31話:西早家
東の拠点であるビルを出て、海里は大輝、永遠と別れる。千咲はというと、ビルを出てすぐ近くにある中華料理屋に1人で入って行った。
阿月がビルの前まで車を持ってくると言って、車を取りに行き、海里は陽奈子とビルの前で阿月はを待つ。
「なあ海里――星一は元気そうだったかい?」
陽奈子はタバコを手に持って火をつける。
海里は電話をしただけだから、元気かどうかは声色くらいからしか感じ取る事はできないが、
「元気そうでしたよ」
そのまま海里は思ったことを言った。
「そうかい……それならよかったよ」
タバコの白い煙をふーと吐き、目を少し閉じて開けた瞳から寂しさを少し感じた。
「心配ですか?」
「そりゃあね……あの子は強いよ――私なんかよりずっと。そんな事はわかってるけど、真面目すぎるんだよ。責任感も人一倍強いし、それは悪い事じゃないんだけどね……」
陽奈子の星一に対する思いがひしひしと伝わる。その言葉に海里は理解するも、何かを返す事はできなかった。
そんな時、目の前に白い車が止まった。
「待たせたな!」
と阿月は窓を開けて乗るように声を立てる。
陽奈子は助手席に乗り、海里は後ろの席に乗って、シートベルトを閉めた。座席の色は黒く、4人乗りの車だ。
車内での会話はないに等しいほど何もなかった。なんとなく重い空気で、前に乗る2人は淡々とタバコを吸っている。
都会から外れた住宅街方面へ車は走り続け、ある一軒家にたどり着く。
車を一台止めれる駐車場があり、芝生が生い茂る庭もあり、大きな木が一つ立っている。レンガで囲まれた3階建ての立派な一軒家だ。
「入ってくれ」
と阿月は鍵を回して扉を開ける。1階は部屋が数個と浴室が占めている。2階に上がると、広いリビングやキッチンでいかにもファミリー向けな構造をしている。棚の上には家族写真が並んでいる。
3階は星一の部屋や寝室など子供たちの部屋やプライベートルームの空間だ。
「海里は何食べたい?」
陽奈子はキッチンに入って、冷蔵庫の中を確認する。
「僕は皆さんの食べたい物でいいですよ」
2階に上がった海里は前回来たことを思い出していた。
「立ってないでここ座れよ」
と阿月はキッチンの前にある食卓に並ぶ椅子をトントン叩いている。
「はい」
「私らの食べたい物〜パパは何食べたい?」
「俺も別になんでも良いけどー」
阿月は海里の前に座って肘をつきながら悩んでいる。
「私が作っても良いし、出前頼んでもいいし」
「出前かー、出前なら海里は何食べたい?」
「そうですね……」
出前と言われてもこれといって食べたいものが思いつかない海里は顎を触りながら長考する。
「遠慮すんなよー値段とかも気にしなくて良いから」
「そうだよ、まだ高校生なんだから好きなもの食べな」
と2人はすごく甘やかしてくれる。星一の友達だからかなのかはわからないが、嬉しいを通り越して困惑してしまう。
それには確かな理由があるが、海里はそれを知る由もない。
「じゃあピザで」
海里自身も本当な食べたかったのかはわからないが出前と聞いて思いつくのがピザだけだった。
「いいねー。じゃあもう電話しとこうかな」
携帯で電話番号を調べながら、陽奈子は阿月の隣に座る。
「なのちゃんは?」
「あーなのは今日学校だけど、昼で終わりだよな?」
電話番号を打ち込んでいた陽奈子は、チラッと横目で、
「寄り道とかしてなかったらもうすぐ帰ってくると思うよ。――じゃあ4人分頼んだほうがいいか」
2枚Mサイズのつもりで考えたいだが、4人なら後1枚くらい増えても食べ切れるだろうと考えながら電話をかける。
星一がいた時にも同じことをしたが食べ切れた事は一度もない。いつも多めに頼んでしまうところが陽奈子の悪い癖だ
「なのちゃんの魔力はどうなりましたか?」
「……多分まだ発現していない。してほしくないけどな」
浮かない顔をして阿月はタバコに火をつける。
「そうですね……」
それに関しては海里も同意見だ。まだ中学生の女の子が魔術師になるなんて考えられない。
