言葉少なに
言葉少なに俺は夕飯のサーモンのパスタを口に運んでいた。ディルソンは本日のスペシャル、ポークチョップのタラゴンソースを満足そうに食べていた。
「お前、そんなんで良いのか?このポークチョップ絶品だぞ。デカいし。ちょっと食うか?」ディルソンは俺の皿に一切れポークチョップを置こうとした。
「あー…うん。もらう。」俺はディルソンをチラ見し頷いた。
「何だよ。いつもならポークチョップ飛びつくだろ。それに、このソース、無限に肉食べられる感じだぞ。」ディルソンは殆ど肉を平らげていた。
「そうか?」俺は分けてもらったポークチョップを頬張った。あれ?
「だろ?」俺の表情を見たディルソンの顔が明るくなる。
「ぐあー、失敗した。これ、無茶苦茶美味いよ。このソース、確かにもっと肉食べたくなるな。」俺は急にお腹が空いてきたような気がしたが、時既に遅し。パスタが不味いワケじゃ無い。ディルのバターソースが絡んでて、これもかなり美味い。しかし、今日のポークチョップは格が違う味がした。
「追加注文するか?」ディルソンは肉の最後の一切れを口へ運んだ。
「そこまで俺は大食いじゃ無いよ。」俺はパスタをフォークで掻き回した。
「何かあったのか?」ディルソンは食後の茶を啜っていた。
「言って良いのかなあ。」俺は給仕が空いたパスタの皿を下げるのを呆然と見ていた。
「あ、そういうヤツね。」ディルソンは俺から目を逸らせた。するとそこへラシャールがやって来た。
「聞いたぞ、ベニーモ。レゼガー神父がお前の部屋を訪ねて来たんだって?」ラシャールはディルソンの隣に座りながら言った。やっぱりそれを見てたヤツがいたんだな。
「は?お前のとこにレゼガー神父?それでお前様子が変だったのか?」ディルソンが心配そうな顔になる。
「ああ、うん。そうだよ。」俺は給仕が茶をカップに注ぎ、ティーポットにティーコージーを被せるのを見ていた。ラシャールは迷わず本日のスペシャルを注文した。
「あれだろ、お前の書いてる話を神父様が読んだ。それでお前の所へ神父様が来た。うっひゃあだな。」ラシャールはクスクス笑い「いや、神父様がお前を呼ぶんじゃなくて、自分からお前の部屋に来るって、相当だぞ。」と身を乗り出した。
「だよな。普通はベニーモの方を呼ぶよな。あ、待て。それはヤバい案件じゃないのか?呼ぶんじゃなく直接お前の部屋に来る程の緊急案件ってヤツ。」ディルソンは神妙な顔をした。俺は落ち着こうとティーカップに口をつけた。
「お前のあの話の聖女に引っかかったんだろ。」ラシャールはニヤリとした。
「詳しくは言えないけど、まあそれは…みんな想像つくよな。」いつものように茶は甘い。でも今日は、俺には渋みを強く感じる気がした。
給仕がラシャールにポークチョップを運んで来て、然りげ無く俺の目の前に表に何も書いてない小さな紙を置いていった。今度はいったい何なんだ?ディルソンとラシャールの視線が痛い。紙をそっと摘んで、その裏を見た俺は目が点になった。何で?そこにはこう書いてあった。
「サロンに至急いらしてください。お待ちしています。グレイシア・ヴェリセンタル」
俺は慌てて紙をテーブルに伏せた。これはつまり、余り目立たないように来いってことだよな、多分。普通に呼び出すんなら侍従が俺に来るだろう。
「ヤバいな。」ディルソンがニヤリとする。
「ヤバいぞ。」ラシャールはポークチョップにナイフを入れた。
「それ、ヤバいくらい美味いから。」俺は紙を丁寧に折りたたむと席を立った。
