32話:そんな目
――午前12時、海里たちが出発してから2時間が経った。この時間帯は魔術師にとっては睡眠真っ只中だ。
作見や司は自室の布団でぐっすりである。
何回も寝返りを打ちながら、寝やすい位置を探るように、作見はベッドの上でぐるぐる回っていた。
ここ数日寝てはすぐ起きてと、眠りが浅い。司に関してはそのような事はなく、一途中で度も起きる事なく熟睡している。とてつもない魔の手が迫ってきているとも知らずに――
◇
――11時半頃、青いハチマキをつけた男は、あるお店のカウンターで1人、ラーメンを食べていた。
「なかなかいける味じゃねーか」
ダクはこのラーメンを気に入り、あっという間に食べ終わり、スープも完飲していた。
普通に飲食店で飲食しているが、お金など持っているわけがない。ではどうするか――無銭飲食をすれば大問題だ。しかし、ダクは次の日のニュースに載るつもりもない。
ホールには2人の従業員、キッチンにも数人の従業員がいる。食べ終わってから居座れば居座るほどダクは注目を浴びる。
そうなる前にダクは立ち上がると同時に向かいのスーパーに入店していた。店員さんは何が起こったか理解できていない様子で、ただその場に残されたラーメンの器とその席を何度を見回した。
立ち上がってからの一歩で退店、そして終わらないように向かいのスーパーに入店。自動ドアの反応速度も考えて、他の人が開けたことを確認して素早く行動したのだ。
お店側からしたら提供したはずのラーメンは完食されているが、騒いだところで人はいない、そこには人などいなかった。何もないところに空の器を置いたと思うしかなかった。
スーパーでトイレを借りてすぐさま退店し、自分に課された任務を片付けに向かう。
「こんなとこに拠点を建てるとは、変な趣味してるぜ」
東院高校のすぐそばまで来たダクは後ろに聳え立つ山々を見上げて面倒そうに登っていく。
足場の悪い道を登っていきながら、人が住めるような場所じゃねーだろ、とだんだん思い始めるが、かなり上まできたところで誰かが通った後を多数発見する。
そして、一般的な登山用の山道が現れ、黒いジーンズのポケットに手を入れながら登っていく。
一歩一歩近づいてくる桁違いの魔力圧によって、作見と司は悪夢でも見たかのように目が覚める。
飛び起きてすぐさま司は作見の部屋を尋ねた。
「作見ぃ! か、感じたか?」
「は、はい……なんですかこれ?」
作見もとてつもない魔力を感じ取り、すぐに動ける準備をしていた。
「わからない……でも大輝さんや海里以上の圧だ」
「言美は!?」
「今は買い物に出かけてる」
今ここにいるのは作見と司の2人、言美が出てるのは不幸中の幸いか――もうすぐ、こちらに辿り着く。六要不在のこの砦の運命は、この2人に委ねられる。
ここまでの格上との戦いは司にとっても、初めてだ。だが――
「迎え打つぞ」
選択肢はない。もはや生きるか死ぬか、そんな心境だ。
作見は相手を目の前にせずとも体の震えが止まらない。まだ魔術を身につけて数ヶ月――怖いだろう。逃げ出したいだろう。だが、ここで奴を野放しにしたことを考えたら、今思っている自分の個人的な思いよりも他を優先するべきだと、腹を括る。
「はいっ」
司も準備を整え、2人は拠点の外、広場の前で立ち塞がった。
「んお? わざわざ出迎えてくれたのか?」
登りきったダクはまさか目の前に立ち塞がるとは考えておらず、少しは楽しめそうだと期待する。
「なんて魔力だ……」
正面に立ったダクから感じ取れる強大な魔力に司は戦慄する。
「目的はなんなんだ?」
この間はシカバネだ。バネの違って話し合いができる。目的次第では、戦闘を避けることができるかもしれないと、作見は頭を回した。
「目的? その家の破壊とお前ら2人の抹殺だ」
ダクは一切隠さず、顔を指すように動かして答えた。
「クッッ……」
