俺は少し憂鬱
俺は少し憂鬱だった。楽しみでもあったが、矢張り高位貴族と会うのは苦手だ。階段を昇る足が重い。俺の作り話の入った鞄も重い。これから高位貴族のサロンでランチタイムだ。
「またため息?もう、ベニーモ、そんな緊張する事ないって。」後ろに着いて来る俺を見下ろしながら、アラウはニコニコしていた。「あの話の続きも中々興味深いわ。バイオレンスじゃないけど。」
「まだそれ言うのか?勘弁してくれよ。そんなにバイオレンスが好きなのか?」高位貴族用のサロンの扉の側に男が一人見える。
「そうよ。だってバイオレンスは何でも解決するのよ。真理だと思わない?」アラウはそう言いながらその男に近づいた。「あ、私、アラウ・カーディナスです。グレイシア・ヴェリセンタル様にご招待され参りました。こちらはベニーモ・マンカスター様です。同じくグレイシア・ヴェリセンタル様にご招待されております。」
「アラウ・カーディナス様にベニーモ・マンカスター様ですね?身分証はお持ちですか?」男はニコリともせず俺たちの顔を順に見た。俺たちは身分証を取り出した。すると「少々こちらでお待ちを。」と男は言い、サロンの扉を開けた。見ると受付のような机に紙が置いてあった。それを男は一瞥すると「では、お入りください。ごゆっくり。」と言い、今度は微笑んだ。
「ね、面倒臭いって思ってるでしょ。でもこれでも簡易化したんですって。」アラウは部屋に入りながら小声で言った。
「ああ。面倒臭いよ。なんか、こう、身分証を扉に当てるだけで確認できるとか出来ないのかな?」俺は身分証を振った。
「何それ?そんな仕組みあるの?それに、もう身分証はしまってよ。もうサロンに入ったのよ、私たち。」アラウは俺を軽く睨んだ。そして部屋の中を見てカーテシーをした。
「無い。そんな仕組み、今は無いよ。」俺は慌てて身分証をしまい、ボウ・アンド・スクレープをした。
「こちらです。」給仕の一人が俺たちを部屋の奥のテーブルへ案内した。テーブルには美男美女がいた。あー、確かに神々しいかも。一人はエンリク、もう一人はグレイシアだ。俺たちを見た二人はほぼ同時に立ち上がった。ひいいい。
「よくいらして下さいました。」グレイシアが透き通るような声で言う。俺は胃が痛くなって来た。
「本日、お招きくださり至極光栄でございます。お初にお目にかかります。ベニーモと申します。マンカスター男爵家の三男でございます。」俺は頭を下げ、グレイシアの顔を見ないようにした。
「本日もお招きくださり、私も光栄ですわ、グレイシア様。」アラウは軽くカーテシーをして直ぐに姿勢を戻した。
「俺はエンリク・ラティノーブルだ。よろしく。」うん、こっちは甘い声だな。はあ、こりゃ遊び人って言われそうだな。
「私はグレイシア・ヴェリセンタルよ。もう、そんなに硬い挨拶はもう良いわ。楽にしてよ。アラウ、今日はベニーモを連れて来てくれてありがとう。そんな敬語はもう使わないでね。」俺は思わず顔を上げた。なんか、思ってたのと違う。
「今日の昼はヴェニゾンよ。ヴェニゾンのワイン仕立て。そうだったわよね。」席についたグレイシアは笑顔で給仕に確認した。
「はい。本日のメインはヴェニゾンのワイン仕立てでございます。デザートの季節のフルーツは、本日はベリーのアソートです。」給仕は軽く微笑んだ。
はあー。やっぱ一階の普通の食堂とは違う。何なんだ、このカトラリーの多さ。フルセットじゃないか。まさかランチもフルコースか?と、思ったらスープからメインに直行だった。鹿か。久しく口にして無いなあ。ひゃあ。美味だ。一般の食堂も美味いんだけど、何と言うか別種の美味さだ。
「お気に召した?ベニーモって割とお顔に出るタイプね。」グレイシアが楽しそうな笑顔になる。
「そうだな。まあ普段は一階の食堂だろうから、ここの食事とはちょっと違うよね。」エンリクは静かにヴェニゾンを切っていた。
「いえ、本当に、その、私、招待されて感激です。ね、ベニーモ。」アラウはヴェニゾンを切る手を止めて言った。
「あ、そうです…ね。このヴェニゾン凄く美味しいです。」俺は何とか咀嚼していた肉を飲み込んで言った。ん?もしかしてエンリクって普通の食堂使ったことあるのか?あそこにいるの見た事ない気がするけど。
メインの後は小さなサラダが出され、最後にデザートだ。俺はやっと周りを見る余裕が出来た。サロンは入った時の印象より広く見えた。一階の食堂も広いが、このサロンはそれより規模が小さいはずなのに広く見えた。テーブルの配置に余裕があるからかも知れない。全部のテーブルが埋まってるわけではないが、俺は高位貴族の子息令嬢がこの学園にこんなにいるのかと思った。
「ねえ、そろそろ私読んでみたいわ、ベニーモの書いた小説。」グレイシアが俺の目を真っ直ぐ見て言った。マジか。やっぱ公爵令嬢って感じの目だなあ。
「は、はい、もちろんです。」俺は鞄を開け、作り話を書いた紙を取り出した。アラウの顔は明らかに面白がっている。何だか俺、お茶のカップひっくり返しそう。
「ああ、そうだったね。俺も興味あるよ。」エンリクがふわりと笑う。はあ、こりゃ令嬢イチコロだよ。
俺は給仕を呼び、紙をグレイシアに渡すよう伝えた。
アタクシが最も自分の耳を疑ったのは、アタクシがこの学園に編入して来た平民の娘を目の敵にしているという噂ですわ。何故?アタクシにあの平民の娘を目の敵にするような理由は露程もありませんのに?確かにこの学園に平民の娘が編入とは不可解と思ってはおりますわ。しかし、それがその平民の娘を目の敵にする理由には成り得ません。何故ならば、それをアタクシが問題だと思うのであれば、平民の娘よりも寧ろ、その娘の編入を許した学園の方を問題にいたしますから。そうではなくて?娘が本当に力のない平民ならば、そもそも学園はその娘の編入を許さない筈ですもの。そんなアタクシが、そんな平民の娘に嫌がらせ?つまらない冗談ですこと。
でも、豪爵令嬢であるこのアタクシをそのように貶める評判を立てられるのは誠に遺憾ですのよ。それに、アタクシの元には何故その平民の娘がこの学園に編入できたのか、その理由も聞こえて参りません。おかしくは御座いませんか?アタクシは、何度も言いますが、豪爵令嬢ですの。しかも王太子の婚約者でもありますのよ?アタクシ共と同じ学園に通う、特別な娘なのでしたら尚の事、アタクシの耳に何某かの知らせがあって然るべきではありませんか?ですからアタクシ、あの平民の娘の調査を依頼しましたの。
「これは…ベニーモ、凄いわ。このアリアーナが実際に、この、悪役令嬢でしたか、その悪役になってしまうお話なのね。そうでしょ?」グレイシアは俺の作り話を書いた紙から目を離さなかった。何だか悪い予感がする。
「うん。俺もこれは続きが気になるなあ。豪爵令嬢って…。この平民の娘っていうのも、良いね。」エンリクは俺を見てニコニコしていた。ヤバい。俺でも惚れそうな笑顔だよ。
「ベニーモ、その、お願いがあるの。」グレイシアは紙から目を上げて言った。「これ、写しを頼んでも良いかしら?」