こんな時間に限りなく平民な俺が高位貴族のサロンへ行くなんて目立たない方がおかしいが、それでも俺は周りの目を気にしながら、何でも無いふりをして通路を歩いた。幸いディナータイムなので殆どの学生は食堂だ。通路には誰もいないようだった。
サロンの入り口に立つ男に給仕から渡された紙を渡す。男は紙を明かりにかざし「確かに。」と言うとサロンの扉を開け、俺に紙を返した。よく見れば紙に透かしが入っていた。流石公爵家だ。こんなメモ程度のものにも透かし入りとは。男爵家じゃ無理だ。
サロンでは高位貴族の子息令嬢がディナータイムだった。給仕はサロン奥へ俺を案内した。グレイシアは俺を見つけると席を立ち会釈をした。俺は慌てて会釈し、何とか早足になるのを抑えた。
「急にお呼びして申し訳ありません、ベニーモ。」グレイシアは少し困ったような笑顔で俺を迎えた。「もうお食事はお済みかしら?」
「はい、食事は済みました。」俺はグレイシアが席に座るのを待ち、給仕が俺の椅子を引くのを待った。
「私はまだですの。でも、いいわ。お茶を先にしましょう。長い話ではないの。」俺が席に着くとグレイシアは静かに言った。
「恐縮です。」俺は何の話が始まるのか、何となく想像がついた。多分、レゼガー神父の言う通り、グレイシアは王家に俺の作り話を読ませるつもりだ。
「ああ!もういい。こういう話し方私好きじゃない。ベニーモ。あなたも私に変な気を使わない事。いい?」グレイシアはうんざりした顔でそう言うと、笑い出した。
「あの、どういう…ことでしょう?」俺はグレイシアの意図が分からず、無意識に口が半開きになっていた。
「叔父のことよ、ベニーモ。本当に、もう、呆れるわ。ジョーゼフ叔父様ったら、あなたを訪ねて部屋まで行ったって。何なのよ。あ、ジョーゼフはレゼガー神父の名前よ。ジョーゼフ・レゼガー。知ってた?」グレイシアは盛大なため息を吐くとクックッと笑い「ごめんなさい。あの叔父は変わり者なの。」とティーカップを優雅に持った。
「あの…すみません。ジョーゼフの名までは…その…知りませんでした。」俺の声は消え入るようだった。
「そう。まあそうよね。ねえ、敬語はなし。いい?」グレイシアは静かにティーカップをソーサーに置いた。
「そういうワケには…あ、うん。」俺はもうヤケになっていた。
「あの叔父が何を知りたかったかは、想像つくわ。それより、ベニーモ。私が王家筋だって知ってた?」グレイシアは俺の目を真っ直ぐに見た。これで敬語無し?無理。
「全然知りま…知らなかった…よ。」うおー。これで良いのか?良いんだよな?
「そうよね。ま、知ってるのは一部の高位貴族だけなのよ。私が言ったから、今、それを知ったわよね。それとも叔父がなんか言ってた?」あー、そういう事か。
「うん。聞いた。ヴェリセンタル家が王家筋っていうのと、レゼガー神父がグレイシア様の叔父っていうのと…。」俺はグレイシアの視線を何とか真っ向から受けた。
「様はいらないわ。ここでは…二人の時はグレイシアでいいわ。なんならグレイシー…あ、そうだ、シアはどう?」いやいやいやいや、それは砕け過ぎだって。
「じゃあグレイシアで。流石にシアとお呼びするのは、ちょっと…。」きっと俺の顔は情けなかった。
「そうね。叔父の訪問は気にしないで。叔父は変に行動力があるのよね。ま、私もちょっとは令嬢っぽくしろって親から言われてるけど。あーもう。何で私、公爵家なんかに生まれたのかなあ。まあ公爵家なお陰で得する事は沢山あるのは認めるわ。でもね、堅苦し過ぎなのよ。これで王家だったら尚更よね。」グレイシアは姿勢良く座り、微笑んでいた。




