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蝋人形と王子様  作者: 太陽
第2部
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20:復活と受難(2)

 訳が分からないまま、呆然と携帯を見つめていると、誰かの人影で暗くなった。

 また逆ナンパかと思い、立ち上がって無視しようとしたら、突然肩を掴まれた。


「よっ!王子。さっきは電話出れなくてごめんね?」


 愛嬌のある親しげな笑顔に、イラっとした稔は思いっきり眉間にしわを寄せた。


「何しに来た?」

「え?王子に状況説明してあげようかな~と思って」

「なんだよ状況説明って」

「さっきの電話、蝋人形ちゃんでしょ?」


 立ち去ろうとしていた稔は一瞬足を止めて振り返った。


「でも、ろくに説明も貰えず通話が切れた――違う?」

「……お前、盗聴とかしてないだろうな?」

「やだなぁ、そんなことしなくても俺の情報網と状況判断能力をもってすればそれくらいの推理たやすいってば」


 相手をしてられないとばかりに、稔は肩をすくめると速い足取りで地下へ向かって歩き出した。


「ちょ、ちょっと王子!!待ってよ。聞かなくていいの?蝋人形ちゃんがなんで今日突然沖縄に行くことになったか」

「お前、絶対盗聴してるだろ!」

「いやいやいや」

「じゃなきゃ、なんで永遠子ちゃんが沖縄に行ったことまで知ってるんだよ!それもお得意の推理だっていうのか?」

「いやいや、まさか!聞いたんですよ、当事者の一人から」

「当事者?」


 稔は立ち止まった。ワタルはすぐ横に並ぶと、にっと笑って地下広場のベンチへいざなった。


「いやね、今朝6時半頃、たまたま高校の前をうろついてたら蝋人形ちゃんとその家族っぽい人たちがタクシーに乗り込んでるところを見かけてさ、今日は蝋人形ちゃん、王子とプールに行く予定なはずなのにおかしいな~と思ってすかさず次に来たタクシーに飛び乗って後をつけたわけ」

「一応つっこんでおくけど、お前なんで今日俺たちがプールに行くことを知ってんだよ」

「そしたら駅に着いて、そのままエアポートに乗り込んじゃったから慌てて俺も乗り込んだわけ」

「無視かよ!」

「で、新千歳空港まで追いかけたんだけど、さすがに飛行機まで乗れるわけないからとりあえず行き先だけでも確かめようかと思ってたら、うっかりお兄さんたちに見つかっちゃって」

「……え?」

「いやぁ、まいったよ。あの人達、俺を蝋人形ちゃんのストーカーだって決めつけてかかるんだもん。

誤解をとくのに苦労したよ」


 苦労をしたと言いながらも、ワタルには怪我一つ見当たらなかった。

 あの兄たちのことだ、ストーカーなどには情け容赦なく叩きつぶしそうなものなのに。


「本当、あれだね。こういうときのためにも、売れる情報はたくさんつかんでおくに限るね」

「てめぇ!絶対俺の情報売っただろ!!?」


 掴みかからん勢いの稔を、ワタルは笑顔で制した。


「大丈夫!売ったのは大した情報じゃないから。王子がいつも自習室で必要以上にべたべた蝋人形ちゃんに触ってることとか、蝋人形ちゃんのファーストキスどころかセカンドキスもサードキスもとっくに奪い済みだってこととか、王子の命にかかわりそうな情報はちゃんと隠したから」

「そもそも売るなよ、俺を……」


 稔は怒りを通り越して脱力すると大きくうなだれた。


「まぁまぁ……せめてもの罪滅ぼしに、今日の顛末について俺から説明させてよ」


 そう言って説明を始めたワタル。つまりはこういうことだったらしい――


 *


 母親から真実を聞かされたことで絶望のさなかにいた永と久が、久々に引きこもっていた部屋から出てきたのが昨日の夕方のこと。

 ちょうど稔とのデートを終え、母親に翌日のプールデートの話をしているのをタイミングよく(永遠子と稔にとってはタイミング悪く)立ち聞きした2人は、絶望を凌駕するほどの激しい対抗心(という名の嫉妬心)が沸き上がり完全復活した。

 自分たちが結ばれることは決してないのは仕方がない。

 永遠子の幸せを一番に願う2人は、自分の欲望のために永遠子を近親相姦の道に引きずりこもうと願うほど歪んではいなかった。

 しかし、自分たちから永遠子を奪った男にいい思いをさせるのだけは断固阻止してやると心に誓ってしまう程度には歪んでいた。

 当然、稔と2人でプールデートなど許せるわけがなく、しかし理由もなく永遠子を引きとどめようとしたら永遠子が悲しむ。

 永遠子を悲しませずに、稔とのデートを阻止する方法――。

 頭をひねった2人は、背に腹は代えられないとばかりに、普段は反発することも多い父親を利用することを思いついたのだった。


 そこからの展開は早かった。

 父親に「永遠子が海に行きたがっている」という情報を流すと、すかさず父は次の日の朝一の飛行機の空港券を家族4人分調達し、永遠子の喜ぶ顔をいち早く見たいと帰宅を急ぐ父を兄2人は駅で出迎え、「永遠子と母さんへのサプライズプレゼントにしよう」と誘いをかけ、そして翌朝5時に母と永遠子を叩き起こし訳も分からぬ状態の二人をタクシーに詰め込んだのだった。



「なんだよそれ!!」


 思わず立ち上がって叫んだ稔を、ワタルは気の毒そうな顔をしながら内心「とても面白いことになった」とうきうき気分で眺めた。

 ワタルはジーンズの尻ポケットに折りたたんで入れてあったメモを取り出すと稔に手渡した。


「なんだよ、これ」

「お兄さんたちから、王子に渡すように頼まれた」


 開いてそこに書いてある文字を読んで、普段な温厚な稔もさすがに額に浮かんだ血管がぶちぎれそうになった。


「……な」


 メモを持った手をふるわせながら固まってしまった稔に、メモの中身に俄然興味がわいたワタルは横からのぞき込んだ。

 そして、思わず「ははっ」と声に出して苦笑した。


「何笑ってんだよ!」

「え?いやぁ……まぁ、なんていうか……お父さんに王子のことバラさなかっただけでも良心的なんじゃない?」

「うるせえ!」



 ――ざまあみやがれ


 メモに踊る文字からは、兄たちの不敵な笑い声が聞こえてくるような気がした。



 一難去ってまた一難――いや、一難去らずにもう一難。

 蝋人形と王子様の恋物語はまだまだ障害が続きそうです。



[第2部]完


とりあえず完結にします。

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