40話:理乃原零花
9階に戻ってきた3人は、再び右奥の扉の前に立つ。ドッドッド、と薄い音が鳴っているがこれは作見の心音だ。
よほど緊張しているのか、怯えているのかわからないが、海里にだけはその鈍い音が聞こえていた。
永遠は今一度扉を叩く。が、なんの反応もない。まだ帰っていないみたいだ。
「麻紀薙さんに頼もうか」
振り返った永遠は2人にそう言って、隣の扉を鳴らした。
しかし、これまた反応がない。
「あれ? 麻希薙さーん」
と一声かけてから、さらに扉を叩いた。何度もノックを続けていると、
「だあぁぁぁーーうるせぇぇぇ!!!!!」
憤慨した様子で麻希薙は勢いよく扉を開けた。全開に開いた扉と壁の間に挟まれた永遠はぺったんこになっている。
寝ようとしていたのか。もう寝ていたのかはわからないが、麻希薙の声は低い。
「海里……それにえっと、作見くん」
目を擦らながら、まだ寝ぼけていそうな声で2人の名前を呼んだ。
「まだ零花さんが戻っていないみたいです」
床に倒れ込んでいる永遠の代わりに海里が要件を伝えた。
「え? まだ帰ってないの? もしかして今日イベントか?」
急に目が覚めた様子で麻希薙は聞き返すが、最後のほうが小声で2人は聞き取れなかった。
「なんで、呼んできてもらえませんか?」
「わかった。ちょっと行ってくるし、待ってて」
麻希薙は急に態度を変えて行ってしまった。
「あれ? 麻希薙さんは?」
膨らんできた永遠は麻希薙がいないことに今気づいた。
「呼びに行ってくれたみたいだ」
「じゃあ、僕の部屋で待ってよか」
2人は永遠の部屋で待つことにする。左手前にある部屋が永遠の生活している部屋だ。
◇
3階まで降りてきた麻希薙は、左側にある入り口から入店した。入った瞬間、角に座って遊戯している人たちがこぞって麻希薙を直視した。
それもそのはずだ。昼過ぎにパジャマ姿で入店してくる人なんていないだろう。そんなことは気にせず、麻希薙は零花を探す。
「今日は人が多いな。なんの日だ?」
と店内を見て回る麻希薙はいつもよりも混んでいると感じて、熱い日なのかと声に出していうが店内はかなり騒音であり1人の呟きなどは周囲に聞こえることはない。
麻希薙はパチンココーナーから見て回るが、零花の姿はない。
「スロットか?」
スロットコーナーに来た瞬間――麻希薙はすぐにデータカウンターが光りまくっていることに目を奪われる。
「ほえ〜出てるなー今日」
データカウンターというのは、台の上についている当たりの回数などが見える物だ。そのデータカウンターが光り輝いているというのは、今まさにその台が大当たり中ということだ。
しかし、そんな光っているデータカウンターが多い中、一つだけ全く光っていないデータカウンターを見つけた。
その台の側まで行ってみると、死にそうな目で遊戯している零花が座っている。
麻希薙は方をチョンチョンと叩いて、
「ど、どうすか? 調子は……」
「先輩……見れば分かるでしょ」
振り向いた零花はやはり死んでいる目をしていた。
「きついなこれは。もうすぐ天井……だな」
「はい……先輩も打ちに来たんですか?」
「いいや、あんたを連れてきてくれって頼まれたから来たんだ」
「いや無理ですよ。もうすぐ天井なんで」
と零花は話している間も終始レバーを叩いて回している。
天井というのは、決められた回数まで到達した時、必ず大当たりが訪れる。天井での当たりというのは、普通の大当たりより恩恵が大きいことが多い。
「そこをなんとかさー」
麻希薙は手を合わせて零花の頬に両手を突っ込みながらお願いする。
「しょのあんげんはてぇんぞうよびどぅいじなんでふか?」
肩頬を弄られまくっている零花は気にせず話すが何を言っているのかわからない。『その案件は天井より大事なのか』と言っているみたいだ。
「結構大事かもしれないしー、えーっと」
