中空に真白く浮かぶ
中空に真白く浮かぶ少女を俺はじっと見た。不思議だ。寺務所には少ないが物はある。棚には茶器があり、花瓶に花が挿してある。壁は純白だ。その中に少女がいた。
「何をそんなにアタクシに見惚れているのですか?」少女が微笑む。
「いや。お前、ずっと独りだったんだろ?誰も見られず、こんな風に話も出来なかったんだよな?」
「そうですわね。それがなにか?」
「いや。俺なら耐えられない。気がヘンになるよ、きっと。」
「あら。まあ…そうですわね。アタクシも最初の頃は絶望しましたわ。だって、アタクシこんなですのよ?」少女は自分の首をすっと外し、そして俺の方へ差し出した。
「ああ、そうだよな。お前、まさか自分の死体を見たのか?」俺はそんな事に今まで気づかなかった自分を後悔した。
「それが、不思議ですの。アタクシ、気づいたらこうなってましたのよ。」少女は自分の首を元に戻した。「ですから、アタクシ、最初は自分が幽霊になっているのも気づいてませんでしたの。」
「じゃあ幽霊になった時はどこにいたんだ?」俺は呆然と宙に浮かんだままの少女を見た。
「それは覚えておりません。でも…殿方の前で告白するのは恥ずかしいですが、最初アタクシ何も着ておりませんでしたの。それで何か着なくてはと思った瞬間、このアタクシのお気に入りのドレス姿になっておりましたの。何かおかしいと、その時アタクシ気付きましたの。少しづつ、周りの様子から、アタクシがもうこの世のものでは無くなったと解りましたわ。この話、アタクシ以前お話ししませんでしたかしら?」
「いや。何も着てなかったというのは今初めて聞いたよ。死ぬとみんなそうなるのかな?」
「それはアタクシは知りません。死んでそうなるなら、きっと真っ裸の幽霊だらけですわ。アタクシ、耐えられたかしら?」少女はクスクスと笑う。
「ちょっとそれは見てみたい気がするな。」
「まあ、ベニーモ。あなたの考えている事はお見通しよ。全く、殿方というものは…。」少女は腕組みをし、憤慨した振りをする。
「ははは。でも男女関係なく裸だろ、多分。それに死んだら魂は天に昇るんだから、裸のままでもまあ不都合は無いんじゃないか?」俺は少女に微笑んだ。
「アタクシ以外はね。まさかアタクシが服を所望したからここに残されているとでも?」少女の顔が曇る。
「なあ。ウーディ教の教えが全てじゃないよ。エレブ以外の地域じゃ、他の宗教だってある。ウーディ教は…唯一神を信仰してるけど、そうじゃない宗教もあるんだ。慰めにもならないか…。」
「アタクシはウーディ教の信徒でしたのよ?アタクシが異教徒だとでも?まあ、こうなっては今更ウーディ教徒を名乗るのもバカバカしいですけれども。」少女は寺務所を見回した。「だからきっと、こういう場所が平気なんですわ。普通の、そうね、ウーディ教徒の幽霊はこういう場所を避けるのかも知れませんわね。だって天に召されないで、下界に残されてるんですもの。」
「俺の知ってる宗教には、神というより、自分の内面を見つめ世俗から解き離れた状態そのものを信仰するようなのもあるんだ。まあ自分が自分の神になると言うと言い過ぎかも知れないけど、その境地に至った人間を敬い信仰するっていう感じかな。それに神様は一人だけじゃないとか、凡ゆる物に神がいるとか、そんなのもあるよ。ウーディ教だけが人の考える真理じゃない。だけど、俺たちはどっぷりウーディ教に浸かって暮らしてる。ウーディ教が基準なんだ。だけど、それだけじゃないよ。」俺は少女に微笑んで見せた。
「あらあら。あなた、その歳で意外に見識がおありなのね。ふふ。面白いわ。アタクシもそう思いますの。」少女の笑みは大きくなり、少女の体は宙を舞った。「ねえ、ベニーモ。アタクシ、孤独でしたけど、でもね、孤独で良かったと思う時もありましたのよ。そう思いたかっただけなのかも知れませんけれども。」ああ、本当に、何でこの少女は死んでしまったんだ?
「お前の言う、あの田舎娘なんだけど、自称聖女だったって言ってたよな?」俺はどうしてもそれが気になっていた。
「ええ、そうね。それが何か?」少女は明らかに不機嫌になった。
「聖女ってウーディ教の教会が認定したのか?」
「まあ、正式に聖女というならそうでしょう。でも、アタクシはそうじゃなかったと思いますわ。」
「その田舎娘は天啓を得たとかそんな事を言ってたんじゃないのか?未来を読んだりとか?」
「さあ?どうでしたかしら。確かに未来予知と言いますか、占いめいたものをしていたかしら?ごめんなさい、どうにも思い出せませんわ。けれど、インチキに決まってますわよ。」
そこで寺務所の奥の扉が開き、ライニが写しを持って俺の元へ歩いてきた。少女は宙に浮かんだままその様子を見ていた。写しは意外に小さな紙に書かれていた。全部で六枚。その紙に手書きとは思えない文字が整然と並んでいた。これが俺が書いた話?不思議だ。本当に自分が作家になったような気がする。
「どう?」見ればライニは手袋をしていた。
「凄い。写しを見るのは初めてじゃないですけど、こうして自分の書いた物が清書されたのを見るのは感激ですね。」俺はライニが薄い紙を寺務所のテーブルに敷き、写しの紙を並べる様子を見て嘆息した。
「そうでしょ?中々面白いお話しですね、ベニーモ様。書かれてはいませんでしたが、このアリアーナは他国の令嬢なんでしょ?豪爵という地位が良く解りませんが、まあ王太子の婚約者と書かれてましたし。悪役令嬢ですか。まあ他国の令嬢ならそんな評判を流されるのは有り得ますよね。」ライニは俺は見て微笑んだ。俺はそこまで深く考えていなかった。そうか、他国なら…。あれ?そうすると時代設定はもっと昔にしないと続き書くのが難しい?少女を見ると何かを考え込んでいるような表情をしている。
「え、あ、いや、その…白状しますけど、俺、そこまで考えてなくて…何となくそうしたら面白いかなって、唯の思いつきで書いたんです。」そう俺が言うとライニはクックッと笑った。
「ああ。なるほど。グレイシア様が写しを所望されるくらいですから、考えて書かれているとばかり…。でも、この文、内容は結構しっかりしてますよ。私も続きが気になります。」ライニは俺に原稿を返した。
「ありがとうございます。その、写しも思ったより美麗ですね。これは俺も欲しくなります。」俺は原稿をカバンにしまいながら大きく微笑んだ。
「ただでは写しをやりませんよ。」ライニはそういうと丁寧に写しの紙を一枚摘み上げ「ここまで出来るようになるには修行が必要です。一字たりとも間違えられません。例え元の文が誤字脱字だらけでも、そのまんま写すんです。これ、意外に難しいんですよ。」とニヤりとした。
「いや、それは俺にも解りますよ。お高いんですよね、きっと。」俺は写しを目に焼き付けようとした。
「まあそれなりに。どうです?ウーディ教を支援されるお考えはありますか?」ライニは慎重に写しを薄紙の上に戻した。
「あ、そうだ。グレイシア様から伝言ですよ、ベニーモ様。必ずこの物語を書き上げるようにと。私も期待してます。」ライニは写しを薄紙に挟み封筒に入れ封をした。




