心中お察し
「心中お察しし…うん、わかるよ。俺は、その…限りなく平民に近い立場だから、想像もできないよ。」俺は何とか良い姿勢を保とうとした。
「あら。でもあなたの話は中々ちゃんと公爵家の立場を理解してたっぽいわよ。だから解ると思うけど、私が王家筋なのは内緒よ。誰かにもう言っちゃった?」グレイシアはまた俺の目を真っ直ぐに見た。
「言ってないよ。俺もそこまで迂闊じゃない。」こんな感じの言葉遣いで良いのかな?つまり、普段の俺。いやいやいや、これはやっぱりおかしい。俺をこっそり呼び出した意味は何なんだ?こんなタメ口を聞かせるためじゃないだろ?
「流石ね。ありがと。」グレイシアは上目遣いに俺を見、クッキーを摘んだ。
「あの、聞いて良いかな?」俺は出された茶をなんとか一口飲み、そう言った。
「なあに?私が王家筋が秘密なこと?その理由は…ちょっとここじゃあ軽く言えないなあ。」グレイシアの目は周囲を見回した。
「そうじゃない。それは俺は余り気にならないよ。さっきも言ったけど、俺は限りなく平民に近いから、公爵家の事情なんて…俺が立ち入れるワケないし、グレイシアが王家筋だと漏らすなんて、そんな事情通みたいな真似するのは、俺には命取りなんだよ。文字通り。」俺はまた茶を飲んだ。
「ま、ベニーモ。あなたそれって不敬罪のこと?処刑?まさか。今の時代そこまでしないわよ。」グレイシアは笑い出した。
「あ、ま、そうかも知れないけど。」俺は多分顔が真っ赤になっていた。
「ベニーモ、王家筋はヴェリセンタル家だけじゃないの。もっとあるわ。多過ぎる程にね。でも、ヴェリセンタル家はその中でも王家との繋がりが強い方なの。頭の良いあなたなら、これで解るわね?」グレイシアはつまらなそうな顔になり、クッキーをまた頬張った。いや、俺は頭が悪いからさっぱり解らない。
「その話より、ベニーモ。本題はそれじゃないの。ジョーゼフ叔父様の無礼を赦して欲しいの。何が気になってあなたの部屋に先触れも無く押しかけたんだか。いえ、その前にまずあなたを召喚するべきね。立場があるもん。あの人あれでも主任神父なのよ。しかも司教候補よ。コネって大事よねえ。ま、それはそれとして。礼を欠く行為には間違いないわね。」グレイシアは真面目な顔で俺を見据えた。いや、そっちが怖いよ。
「あ、いや、その…赦すも赦さないも無いですよ、俺の立場からすれば、その…神父様からすれば俺なんて吹けば飛ぶような小ささですよ。」俺は茶を飲もうとして残りが無いのに気づいた。そして、給仕が側にいないのに今更気づいた。こういうサロンでは給仕は大抵テーブルの側にいる。つまり、これは…嗚呼、ヤバい。最悪だ。
「それでね、ベニーモ。来月学内で舞踏会あるの、知ってるでしょ?お詫びと言っては難だけど、私をエスコートしない?エスコートの相手、まだ決まってないでしょ。」グレイシアがニヤリとする。何で俺のダンスのエスコート相手のこと把握してんの?怖え。て、俺がグレイシアをエスコート?無理無理無理無理!絶対無理!でもこれ、絶対断れないヤツだ。
俺が応えられず絶句しているとグレイシアは笑い「冗談よ。」とクッキーをまた摘んだ。
「ジョーゼフ叔父様があなたに何を吹き込んだかまでは聞かないわ。でも、それであなたがあの話を書くのを止めるとしたら、私はジョーゼフ叔父様を許さないわ。本気よ。」グレイシアのティーカップも空になっていた。
「ああ、そういう…大丈夫ですよ、グレイシア様。私は話の続きを書くつもりですから。」俺は思わず言葉が丁寧になっていた。
