43話:本部での任務
部屋のベッドで休息を取っていた作見は、あまりのふかふかな布団が気持ち良すぎてベッドから出られなかった。
「凄いなこの布団」
日頃の疲れが取れるよう開発した技術部の自信作だ。最適な温かさを維持し、まるで雲に包まれているかのような気持ちになる。雲に包まれたことなんかないがね。
そうこうしている間に永遠との約束の時間が迫る。作見は急いで正装に着替えて、部屋を出た。
エレベーターの前に立った時点で約束の17時半を少し回っていた。
「ちょっとくらい大丈夫かな」
日没までまだ時間もある。少しくらい遅れても問題ないだろうと、作見は余裕をかましている。
ビルの前まで来た作見はポケットに手を入れて待っている永遠の後ろ姿を発見した。
「すいませんっ! お待たせしました」
とてもそう思っていなさそうな声で言った作見は永遠の隣に立つ。しかし、永遠は何も言わず、作見を見つめる。その目はいつもの優しい永遠とは違い、敵を目の前にしたような鋭い目だ。
「作見……僕は大抵のことは怒らず、丁寧に教えるつもりだ。だけどね、時間のことに関しては看過できない」
「はい……すいません」
怒鳴っていないはずなのに、永遠の声は底が見えないほど怒りを感じる。作見はそんな永遠に誠心誠意謝った。
「その5分、10分が時には生死を分ける。あと5分早ければ救えていた命もあるかもしれない。僕はそんな風なことになってほしくないから、ちゃんと言うんだよ」
作見より少し身長の低い永遠は、俯いた顔にデコピンをした。「いだっ!?」と作見は声を出して額を抑える。
「今日はいいけど、次からはしっかりするんだよ」
こうして永遠が叱ってくれるのは、作見自身のためだ。あの温厚な永遠が叱るというのは作見の胸に重く刻まれる。時間を守るなんて当たり前だ。そんなことを言われてる内は零花に認めてもらうなんて夢のまた夢だ。
作見は両頬をパン、と叩いて気を入れる。
「ごめんない永遠くん。俺が間違ってました」
「分かればいいよ」
と顔つきを変えた作見を見上げながら永遠は少し微笑んだ。
こうして2人は日が沈んだ街に繰り出す。
「さて、今日もやることは昨日と同じかな」
西や東と同じで、本部もやることは街の巡回とシカバネとの戦闘だ。
西と東では一般術師が街を巡回して、バネとシカバネに触れることで対処していたが、本部ではその両方を各県1人でこなさなければならない。
それに加えて、対処しきれなかったシカバネとの戦闘もEXTRAが受けもつ。
一般術師がシカバネに触れ、それを六要が倒す。これが東西のやり方だ。しかし、長時間の戦闘は集中を欠く。稀に連戦もあるが、基本は六要でも1日1回の戦闘しかしてはいけない。
いくら六要といえども、人間だ。相手が手練れであれば1回の戦闘が長引くこともあるだろう。これは六要の命を守るためでもある。
だが、転送された空間にシカバネが溜まっていくのは好ましくない。魔術を持ったシカバネが空間ごと突き破ってくる可能性もある。
そのため数を減らすように、EXTRAは街を巡回してシカバネと遭遇しなかった場合は、空間に閉じ込めたシカバネとの戦闘に入る。
「昨日は1体だけでしたけど、連戦することもあるんですか?」
二手に分かれた永遠と作見は、特注の黒いイヤホンで通話をしながら巡回している。
「1体だけの時もあるけど、そこは体と相談して連戦する時もあるよ」
「そうなんすね。ところで、はずい質問なんですけど、街中でシカバネに遭遇したことなくて、どうやって見分けてますか?」
「シカバネは、奪った肉体に馴染むまでかなり時間がかかる。だから、体から漏れ出る魔力が揺らいでいる人は間違いなくシカバネだね」
「なるほど、了解です!」
そして2人は通話を続けたまま、バネを払いつつ、シカバネの捜索を続ける。
人通りの多い通りに出た作見は、目を凝らしてバネとシカバネがいないか首を振る。ここは典型的な飲み屋街だ。今日は華の金曜日――人が多いのはわかるが、京都とは規模が違う。ここまでお店が並んでいる光景は初めて見た。