麻希薙は目を逸らしながら天井より大事だと思わせる内容を考える。
「ずぁあへんぞうめばしわす(じゃあ天井目指します)」
抵抗する気配のない零花に対して麻希薙は両手で両頬を揉みしだいた。
「お願いだよーー」
周囲からは戯れあっているようにしか見えないだろう。零花は微動だにせず青黒い髪を揺らす。
「うぅぅううーーー」
頬が揺れる中で零花は唸りながらいつもと違う声を楽しんでいる。
「いや何してんの」
頬をぐるぐる触るのをやめた麻希薙は急な冷静になった。零花も少し頬を赤らめるが、それが照れなのか弄られてなのか見分けがつかない。
「ともかく私は掘られるのが嫌なんで天井に行きます。先輩ならわかるでしょう?」
パチンコの経験がある麻希薙自身も零花の気持ちはよく分かる。可愛い後輩の頼みだ、聞いてあげよう。
「わかった。休憩室で待ってるから終わったら来てくれ」
麻希薙は折れて、店内の休憩室の椅子に腰掛けながら備え付けのテレビを見る。
――1時間後。
休憩室の扉が少し空いた時に流れてくる大きい音たちが麻希薙を目覚めさせた。
「あ、あれ? 寝ちゃってた……」
少し溢れるよだれを拭いて、時計を見た。
「15時だと……」
麻希薙がここに来てから2時間が経過している。それなのに、零花はまだ来ていない。
「続いてるのか?」
腕を組みながら何をしているのか予想する。
パターン1――天井での大当たりが今もなお継続している。
パターン2――大当たりが終わったのにも関わらず、まだ打ち続けている。
パターン3――スロットをやめて、パチンコに行った。
パターン4――もう帰った。
ここに来た意味がなくなるから流石に4はやめてほしいところだ。麻希薙は颯爽と立ち上がり、スロットコーナーに向かう。
すると零花はまだ打ち続けていた。「よかったー!」と思いながら、まだ大当たり中というわけではなかった。
データカウンターを見ると、天井に行った後大当たりはすぐに終了していた。
「単発だったのか……」
「はい」
「もういいでしょ? そろそろ行くよ」
「はい」
2人はパチンコ店を跡にしてエレベーターを待つ。
一切表情を変えない零花だったが、なんとなく、その裏から怒りを感じる。
「それで、いくらやられたの?」
「60K」
「おえ! だいぶやられたね」
「むずすぎるんですよ……なんですかあの台! CZはクソむずい! ATも伸びない! どうやったら勝てるんですか!! 折角抽選から並んだってのにぃぃ!!」
ついに零花溜まった感情が爆発した。麻希薙方を揺らしながら子供のように激しく声を上げる。
「しらねぇーよ」
エレベーターが到着して、中に入るとスイッチを切り替えたみたいに冷静になった。他のお客さんの前だからか、礼儀は弁えている。
「それで、私になんの用だったんですか?」
「何でも零花に魔術を習いたいってゆう少年が来てね」
「え、何で私?」
零花はとてもめんどくさそうな目で麻希薙を見つめる。
「何でだったっけなー忘れたわ。でも永遠と海里の推薦だ」
エレベーターが9階へ到着した。
◇
「全然来ないね」
「2時間は待ったんじゃないですか」
「……」
と3人はソファに寝転びながら優雅にテレビを見ていた。
すると、扉の向こうから声が聞こえてくる。
「お! 来たんじゃない!?」
永遠が声をかけると作見は飛び上がって身なりを整えて扉の前に構える。永遠と海里もゆっくりと歩いて作見の後ろに立つ。
コンコンコン、とノックが鳴り、扉が開く。
「いやぁー、待たせちゃったね。けど連れてきたよ」
麻希薙の後に入ってきたのは、黒いスラックスに白いシャツ、黒いジャケットを片手に持った女性だ。
青黒い髪を後ろで束ねて、妖艶な雰囲気を感じる。
「柏木作見です。ぜひあなたの弟子にしてください!」
と作見は頭を下げて誠意を見せる。
「理乃原零花。話は先輩から聞いたよ――それで、君は何ができるの?」