その答えから分かるように確実に戦闘は避けられない事に作見は両拳を震わせながら歯を鳴らす。
「作見……俺が奴とメインで戦う。お前は隙を見て確実に突いていけ」
と司は身を寄せて言い、ダクの目の前に歩いていく。
「お前からやるのか? 2人同時にきても俺は構わねぇぞ」
「舐めんなよ」
銃を持った司は上空に2発撃ち、そのまま距離を詰める。
向かってくる司に対して、ダクは一切動かない。様子を見ているだけなのかはわからないが、司は隙だらけの胴体に拳を撃ち込んだ。
直撃。重々しい音が山の中に響き渡る。ただの魔力を込めた拳といえどガードもせずに喰らえばひとたまりもないはずだ。
加えて司は空に撃った2発の魔力弾を曲げ、死角から交差させてダクの脳天を狙った。
「――フッ」
拳を撃ち込んだ司を見下ろすダクは不気味な笑みを浮かべて、後頭部に迫る弾を振り返って弾き落とした。
まるでダメージを受けている様子はない。だが、ダクは司に背を向けた――その隙を作見は見逃さず、右手に魔力を込める。
司も負けじともう一度拳に魔力を込めて、2人同時に拳をダクの背中に撃ち込んだ。
その衝撃で足場にしていた地面がえぐれ割れる。だが――信じられないほどに手応えがない。巨大なダイヤモンドでも殴ったかのようだ。
「はぁ〜お前ら、その程度か?」
ため息をこぼしながら、こんな奴らを危険視しているのかとナイルの見る目を疑う。
若い芽を摘むという意図をダクは理解していなかったようだ。
司と作見は一旦身を引いて距離を取る。
「どういう事だ? 確実にいいの入っただろ」
「奴の魔術なのか」
ただでさえ、ダクの圧に気が狂いそうな状態を堪えての戦闘、頭が働かない。
「仕方ねぇな――もう1発ずつ撃たせてやる」
「どういうつもりだ!?」
確実に舐められていると捉えた司は激昂する。
「どう? 俺を満足させれるかどうかをもう一度試すだけだ。もし無理だったら――瞬殺する」
さぁ、とダクはポケットに手を入れて己の無抵抗を差し出す。
「やるぞ作見……同時に奴の顔面を叩く」
「――はいっ!」
舐め腐っている。だが、これはチャンスだ。戦闘における攻防の攻に集中を注げる。2人は拳に全魔力を込めて、静かに近づいていく。
そして、適当な距離で踏み込み――渾身の一撃を同時に直撃させた。
一切のズレもなく、己の全霊をその拳に注ぎ込めた。
だが――
「ガチでやってそれなのかよ……」
ダクの冷めた表情と低い声から放たれるその言葉から2人は戦慄を通り越す。
次元が違う。圧倒的力量差を痛感した作見と司はその場から動けなくなる。汗が止まらず、恐怖による震えが身体のコントロールを失脚させる。
「――ヴッッ!?」
ダクは司に左脚で蹴りを入れた。ただそれだけだ。なのに――吹っ飛ばされた司は受けた両腕をその場置いていった。
作見は目の前に転がる司の腕を見た瞬間――息が荒くなり、過呼吸のような呼吸症状に陥り、涙を浮かべる。
「あれはほっとけば死ぬか……次はおま――」
とダクは言葉を言い切る前に作見のその表情に酷く嫌悪した。
「なんだよ、その目――はぁー興が冷めた」
敵を目の前にした戦士の目ではない。そんな奴はダクの中で殺すに値しない。
それほどに作見戦意を失い、酷く恐怖していた。
「戦闘の最中、そんな目をしてる奴はダメだ——とっとと失せろ」
跪く作見を素通りしたダクは、拠点の破壊に移行する。
「これを住めなくなるくらいにすればいいのか? 匙加減がわからん」
玄関の柱を持ちながらどう破壊するべきか悩む。
すると、ダクの肩をチョンチョンとつつく人差し指があった。
「――ッッ!?」
振り返ったダクは顔面に衝撃が走る。足を地面に引きずらせるように衝撃を和らげて顔を上げる。
「10年ぶりに帰ってきたってのに、どういう状況だよこれ」
目の前に立つのは、黄檗色の髪を上げ、少し髭の生えた男だった。