お店の明かりが密集して、今が本当に夜だとは思えなかった。そんな明かりに照らされたバネは見つけるのが容易い。歩く人の頭の上をひょろひょろと漂いながら浮いているのが見える。
作見はすかさず左手に黒い手袋をはめて、勢いよく飛んだ。通行人の頭を蹴らないように膝を曲げて掬い上げるように黒い霧に触れた。
そして足の裏に微量の魔力を抽出し、足場にして隣の建物に飛び移る。ここで、作見は2日目にして感じていた違和感に気づく。
「少ないな」
京都にいた頃より、明らかにバネの数が少ない。試行回数が少ないかもしれないが、数ヶ月任務をこなしてきた経験が己に訴えかけている。
そんなことを考えながら、黒い手袋を外してポケットにしまう。再度人通りに降り立って捜索を続行した作見は、すれ違った1人の男に目を奪われた。
上下くすんだ黄赤色のジャケットとスラックスを着こなし、似たような色のカバンを持った30代くらいの男性だ。身なりから察するに会社員だろうが、七三に分けた金髪は似合っているとは言えない。
作見は反射で振り返り、背中を見せながら歩くその男の姿は、
「魔力が揺らいでやがる」
シカバネと認識した瞬間、作見はの心拍が急激にうねりを上げる。瞳を大きく開けてその男を凝視する作見の額には汗が浮かび上がっている。
今まで何度も説明された通り、触れるだけでいいはずだ。シカバネは何度も目の前にしたことはあるが、街中で触れるという経験をしたことのない作見に握っていない手が温める程の緊張が襲う。
だが、ここで怯えてる場合じゃない。
見失う前に――奴が人を襲う前に必ず触れる。
「永遠くん、シカバネ見つけました」
作見は連絡をとりながら一定の距離を保ちながら背後を歩く。
「――わかった。自分の安全を最優先にね」
最良の手は作見が尾行して、永遠との合流することだろう。しかし、永遠はあえて任せた。覚悟の決まった重い声を尊重したくなったのだ。
「はいっ!」
周囲に人が多い。奴を見張りつつ、隣の建物に移る。直に近づいて触れることもできるが、周りからは急に人が消えたと、騒ぎになる可能性がある。
狙うのは、奴が標的を絞った時――狩る瞬間が奴の隙だ。
男は飲み屋街を抜けて、人気のない住宅街に進んだ数人の後を歩いている。周辺の屋根から追跡する作見は腰を低くしながら、片時も目を離さない。スイッチが入ったように心拍数も安定し、緊張も忘れていた。
「あの人か……」
角に曲がった1人の男性を後を追ったシカバネは周囲を見回すように首を振って確認している。邪魔が入らないように用心してらのだろう。
しかし、こちら側まで気が回っていないように見える。作見は黒い手袋をはめて、念の為魔眼を発動させる。
奴があの人に手を出した瞬間――作見は屋根の上から飛び込んだ。しかし、この時誘われていたのはこちらの方だと思い知ることとなる。
手袋をつけた作見の左手には――赤い線が差し込まれていた。
「ヒッ!」
シカバネは不気味な笑みを浮かべて瞬時に振り向いた。作見はまだ空中、咄嗟に回避することができず、左腕を掴まれてしまう。
そして、シカバネはすぐに手袋を取り外して放り投げた。
着地した作見は即座に蹴りを入れてシカバネを吹っ飛ばすが、奴は膝少し曲げて、足と地面を引きずりながら減速して体勢を整えた。
(しまった……いつから気づかれていた)
今は反省する時ではない。手袋を失ったのなら、この手で倒す。それだけを考えろ。
「まさか自分からやってくるとはな!」
シカバネは両手を広げながら歩いて近づいてくる。
「なんだと?」
「お喋りする暇はない。とっとと貴様を倒して肉体を貰う」
先ほどの通行人はもう見当たらない。ここで戦うのは少々気が引けるが、そんなことを言っている場合でもない。
作見は両手に魔力を集中させて拳を構える。
「やれるもんならやってみろよ」




