今日の学園は休み
今日の学園は休みだ。学園は一週間七日のうちの二日間が休みだが、実際にはその内の一日は教会デーなので午前中がそれで潰れてしまう。今日はその教会デーだ。学生は絶対に教会デーに参加しなきゃダメなワケじゃない。だけど高位貴族は全員毎回参加する。だから余程の理由が無ければ教会デーを欠席するのは不可能と言って良かった。
教会デーと言ったが、教会に行くわけじゃ無い。学園の講堂で神父様が有難いお話をお聞かせくださるんだ。その日によって講話をする神父が変わる。講話によって神父の評価が変わるので、神父の講話は軽くエンタメ化してた。
「はあー。だりぃよなあ。」ディルソンは講堂の座席に姿勢良く座り、真正面を向いたまま呟いた。俺たちは講堂の前から真ん中辺りの右端に席を確保してた。高位貴族は大抵講堂の前の方の座席に座っていた。
「あら。今日の神父はレゼガー様よ。面白いわよ、きっと。」アラウも姿勢良く座り、真正面を向いたままだ。
「レゼガー様って、あのおじさんでしょ?」俺も姿勢を崩さないようにしながら聖職者の格好をした恰幅の良い眼鏡のオヤジを目で追った。
「レゼガー様って講話もそんな長く無いよな。俺、割とあの神父様気に入ってる。」ディルソンの前に座っているラシャールは良い姿勢のまま腕組みをし、顎髭を掻いた。
「気に入ってんの?どこを?」ディルソンは前を向いたまま喋った。
「え?話が短めな所だよ。他にあるか?」ラシャールは顔をディルソンに向けた。
「え?そこなの?お話面白く無い?」アラウは斜め前のラシャールを横目で見た。
「おい、始まるぞ。」俺はレゼガー神父が演壇に上るのを目で追った。
「皆様、おはようございます。先ずは神に祈りを捧げましょう。」レゼガー神父は講堂の一番前に飾られている金地に青い丸が描かれた真四角のパネルに向き直り手を合わせた。講堂の全員が起立し、その青い丸に向かって手を合わせた。アーメンとかそういうのは無い。ただ無言で手を合わせるスタイルだ。
青い丸はエレブで信仰されているウーディ教の象徴だ。偶像崇拝をしないウーディ教では、祈る対象としてこの丸印を使っていた。丸い印なら何でも良かった。色は青が望ましいとされているが、実はウーディ教信者は余りそれを気にして無い。この丸印自体が偶像では無いかという議論が大昔にあったそうだが、この丸印は魂のカタチであって偶像では無いと結論が出たらしい。
普段はしてないが、俺は今その丸の描かれた小さなペンダントを首から下げていた。多分、講堂にいる全員が同じような物を首から下げているに違いなかった。
レゼガー神父がこちらへ体の向きを変えた。それを合図に全員着席する。静かだ。この講堂は朝は前の窓から光が入り、夕方には後ろの窓から光が入るようになっていた。だから、レゼガー神父は俺たちから見ると光に包まれてるように見えない事も無い。
「本日は聖書の面白い読み方をお教えしましょう。」レゼガー神父の眼鏡が光を反射する。
「皆様は聖書を読みますか?ここにお集まりの皆様は、一度は読んだ事がある、でも読み返した事は無い、そのような方が多いのではないかと思います。毎日読んでる?本当に?信心深い振りはしなくて良いんですよ。ここにお集まり下さっただけでも神は感謝しています。神は、忘れられる事を悲しみます。皆様がここにいらっしゃるという事は、神をお忘れでは無いという事です。」レゼガー神父は聖書を手に取った。
「では、聖書をどう読むか。聖書って神様が書いた本じゃ無いんです。神様の事を、神様が人間に伝えようとした事を記した本なんです。書いたのは人間なんです。言わば、人間から見た神様を記した本なんです。そんな事知ってるって?そうですよね。常識です。でも、中には聖書の言葉こそ神の言葉そのものと解釈する人たちもいます。ま、解釈は解釈です。それも聖書の読み方の一つなんです。でも、間違えちゃいけないのは、そう解釈したとしても、やっぱり聖書は人間が書いた物には変わりがない。私から見れば、そう解釈したいと願うから、聖書の言葉を神の言葉そのものだと信じ込んでしまうのです。おっとこれ以上はいけない。おや?誰かが来たようです。」そこでレゼガー神父は右横を見た。講堂は静かだ。
「ま、誰か来たところで返り討ちにする自信はありますが。こっちでもね。」レゼガー神父はニヤリと笑うと右腕を露出させ力瘤を作った。あれ?レゼガー親父って意外にマッチョだ。
「まあ、神父の私がそんな事を言っちゃダメかも知れませんね。では聖書の面白い読み方とは、どんな読み方か。そうですね。一例を挙げましょう。聖人ミカーエの話です。信心深い皆様は全員ご存知ですよね。知らない?この大嘘つき。」レゼガー神父は誰を指すというのでも無く指を立てた。
「この聖人、聖人なのに人殺しです。不敬?いいえ、事実です。聖書に書かれてます。ミカーエは殺人犯です。でも聖人です。何で?何で何で何でかなー?殺された人が悪だったからです。さて、殺されたのは?」レゼガー神父は耳の後ろに手を当てた。講堂は静かだ。
「殺されたのはサーミレです。何故サーミレは殺されなければならなかったのか?そんな悪い事したのかな?サーミレは神に対抗するために悪しき人間を集め、軍隊を作ろうとしました。それを阻止したのがミカーエです。ミカーエはその企みを逸早く突き止め、サーミレを斧の一撃で斬殺しました。斬殺。言葉、合ってますよね?」レゼガー神父はキョロキョロと講堂を見回した。
「酷くないですか?もしかしたらサーミレは説得すれば神へ対抗するなどという無謀な事を考え直したかも知れない。なのに問答無用で陰からコッソリ、斧でザックリ。でも神のために力を尽くしたから聖人として祀られてます。でも、サーミレに確認した?神に反抗してるって?何もありません。そんな事は少なくとも聖書に書かれてはいません。ミカーエの思い込みだったかも知れないんです。あ。でもこれ神父がする話じゃありませんねえ。でもね。そうやって想像を巡らせるのは悪い事じゃないんです。聖書は一種の記録なんです。人間が書いたね。もう一度聖書、読んでみる気になりましたか?」レゼガー神父は眉を上げ、講堂を見渡した。やっぱり講堂は静かだった。




