へえ
「へえ。随分書き直したんだな。」翌朝ディルソンは俺の部屋へやって来ると、俺のベッドに腰かけて、早速俺の作り話を読んでいた。
「うん、まあな。アラウが読みたがってたし。お前の言う通り女子にも見せるんだったらこれくらいが良いかなって、色々考えたんだ、これでも。」ディルソンが意外な程神妙な顔で話の書かれた紙を捲っているので、俺は何となく気恥ずかしくなった。
「前のあれも面白かったけど、こっちの方が読みやすいし、その、なんて言うか、この、豪爵?令嬢っぽくなったよな。うん。豪爵って何なんだ?公爵とか侯爵とかじゃなくて?」ディルソンは顔を上げ、立っている俺の顔を見た。
「なんか、現実にある身分そのものじゃない方が良いかなって、それでまあ豪爵にしたんだけど。」
「ふーん。まあお前らしいよなあ、ベニーモ。俺、今なら真面目にお前に才能あるって言えるかも。」ディルソンは真面目な顔を崩さず俺に紙を渡した。
「あー!やっぱりからかってたんだな、俺の事!」俺は何故かニヤけた。
「あはは。でも、才能あると思ったのは本当だよ。ナニンコだっけ?書き換える前の続きも気になってたのも本当。」ディルソンはベッドから立ち上がると「そろそろ食堂行くか。」と背伸びをした。
「ニャニンコだよ。でも、ありがとう。嘘でも嬉しいよ。」俺は肩を竦めた。ディルソンは片眉を上げニヤリとした。
結局俺はディルソンに唆されるまま、朝のクラスに書き直した俺の作り話を書いた紙を持って行った。教室に入ると早速アラウが俺を見つけ手を振った。
「おはよう!ねえ、今日こそ持って来てくれたでしょ?ベニーモの書いてるお話し。」アラウは俺が隣に座ると、早速俺の顔を覗き込んで言った。
「あ、うん。持って来た。でも授業終わってからな。もう先生来るよ。」アラウの顔が近い。俺は鞄から本を取り出した。今朝の授業は詩だ。ディルソンとラシャールは連れ立って教室に入って来た。殆ど同時にがっしりした体格の強面の老年の男が教壇に立った。ガンズ先生だ。あれで詩を語るんだもんなあ。全然そんな風に見えない。
「皆さん、お早う御座います。今朝は先日お話した四行詩の続きです。四行詩の開祖であるマウ・ツオバーショの事は理解出来ましたか?ツオバーショは百二十年程前のフラリアーツの詩人ですが、確固とした四行詩という形式を詩の世界に持ち込んだ人物です。」ガンズ先生は声も低く朗々としている。声だけ聞けば年齢はまだ若い。ん?今俺と目が合った気がする。う。今俺見て、ちょっと口角上がらなかったか?何で?
今朝の授業は二つあるが、次の授業まで三十分の休憩がある。ガンズ先生は授業が終わると何故か俺の処へやって来た。
「君はベニーモだよね?何か参考になる本を探しているとか?その、君の書いてる話に。」ガンズ先生のその言葉を聞いて俺は真っ青になった。何で?何でだよ。
「あら、ベニーモったらガンズ先生に相談したの?えー?」アラウが目を丸くする。
「お前、本気だな。」ディルソンはニヤニヤした。
「は?何の話だ?」ラシャールは俺たちの顔を順番に見た。
「はっはっは。私はベニーモに相談されてないよ。まだね。」ガンズ先生は愉快そうに俺を見た。
「あっ、ベニーモ、持って来てるんでしょ、お話。読ませてよー。」アラウは俺を熱い目でじっと見た。ディルソンは俺を睨んだ。俺はある可能性に思い当たった。
「マガレータですね、ガンズ先生。」俺は盛大にため息を漏らした。
「そうだ。昨日図書館で会ってね。偶にマガレータにお勧めの本を聞かれるんだが、そこで聞かれたんだよ。君の創作に役立ちそうな本をね。バイオレンスな話なんだって?」ガンズ先生の顔は悪戯っ子のようだった。
「そうそう、バイオレンスなんでしょ?」アラウの目はキラキラしていた。何でこうなった?おかしい。
俺は作り話を昨夜書いた紙を、渋々机の上に広げた。
さて。このピカレス・クロマン学園は本来なら貴族しか通えない名門校。さりとて、この学園の入学基準を満たせば貴族でなくても通える事もありますの。でもそんな事は滅多にありませんわ。ピカレス・クロマン学園には王太子様も通われるんですのよ。身分の保証のない者が通えるほど門戸が開かれている訳ではありません。つまり、入学するには最低でも身分を保証する人物、後見人が必要なのです。何の後ろ盾もない平民には端から入学は無理なんですの。
しかし、今年は学園の様子がいつもとは違いましたの。詳しい事情はアタクシの耳にはまだ届いてはおりませんが、何と平民の娘がピカレス・クロマン学園に編入という形で入りましたの。編入です。正式に入学試験を受けたのではないのです。無論、この学園に入学するのですから最低の基準は満たしたのでしょう。今年はアタクシの婚約者でもある王太子様もお通いになっている年です。そんな年に平民が学園に編入などと、普通なら正気の沙汰ではございません。
申し遅れましたけど、この学園は全寮制、即ちこの豪爵家であるアタクシがこの平民の娘とも不本意ながらも共同生活で御座います。もちろん階級によって住まう場所は分かれておりますわ。当然で御座います。アタクシの父君がこの学園にアタクシを入れた理由は人的交流が目的なのは十二分に理解はしております。その平民の娘がそのような場に放り込まれた。という事は、その平民の娘に何らかの価値がある、或いは何かアタクシの思いもしない目的がある。そのようにアタクシは考えておりますわ。
「えー、ちっともバイオレンスじゃなーい。いつバイオレンスになるの?」アラウは頬を膨らませた。
「だから、そういう話してなかったよね、俺。」俺は眉を顰めた。「バイオレンスになる可能性はあるけど。」
「もっと早くバイオレンスにしてよ。」アラウはクスクス笑った。ディルソンは俺を睨んだままだ。
「はあ、これがお前が書いてる話か。意外にちゃんとしてるんだな。ちょっとサスペンスの匂いするな。いいな。」ラシャールは自分の顎髭を撫でた。
「あー、うん。かなり書き直したんだ、これ。」俺は紙を鞄に入れた。
「ほう。なかなかじゃないか。でも、豪爵って何だ?それに、王太子様の様は殿下と書いた方が良いんじゃないかな。」ガンズ先生は俺の肩を叩いて微笑んだ。殿下。そういえばそうだな。
「あ、そうだ。豪爵って書いてあったな。何だあれ?」ラシャールは吹き出した。
「いやあ、その…公爵って書かない方が角が立たないかなって。」俺は腕組みをした。
「あ、公爵なんだ。まあそうか。あれ?でも公爵令嬢が王太子の婚約者?そんなことあるか?」ラシャールも腕組みをした。
「ああ、なるほど。それで豪爵という架空の身分を作ったんだね。ピカレス・クロマン学園はルミナール・フィディレテ学園を参考にしたのか。」ガンズ先生が感心したように呟いた。
「まあ、そんなとこです。」俺は焦った。そうだ。普通は公爵令嬢が同じ国の王太子の婚約者にはならない。少なくともこのエレブ、そしてフラリアーツでは。俺はそんな事はすっかり忘れていた。
「そんなことよりガンズ先生、次の授業は大丈夫なんですか?」ディルソンがつまらなそうに言った。ガンズ先生は慌てて教室を後にした。




