放課後
放課後俺は寺務所へ寄った。俺はライニに原稿を渡すと男子寮の自分の部屋へ戻った。すると、俺の部屋の前に少女が浮かんでいた。
「あれ?俺を待ってたの?部屋に入っててよかったのに。」俺が扉を開けると少女は俺の後ろに付いて部屋に入って来た。
「少しは、その、礼儀というものを示した方が宜しいかと思いまして。」少女は済ました顔をする。
「今更?まあいいや。」俺はベッドに体を投げ出した。すると少女は俺の真上に浮かんだ。顔が何となく怖い。
「あなたは、あれで、良いのですか?」少女は静かに言った。
「あれって、何?」俺は目を丸くした。
「あの娘は公爵家の恥です。あんな事を許すあなたもあなたですわ。」
「あー、今日の会食のことか。それは言い過ぎじゃないかなあ。ま、あんなもんだろ。俺は貴重な意見が聞けたと思ってるよ。それに、俺の作り話を評価してくれてるようだしな。」俺はため息を漏らした。
「それは、そうかも知れません。しかし、やり方というものが御座いますでしょう。」少女は呆れた顔をした。
「まあね。多分ガンズ先生はもっと言いたい事あったっぽかったなあ。」
「あなた、そんな呑気な…。仮にもあなたは男爵家なのでしょう?確かに公爵家からすれば末端でしょうが、それでも貴族の、この国の重要な役割を担う家の子息なのです、あなたは。あんな扱いを許して良いとお思い?」少し、部屋が冷えた。
「ご忠告、臥して受け取ります、お嬢様。」
「あなたね、それはそのように仰向けに寝転がって発する言葉ではなくてよ。」少女は疲れたような顔で微笑み「あなたのお書きになっているフィクションは、確かにあなたのものですけれど、しかし、このアタクシを題材になさっているのですから、アタクシのものでもあるのです。本日のあの娘の所業は、アタクシを侮辱するのと同等ですわ。」と言うと怒った顔を作った。
「本気でそう思ってる?」俺は少女のその様子が面白かった。
「本気…と、言いたい所ですけど…ふふ、悪くはありませんでしたわ。あなたが評価されている査証でもありますもの。ただ、あの娘は傲慢が過ぎますわ。」笑顔の少女は俺の目の前で体をふわふわと揺らした。そして、俺の方へそのまま降りて来た。おい、近いよ。
「それでですね、ベニーモ。アタクシ、どうしても知りたい事が御座いますのよ。」な、なんだ?少女の顔が切羽詰まったものになる。「あのですね、その…。」
「何だよ。」
「桃は、どのような味でしたの?あれはオカーヤの桃だと給仕が言っておりましたでしょう?オカーヤの桃は、それはそれは絶品ですのよ。ご存知でしょう?」
俺は少女のその言葉に絶句し、目を瞬き、口が無意識に半開きになった。桃がオカーヤ産?そんな事言ってたっけ?
「あ、ああ、そうだっけ?」
「ああ、もう!そうおっしゃってましたわ。アタクシ、オカーヤの桃には目がありませんの。それをあの娘ったら、あんなにクリームをふんだんに…下品ですわ。できる事ならこのアタクシも下品の誹りに怯む事なく、クリームをふんだんに…嗚呼!どうしてなの!」少女は俺の上で狂ったようにクルクル回った。何だ、これ。
「アタクシが生きていた頃は、あんなにクリームをふんだんには使えませんでしたわ。今は良い時代ですわね。あの、シロップ漬けのビスケットにしてもそうです。あのですね、言い方はお許しいただきたいですけれども、あれはあなたのような男爵家如きに振る舞う代物では本来ないのですよ。」少女は何となく息切れしているように見える。幽霊なのに?俺は耐えられなくなって笑ってしまった。
「いやいや、そんな大層なものじゃないよ。いつの話だよ。流石にオカーヤ産の桃は今でも高級品だけど、今はシロップ漬けのビスケットは平民でも普通に食べられるよ。」
「お笑いになるなんて、やっぱり酷いお方ですわ。あなたは本当に恵まれてるのよ。」また部屋の空気が冷える。俺は笑うのを止めた。そうだ、幽霊が食事が出来るとは思えない。それに、少女が生きた時代はシロップは一般的ではなかったんだろう。
「なあ、俺と話したかった事って、桃の事なのか?」
「それもありましたわ。でも、あなたに食の事を聞くのは無駄でしたわね。」
「そうだな。俺に食レポは無理かもな。」
「は?ショクレポとは?またあなた良く解らない言葉をお使いになるのね。」
「あー…まあ食べ物を良い感じで説明する事だね。俺は美味しいくらいしか言え無さそうだよ。」
「でしょうね。」
「あのな。で、他には何かあるのか?」
「あの娘、あれで案外鋭いですわ。王太子殿下暗殺計画を阻止する動きが誤解される。中々の読みだとアタクシも思いますの。それで、アタクシ思い出した事がありますのよ。」
「グレイシア・ヴェリセンタル。それがあの公爵令嬢の名前だよ。」
「存じております。それが何か?それはさておき、アタクシの噂の出元の事です。あなた、怪文書ってご存知?」
「ん?怪文書?そりゃ知ってるよ。それがどうした?お前に関する怪文書が出回ってたのか?」
「その通りです。態とらしく下手に書いた筆記体の紙切れです。でも、紙に書かれている時点で、貴族のどなたかが書いた物なのは丸わかりでしたけれど。あの頃は、紙が平民に出回る事は稀な事でしたから。」
その時、俺の部屋の扉をノックする音がした。多分俺の作り話を書いた紙を誰かが返しに来たんだろう。
「どなたですか?」俺は扉越しにノックの主にそう尋ねた。
「ベニーモ・マンカスター様、ウーディ教寺務所から原稿を返却に参りました。」ノックの主の声は、何となく聞き覚えがあった。誰だ?
扉を開けると、そこに立っていたのはレゼガー神父だった。え?何で?俺が固まっていると、レゼガー神父は大きく微笑んだ。
「失礼とは思いましたが、あなたの話、読みましたよ。面白いですね。少しだけ部屋にお邪魔しても?」レゼガー神父には有無を言わせぬ雰囲気があった。
部屋にレゼガー神父が入ると、少女は何故か天井に張り付いた。いや、何でだよ?普通に浮かんでてもどうせ神父からは見えてないんじゃないのか?
「どうもありがとう。ここにかけても?」レゼガー神父はベッドを指した。俺が頷くと神父はそこに腰掛けた。
「お茶も何も出せませんけど。」俺はレゼガー神父から原稿を受け取りながら言った。
「ああ、それは構いませんよ、ベニーモ。」レゼガー神父は自分の隣を手で軽く叩き、俺はそこに座った。
「あの、態々有難う御座います。まさか神父様が直接原稿をお返しにいらっしゃるとは、その、思ってもいませんでした。」俺はレゼガー神父の顔を見られなかった。うー、今日は一体どうしちゃったんだ?
「興味を唆られまして。ライニが写しをしている間、ちょっと、そのあなたの話を盗み読んでしまいましてね。だから帰る前に、あなたが部屋にいらっしゃったらお話ししたいなと思ったのですよ。」ダメだ、俺、こういうの耐えられそうにない。
「それで、ベニーモ。この聖女というのは、どなたかモデルがいるのかな?」レゼガー神父は俺の顔を覗き込んだ。俺の掌に脂汗が滲んだ。