「敬語なしでよろしく。」グレイシアは苦笑いし「そう。安心したわ。そうこなくっちゃ。話はそれだけよ。」と肩を竦め、手を挙げて給仕を呼んだ。給仕が来るとグレイシアは料理の配膳を指示し、給仕が去るのを待って席を立った。これは…俺は退席するタイミングってことか。俺も席を立ち一礼をした。
「あらあら、ベニーモ、ちょっとそれ、ダメかなあ。私、まだあなたに声をかけてないもん。」グレイシアはクスクス笑った。そうだ。まずはグレイシアから声をかけられてから動作するべきだった。「私は気にしないけど。私はね。」グレイシアは姿勢良く立ち微笑んでいた。
「申し訳ございません。何しろ、こういう場面に不慣れなもので…。」俺はまた頭を下げて、グレイシアの顔を見ないようにした。グレイシアはやっぱり公爵令嬢なんだ。
「赦すわよ。いちいちこういうの気にするのってバカみたい。そういうの、私の前ではやめて。」グレイシアの声に微かに苛立ちを認めた俺は顔を上げた。グレイシアは困ったような顔で俺を見ていた。
「ご容赦下さり有り難く存じます。では、これにて失礼致します。」俺は真面目な顔を作って見せた。
「敬語!ま、いいわ。これからは私以外の高位の方々とも交流する可能性を考えてね、ベニーモ。それと、エスコートの件、考えておいて。勿論、断られても私は別に何とも思わないわよ。でも返事が遅いのはダメよ。」グレイシアは腰に手を当て踏ん反り返ったポーズをした。いや、冗談だったんだろ?何で今それを蒸し返すんだ?本気なのか?
「冗談じゃなかったの?」俺は普通に聞いてみた。
「冗談。そう、冗談よ。」グレイシアは口をへの字に曲げ「つまり、たった今私はエスコートを断られた哀れな令嬢になったってワケ。」とクスクス笑い始めた。何これ?どういう反応を期待されてんだ?
「あの…まあ、返事は遅くはなかったってことだよね?」俺の心臓が五月蝿い。
「そうね。そこは及第点。ごきげんよう、ベニーモ。」グレイシアは小さく手を振った。
「ごきげんよう、お嬢様。」俺は会釈し踵を返した。
俺の部屋の前にディルソンとラシャールが立っていた。まさか俺のこと待ってたのか?
「おう。意外に早かったな。」ディルソンが眉を上げ微笑んだ。
「お前、顔色悪いぞ。何かイヤな事でもあったか?」ラシャールは俺の肩を軽く叩いた。
「イヤな事…なのかなあ、あれは?」俺はグレイシアのエスコートの誘いを思い出していた。まるで意図が解らない。
「え、何があったんだ?」ディルソンは眉を顰めた。
「でも軽く言えない何かなんだろ?」ラシャールは顎髭を撫でた。
「まあな。でも、何と言うか、その…イヤな事ではなかったかなあ。俺には理解できない世界っていうか…。」俺は頭を掻いた。
「ははあ、なるほどね。俺、なんとなく判ったかも。」ラシャールはニヤリとした。
「え?何だ何だ?」ディルソンはラシャールの顔を凝視した。
「つまり、ベニーモの学園内での地位が確立しつつあるってことだよ。」ラシャールは得意そうな顔をした。
「ん?」ディルソンは首を傾げた。
俺は二人を部屋に招き入れた。二人とも遠慮なく俺のベッドに寝転がり、何故か満足そうな顔をした。
「何だよ。俺のベッドが乱れるだろ。」俺はその様子が可笑しくて、つい噴き出した。
「いやあ、今日のディナー、あのポークチョップは今までで最高だったぞ。」ディルソンは寝転がったまま言った。
「お前、注文しなかったんだって?失敗したな。」ラシャールは体を起こして俺の顔を見た。
「ああ、うん。あの時は気分じゃなかったんだ。でも、失敗だったな。」俺は肩を落とした。




