39話:施設案内 後編
ノックした音が少し反響するのを聞きながら3人は扉の前で立つ。作見は心拍数が速くなる中、扉が開くこともなければ、返事もない。
「居ないのかな?」
永遠はもう一度ノックするが、扉が開く気配はない。留守にしていることがわかった作見は、大きく息を吐いて気持ちを落ち着かせた。
「居ないみたいだし、隣に聞いてみるよ」
と左の部屋へと歩いて行った永遠の背後で海里と作見は互いに目を合わせた。
永遠はすでに隣の部屋の扉を鳴らして返事を待っている。
「はいはーい」
と扉を開けて出てきたのは、黒いズボンに白いシャツ、長く深みのある茶髪を後ろで束ねた凛々しい女性だ。扉の隙間から漏れ出る空気は、少し甘くいい香りだ。
「永遠か、どうしたのって――海里じゃん!」
「僕への反応薄くないですか」
目をジトーっと細くして永遠は睨みつけた。
永遠への反応が薄いのは毎日顔を合わせているからだろう。対して海里への反応が大きいのは数年ぶりに顔を合わせたからだ。
「あはは……それで海里はなんでここに?」
「後輩の付き添いです」
海里は作見の膝を小突いて、作見に無言で名乗るように圧をかける。
「どうも、柏木作見です」
実力者を前に緊張しているのか、声が少し小さかった。人見知りの可能性もあるが、そんなタイプじゃないか、と永遠と海里は心の中で思う。
「どうも、吹上麻希薙です」
麻希薙は右掌を見せて作見と同じように名乗った。
吹上麻希薙はEXTRAのメンバーであり、最大の攻撃者と呼ばれている。
「なんですかそれ、じゃなくて――今時間大丈夫ですか?」
永遠は軽くツッコミをいれた。容姿からして年が少し離れているように見えるが、それを感じさせないくらいほど、仲が良さそうだ。
「お風呂入って寝ようとしてたとこ」
この階のEXTRAの部屋の間取りはどの部屋も同じである。入ってすぐは、事務室のような仕事場であり、左に進むと寝室、右は浴室と、この一室で生活できるようになっている。
「それはすいません、一個だけ聞きたいことがあるんですけど、零花さんどこにいるかわかります?」
「さあ、いつも通り打ちに行ってんじゃない?」
打ちに行っているというのは、要するにパチンコ、スロットのことである。
「あーー、」
と永遠は頭を抱えた。
「作見くんが零花に用があるってこと?」
「はい。作見の魔術は魔眼タイプなんで、魔術を習うなら零花さんがいいと思ったんですが――」
海里は事情を麻希薙に伝え、作見は小刻みに頷いた。
「なるほどねーそりゃ大変だ。施設の見学はもう済んだの?」
腕を組んで半開きの扉にもたれながら麻希薙は目を擦った。疲労が溜まっていそうで眠そうだ。
「いえ、まだ残っています」
「なら、それを済ませた頃には帰ってきてるんじゃない?」
麻希薙はあくびをしながら扉を閉めようとする。
「ちょっと待ってください! もし帰ってきてなかったらどうするんですか!?」
永遠は咄嗟に閉まりそうな扉をなんとか止めた。
「お店行って呼べばいいじゃん〜」
「麻希薙さん……僕らまだ入れないです」
パチンコ店に入店できるのは18歳未満の年齢制限がある。永遠と海里は今年で17歳、作見は16歳だ。ここは大人である麻希薙に人肌脱いでもらうしかない。
「施設案内が終わって、戻ってなかったら呼びに行ってくださいよ」
「え〜後日にしてよー」
だんだん頭がふわふわしてきた麻希薙は口調が柔らかくなっている。扉を閉めようとする指先だけが写る。なんとなくどんな顔で話しているのか想像しやすい。
「麻希薙さん! お願いします!」
なんとかお願いする永遠に続いて、作見も声を上げた。
その声が聞こえた、麻希薙はいきなり扉から手を離す。扉を引っ張っていた永遠は勢いよく吹っ飛んでいく。
「わかったよ」
麻希薙は作見の声かけもあってか了承してくれた。新人の頼みとなると断るわけにはいかない。意外と押しに弱いかもしれない。
「――っっ!ありがとうございます!!」
バタン、と扉は閉まる。深くお礼をした3人は上の階へと向かう。
◇
次に向かうのは10階だ。その前に作見は麻希薙との会話での疑問を口にする。
