換わるから 」
「 ううん、いいんだよ。暖かくなってきたもんね、もうすぐ春ですよっていう印でしょう?」
部屋を汚してしまったかも、と落ち込む二人を抱き締めて、なでくりまわす。
更に毛が抜けるが気にしない。
「 でもさ、一晩でこんな感じだと四人家族だとどうなるの?大変じゃない?」
この村に来たときは夏の終わり頃だったので、冬毛への換毛期は一緒に過ごしていた筈なのだが、あまり気にならなかった。
やはりモコモコの冬毛が抜けるのは、夏毛への換毛期とは別物だ。
「 うん、大変だよ。毎日ホウキで掃除するけど、たまに部屋の隅からこんなおっきい毛玉が出てくるの 」
こんな感じ、と前足で10㎝くらいの毛玉を示すハクはまだ子狼姿なので、壮絶にラブリーだ。
「 くぅ、可愛いっ 」
お姉ちゃん、大丈夫?と、ユキちゃんに見上げられて我にかえる。
「 はっ、ごめん。大丈夫だよ、ユキちゃんも抜けるの?」
「 うん、抜けるよ。去年はママとパパが舐めてくれたし、自分でも毛繕いするんだけど、後からウエッてなるから、ちょっとヤダ 」
あぁ、にゃんこだからね。後から毛玉を出すからね。
「 ブラッシングすればある程度ましになりそうだけど、しないのかな 」
「 あのね、クシはあるんだけど、アレ痛いから皆きらいなの 」
ハクによると、一応狼型のときに使う櫛はあるらしいのだが、金属製で肌触りがイマイチらしい。
「そうなんだ、ブラッシング気持ちいいと思うんだけどなぁ 」
小さい頃お隣に住んでいた老夫婦のところにいた、大和という犬のことを思い出す。
どこかでシェパードの血が入ったらしいミックス犬だったのだが、とても優しい子で美波にもよくなついていた。
高齢のご夫婦にあわせてゆっくり歩く大和を、たまに借り出しては公園のドックランで全力で遊んだものだ。
彼をブラッシングするのも大好きで、抜け毛の季節にはハク一人分位の毛玉を製造したものだ。
特に大きな三角耳の先端でちょっと白くなった冬毛を、爪の先でつまんで抜くのが大好きだった。
大和は微妙な表情をしつつ、許してくれたものだ。
「 よし、新しいブラシを作ろう!それから掃除機だね!」
華麗なブラッシングテクで、二人をメロメロにしてみせる!
本当に気持ちいいの?痛くない?と半信半疑の二人に、絶対に気持ちいいから楽しみにしててねと約束して、本日の予定は決定した。
その後3人で朝ごはんにチーズオムレツサンドを食べて、ブラシが完成したらブラッシングさせてね、と約束して別れた。
「 さて、まずはルリさんの家に行こうかな 」
掃除機を動かすための魔方陣を書いてもらわねば。外側だけ先に作っていく事にしてデザインを考える。
とりあえずハンディータイプで、吸い取り口に蓋をつけることで包む条件をクリアする。
付け替え用に細かい所に使えそうな、細い物も作ってみる。
全体の雰囲気は小型のサイクロン式掃除機風にしてみた。 細かい原理は知らないけれど、ここから吸い込んでゴミがここに溜まって、排気はここからという感じで説明すれば、ルリさんが何とかしてくれるのである。
すこいぞ、魔方陣。
朝からややハイテンションな美波は、出来立ての掃除機を抱えてルリさんの家へ向かう。
途中、何人かの村人に何を作るのか聞かれたりしたが、まだ秘密とかわして足早に進んでいく。
「 おはようございます、ルリさん。いますか?」
「 おはよう、美波。どうした?朝から 」
予告なしに訪ねても、美しい人は常に美しい。
「 実は、お願いがありまして 」
持ってきた掃除機を渡しつつ、今朝からの経緯を説明すると、ルリさんは快く引き受けてくれた。
「 抜け毛を掃除するのに便利そうだ、上手くいったら村の皆の分も作ってあげたいな 」
さっそく取りかかってくれるというので、成功した暁には皆の分も作ることを約束して別れた。
午後には仕上がりそうで、今から楽しみである。
「 さて、次はイツキさんのところへ行かなくちゃ 」
ブラッシング用のブラシを作ってもらうのだ。
考えているのは真っ直ぐな定規のような形の櫛と、しゃもじ型の丸いフォルムのブラシの二種類だ。
木でざっくりとした形を作ってもらってから、櫛の歯の部分を能力で加工するつもりだ。
ザラザラの歯の部分に全体的に滑らかなコーティングを施して、しゃもじ型の方は歯の先端を球体にするつもりだ。
これでとかしたときに痛いという問題点はクリア出来るだろう、更にマッサージ効果もアップである。
「 フフフ、これでハクとユキちゃんをメロメロに…」
ヤバイ人である。職質されるレベルの怪しさだ。
目撃者がいなくて、実にラッキーであった。
「 おはようございます、イツキさんいらっしゃいますか?」
「 おう、美波。おはよう、どうした?」
「 朝からすみません、ちょっとお願いがあるんです。こんな感じの櫛を作ってもらいたいんです 」
ミニホワイトボードに描いたイラストを見せつつ、後から加工するので表面の処理などは不要であることを伝える。
「 なるほど、これならすぐに出来そうだ。
今までのは痛くて不評だったんだよな、木で作るって発想はなかったな 」
「 そうなんですか?でも言われてみれば私の櫛も金属製です 」
こちらに来たばかりの頃、リンに貰った櫛は銀色のシンプルなものだった。
「 もとの世界の私の国には色々な櫛がありましたけど、職人さんが作る伝統的な櫛はとても綺麗でしたよ。
ツゲという固い木で作る物なんですけど、半月形でこの辺りに花なんかが彫り込んであるんです。
椿油を染み込ませて仕上げてあって、その後のお手入れにも椿油を使うので、髪が艶々になるんです 」
祖母に貰った柘植の櫛には桜が掘られていたっけ。
ちょっぴり感傷的になってしまった。
「 それは面白そうだな、今度詳しく教えてくれるか?今日のやつは手分けしてやれば午後には出来るだろうから、取りに来ると良い 」
「 ありがとうございます、上手くいったらたくさん作って皆で使いましょうね!
掃除機も楽しみにしていて下さい!」
上機嫌で木工工房を後にした美波は、協力のお礼に差し入れのお菓子を作るために、自宅に戻る事にした。




