それは
「それは、今、現在の技術ですよね、その、リングレットって髪型は。」俺はミートボールを半分に切った。
「そうだね。そういう流行の要素も入れると、読む方も楽しいんじゃないかな?」エンリクは最後のミートボールを頬張った。
「なるほど、そうですね。貴重な意見として有り難く聞いておきます。」俺はミートボールを口に入れた。あ、確かにピリッとは来るな。これは唐辛子だな。
「おー、慎重だな。」ディルソンは大口を開けてミートボールを丸ごと食べていた。
「実は見た目は…そんなに描写するつもりがなくて…何て言うか…まあ、白状すると、エンリク様に指摘されるまで余り気にして無かったんですけど、その、読者に想像で補って欲しいかなって。あの話、今のところ、どの国でどの時代かをハッキリさせてないから、そういう見た目の描写しちゃうと、そういうの固定されちゃいそうって言うか…まあ、そんな感じで…。」俺はミートボールをもう一切れ食べた。
「そんなの、関係ないよ。だって結局小説だろ?それに、君だってフラリアーツの歴史を正確に考証した話を書いてるワケじゃない。そうだろ?」エンリクは爽やかな笑顔で俺の腕をつついた。
「まあ、それは、そうなんですけど…。」トマトの味が酸っぱ過ぎるような気がして来た。
「そうだよ。でも、あれは君の創作だから、君の自由にするといい。でもね、一読者の俺としては期待するかなあ。」エンリクは俺を上目遣いで見た。やめて。俺でもクラッとしそう。ディルソンもラシャールも、その様子をニヤニヤしながら見ていた。俺は多分真っ赤になってたと思う。
「あの…もしかしてエンリク様は…そのお、そういう見た目の女性がお好きとか?そういう…?」俺は思い切って聞いてみた。ディルソンとラシャールは目を丸くしていた。
「あっはっはっは!君、大胆だね。ま、そういう見た目のレディーも好きかなあ。君は、どんなレディーが好みなんだい、ベニーモ?」エンリクは楽しそうに見えた。
「え?あ、その、え、あ…。俺は、あ、私にはそういう好みは…。」俺は慌てた。俺の頭に浮かんだのは、あの幽霊の少女の顔だった。
「秘密ってことかな?それなら、まあお互いレディーの好みは秘密って事で。あ、それから様はつけなくて良いよ、ただエンリクって呼んで。」エンリクはウィンクした。
落ち着いてくると、俺は周りがチラチラと俺たちを見ているのに気づいた。そりゃそうだ。何しろ俺は昨日は神父様の来訪を受け、今日は侯爵家令息の隣で歓談してる。それに、俺がサンドリーニ先生に呼び出されたのもあるだろう。俺はもう消えたかった。
食堂を出るとエンリクは颯爽と高位貴族用の寮へ続く通路に去って行った。俺たち三人はそれぞれの部屋に戻った。俺が部屋の扉を開けると、背後で少女の声が聞こえた。
「ごきげんよう、ベニーモ。」俺の隣をすり抜けて少女が部屋に入る。
「ごきげんよう、お嬢様。」多分、俺の顔は疲れていた。
「お疲れのようね。まあ、分かりますわ。あなた、さっき図書館にいらっしゃったでしょう?あの小部屋に入るのを見ましたわよ。」少女は薄く微笑んだ。
「見てたんだ。面倒臭い事になったよ。」俺はベッドに寝転んだ。
「あの方は先生でいらっしゃるんでしょ?あなた、成績が危ないとか?フィクションなど書いている場合ではないのでは?」少女は真顔になった。
「成績は関係ないけど、あのフィクションに関係が大有りだよ。お前の処刑は歴史の闇だってこと。」俺は口をへの字に曲げ、俺の上に浮かぶ少女を眺めた。
「まあ。その話をされていたのですか?歴史の闇。確かに、このアタクシを在らぬ罪で罰したのですから、歴史の恥部に他なりませんわね。それで、何か有益な情報はありましたの?」
「有益ねえ。存在を抹消された聖女の話なら聞いたよ。詳細は判らないままだけど。その聖女の生まれ育った地域も判らないし、その土地の名前も変わってるというのが判ったくらいかなあ。」
「ああ。そうですわね。町の名前は変わりましたわね。アタクシもそれは存じておりますわ。王都の名も変わりましたわ。きっと、ご存知ですわよね?」
「うん。昔はイーディって言ってたんだろ?それは授業でも習うよ。今はトーツだよな。」
「ええ。イーディ。良い名前でしたのに。」少女は腕組みをする。
「良い名前?お前、意味が解るのか?」俺は少し身を起こした。
「ええ。イーディとは栄光の街という意味ですわ。イーダが栄光を、そのダがディに変わる事で、イーダがある場所になるのです。トーツも悪く有りませんわね。確か、未来という意味でしたわよね。」少女の顔が得意げな表情になる。
「えええ?お前、古語が解るのか?」俺は目を丸くした。
「当たり前です。高貴な立場の者は理解して当然…と、言いたいところですが、まあ断片的にしか理解出来ませんでしたわ。何しろ教会の者たちが聖書の原典を独占しておりましたし、アタクシ共も古語は教養でしかありませんでしたから、完璧に理解する者はほぼおりませんでしたの。」少女は眉を上げニコリとした。
「でも、読めるのは読める。そうだな?だって文字自体が今の文字と違うよな。」俺は完全に身を起こし、ベッドに座った。
「そうですわね。実際は、古文字は今の文字の原型ですから、あなたも法則を覚えれば読むことくらいはすぐに出来ますわよ。意味は、まあ、その限りではありませんわね、もちろん。」
「うっそ。そうなのか?ああ、でも…そうかあ。」文字を習えば古語が読めるという可能性に俺は興奮したが、少女は幽霊だ。なんでもすり抜ける幽霊にペンを持てるワケがない。俺は肩を落とした。
「残念ですが、今のアタクシにはあなたの古語学習の助けをするのは難しいですわ。でも、何か方法がある筈。」少女は俺の前でふわふわと揺れた。
「ま、それは今はいいや。」俺は机に移動し、紙を一枚取り出した。
「あら。あの図書館の小部屋で何か創作のアイデアを得られたのかしら?」机に向かう俺の背後で少女の声がする。
「ま、そんなとこだよ。お前の話が基本だけど、結局これは俺の作り話なんだ。好きに書くよ。高位貴族や先生が何だってんだ。」俺はペンを取った。
何故アタクシに情報を伏せていたのか。結局王太子殿下から何もアタクシは聞き出せませんでした。アタクシがその聖女とかいう平民の娘に関心を持っていると気取られるのは得策では御座いません。アタクシ、アーモリージ爆爵家が何処の爆爵家なのか知りませんでしたの。すると、意外な人物からそのアーモリージ爆爵家の情報を得られましたの。侍従の一人、メイドがアーモリージ爆爵家の出身でしたの。このメイドの娘がアタクシに聖女の事を漏らしまして、それで知ったのです。アーモリージ爆爵家は隣国との国境にある街の領主でしたの。という事は、このアーモリージ爆爵家はアタクシが思う以上に力のある貴族という事ですわね。これは、追加の調査報告が楽しみですわ。




