イケメン嫌いだけど
衿香の手が自分に向かって差し伸べられるのを、睦月は呆然と見守っていた。
するりと首に回される細い腕に引き寄せられるように体が前のめりになる。
震える衿香の細い腕に捕われたように、睦月はそのまましばらく固まっていた。
きのう、迎えに行った衿香は睦月に『好きだ』と言って気を失った。
だがあくまでうわ言のようなそれは、睦月の願望が聞かせた空耳の可能性もある。
理性を総動員して睦月は衿香を抱き寄せたい気持ちを抑えつけた。
脳裏に晴可の呆れた顔が浮かぶが、なんと言われようと構わない。
自分の欲望のために、衿香を傷つけることだけは、絶対に、絶対にしたくないのだから。
「……衿香、ちゃん?」
「睦月先輩は、私を甘やかしすぎです」
衿香の震える声が吐息と共に睦月の耳を打つ。
一瞬理性が吹っ飛びかけて睦月は目を閉じる。
衿香の枕元に着いた手が動きかけるのを意思の力で抑え込んだ。
そんな睦月の努力も知らずに、衿香は話し続ける。
「謝らなければならないのは私の方なのに、どうして睦月先輩が先に謝ってしまうんですか」
「……僕は君を見ていることしかできないのに、それさえもできなかったんだ」
「それは私がそう望んだから。だから全部私のせいなんです。睦月先輩が悪い訳じゃない。なのに先輩はいつも、いつも……私を甘やかす」
「……」
「そんなに甘やかされたら、私、甘えてしまいます」
そう言いながらも衿香は睦月の首に回した腕を解くことができない。
甘えは毒だ。
一度甘えることを覚えたらきっと自分はそれに溺れてしまう。
自分の足で立つことが出来なくなるくらいに。
それが怖い、と震える衿香の頭を睦月が優しく撫でる。
「……いいよ甘えて。衿香ちゃんはそれくらいでダメになっちゃうような子じゃないよ」
ああもう。
どうしてそんな事をさらりと言っちゃうんだろう。
切ないため息が衿香のくちびるから零れた。
「それより衿香ちゃん、そろそろ離してくれない?じゃないと離れられなくなりそうなんだけど」
困り顔でそう言った睦月は、首に回された衿香の両腕をそっと掴む。
優しいのに有無を言わせぬ力で衿香の腕はいとも簡単に解かれてしまった。
離れていく熱に衿香の瞳が揺れる。
衿香の両手首を掴んだまま、衿香の顔を覗きこむ睦月の瞳の中に泣き顔の自分が映っていた。
「大好きだから、離さないで」
自然に言葉が零れ落ちていた。
次の瞬間、衿香の体は睦月の腕に抱き寄せられていた。
互いの温もりを確かめ合うように、二人はしっかりと抱き合った。
欠けていた何かが満たされたような不思議な感覚が衿香を包む。
この人が傍にいれば、大丈夫。何も怖くない。
めまいを起こしそうな圧倒的な幸福感に衿香は目を閉じる。
なぜ差し出され続けたこの手を、今まで取らずにいられたんだろう。
「衿香ちゃん」
睦月の声に衿香は閉じていた目を開ける。
蕩けそうに甘い目をした睦月が衿香をじっと見つめていた。
眼差しだけで気が遠くなりそうな距離に頬が熱くなる。
「もう離せない。覚悟はいい?」
衿香の耳に低く甘い声が響く。
真っ赤に染まった衿香の耳にイケメンがそっとくちづけた。
衿香の心いっぱいに、あの日の桜の花びらが舞い踊る。
神田衿香、十五歳。
イケメン嫌いですがイケメンに攻略されてしまいました。
~ 完 ~
昨年三月から始まったこの作品もようやくここで完結です。
長い間お付き合いいただきありがとうございました。
思い返せば、見切り発車で始まったこの作品。
見切り発車の恐ろしさを嫌というほど味わった一年でした。
今は完結できてよかった~という思いでいっぱいです。
もっと日常のたわいないお話や衿香以外の人たちのお話も絡めて書きたかったのですが、実力不足です。衿香を追いかけるのだけで精一杯でした。
伏線は全部拾ったつもりですが、説明不足や書ききれなかった部分もあります。そういうのも含め、またちがうお話の中で書いていければと思っております。
ここまで長い間お付き合いいただいた皆さま、コメントや感想を書いてくださった皆さま、お気に入りに登録していただいた皆さま、心より感謝いたします。
ありがとうございました。
ゆうこ