「お店ってなんのお店ですか?」
「あー、パチンコだよ」
このビルの3階にはパチンコ屋が入っている。他の階とは違って3階はいくつかのお店が入っているのではなく、パチンコ屋オンリーだ。おそらく、零花はそこにいるのだろう。
「ぱ、パチンコ!?」
「僕たちにはまだ早い世界だよ」
永遠はエレベーターのボタンを押した。
――10階。
エレベーターの扉が開いた瞬間――とてもいい匂いが駆け巡る。一目見れば、誰でも10階がどのような分かる。
「こ、これは!?」
「そ、ここが魔術師や技術部の人たちが使う食堂さ」
驚くべきはその規模だ。大型ショッピングモールのフードコートにも引けを取らない。いくつもの飲食店が並び、その前には多くの椅子とテーブルが並べられている。
そして、これは8階の食堂と同じで料金は必要ない。好きなお店の前に立って、店員さんに食べたいメニューを伝えるだけで、商品が貰える。
ここで働く料理人たちは、8階出身者もいれば、雇いの人もいる。
「えぐくないですかこれ……」
空いた口が塞がらないとはまさにこのことだ。こんなシステムの食堂がこの世にあっていいものなのか。それもこれも、地下から4階までの莫大なテナント料があってこそ実現するものだ。
「もうすぐお昼だし、ここで食べてく?」
永遠は朝から何も食べていない。お腹はペコペコだ。それは海里と作見も同じで腹が減りまくっていた。
「食べる」
「食べましょう!」
3人は各々食べたいお店まで行って注文した。
「作見くん遅いね」
「並んでるとこ行ってたからな」
海里と永遠は席を取って昼ごはんを揃えていた。作見は人気のラーメンに並んでまだ注文できていなさそうだった。
ピロン、と海里のポケットから音が鳴る。携帯を取り出してみると作見からの連絡だ。
「先食べててください!!」
その文面を見た海里は表情一つ変えずに携帯をしまって、
「先食べてていいってさ」
とハンバーガーを手に取った。
「あ、そう?」
永遠も早く食べないとカレーうどんの麺が伸びてしまう。
「――司の調子はどう?」
「……言美のサポートを率先してやってるよ」
食べる手を止めた永遠は少し浮かない顔をしている。
「やっぱり責任を感じてるのかもね」
永遠は改めて2年前に起きたことを振り返っていた。
「おまたせしましたぁー!!」
そこで、作見は早歩きでラーメンを持ってきた。
「ずいぶん遅かったね」
「もう食べ終わるぞ」
作見が机におぼんを置いた時には、2人はもう食べ終わりが近く、急いで麺を啜った。
◇
――11階。
この階は、加工された木の床に、休憩スペースのような空間に畳が引かれている。
マッサージ機器にドリンクバー、ソフトクリームバーが設置され、生暖かい空気が漂う。
「ここはまさしく――」
「そう。ここはまさしく憩いの場所、銭湯だ」
銭湯というより、スーパー銭湯だ。魔術師は任務もあり夜に来ることは滅多にない。そのため、夜は技術部の人たちがこの11階を利用する。
魔術師は朝方から昼にかけて利用するが、本部に属する魔術師はEXTRAと数人程度しかいないため、それほど混むことはない。
――12階。
エレベーターの扉が開くと目の前にはガラス張りで仕切られた空間が目に入る。
「これって?」
「まあ、一言で言うと室内運動場って感じかな」
例えるとバスケットゴールがない体育館が一番近いだろう。周辺には自動販売機などが設置されている。勿論無料だ。
「奥に進むと小さなジムがある」
永遠は指を指して教えてくれるが実際に足を運ぶことはなかった。だがまぁ、ジムということはトレーニング器具が置いてあるのだろう。
「施設案内はこんな感じかな」
「あれ? 13階から15階は?」
13階から15階はEXTRAを除く、本部に身を置く人たちの部屋だ。1人一部屋あり、高級ホテル並みの一室となっている。
「それは、後で部屋を決める時に行こうか」
「わかりました!」
「じゃあ、零花さんが帰ってきてるか見に行こうか!」
施設案内を終えた一同はエレベーターに乗り再び9階を目指す。
エレベーターが下に降り始めたとこで、作見の胸の内がざわめき始めた。