「本音を言うと――俺は星一にも魔術師やって欲しくない。あいつは何かと重く捉えてしまう。自分で自分の首を絞めるとまでは言わないが、今の任務も心配だよ」
星一を信じていないわけじゃない。むしろ信頼している。だが、阿月は星一に普通の時間を過ごして欲しかったのだ。
ちゃんと学校に行って、友達と遊んだりと青春を謳歌してほしいのが本音だ。今回の特別任務でも、進んで志願したのは、人員不足の解消のためもあるが、一番は阿月と陽奈子を楽させてあげたいという気持ちからだ。
その気持ちはすごく嬉しいが、2人はもっと自分を大切にしてほしい、考えてほしい、素直になってほしいと思っている。
だが結局行かせてしまった。行くなと言えば、星一は行かなかったかもしれない。それを今でも2人は後悔している。
「そうですね……」
親の気持ちというものは海里にはまだ早い話だ。だが、星一が心配という気持ちは海里の胸の奥にまで轟く。
すると1階からガチャ、とドアが開く音がした。階段を上がってくる音が大きくなっていき、そして1人の少女が現れる。左目元にある黒子が特徴的だ。
「ただいまー。お腹すい――タバコ臭!」
と学校の指定カバンを片手に白いシャツに青黒いスカートを履いた少女は、阿月の吸っているタバコの匂いに鼻をつまんで手で仰ぐ。
「ああごめん!」
阿月はすぐに換気扇をつけて、真下に移動する。隣の陽奈子はピザ屋さんへの注文を終え、
「おかえり! ピザ頼んだからちょっと待っててね」
少女登場により陽奈子は一段と声色が柔らかくなる。
「はーい。靴が一つ多かったけど誰か――うええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」
少女はいつもの定位置に座ろうとしたところで初めて海里が隣に座っていることに気づき、飛び跳ねながら驚愕する。
「や、やぁなのちゃん」
「ど、とうしてぇ!?」
この少女の名前は、西早菜雲。阿月と陽奈子の娘にして、星一の妹だ。
なぜ、菜雲はこんなに驚いているのかというと、菜雲は海里に恋しちゃっているのだ。
「近くまで来たから、お二人に誘われてね」
「ちょっと連絡してよお母さん!」
赤面しながらそう吐き捨てて、洗面所まで駆け出して鏡でネイビーブルーの長い髪を櫛で整える。
「テンション高いですね……」
この通り海里は菜雲の気持ちに一切気づいていない。
「はぁ〜海里ー」
陽奈子は机に肘をつきながら手で顔を押さえながらため息をついて、まだまだ先は長いと脳内で菜雲に手を合わせる。
戻ってきた菜雲は少し身体を震わせて、心臓の音が聞こえていないか心配になりながら、海里の隣に座る。
タバコを吸い終えた阿月は席まで戻ってきたところで、陽奈子はお茶を人数分用意しに冷蔵庫を開ける。
「今日で学校終わりでしょ? テスト返ってきてるんじゃない?」
「全部返ってきたよ」
「なのが勉強してるのパパ見てないぞ。テスト大丈夫だったのか?」
阿月は手で双眼鏡のように両手で丸を作って菜雲を覗き込んでいる。
「ほれっ」
菜雲は椅子の横に置いた鞄から答案用紙を5枚机に並べてドヤる。
「へ〜」
特に興味はなかったが、点数がすごくて海里は声が漏れてしまう。
「おー! やるな!」
阿月は身を乗り出して答案用紙を凝視し、大声で喜ぶ。
「んなバカなっ!!!」
菜雲の後ろから4つのコップがのったおぼんを持ちながら答案用紙を見た陽奈子は目を見開いて衝撃を受ける。
そんな菜雲の点数はというと5教科オール100点だ。
「勉強してなかったじゃん!」
陽奈子はみんなの前にコップを置く。
「勉強なんて、教科書読んでるだけで十分だよ」
「すごい記憶力だね」
「あははっ、そうかな〜」
菜雲は海里に褒められて顔を赤くしながら、頭を掻いて照れる。
するとピンポーン、と家のチャイムが鳴る。
「ピザ来たかな」
と陽奈子が受け取りに行こうとしたところで、海里は「僕が行きます」と言って玄関に向かう。
◇
「ありがとうございます!」
海里はピザの入った袋を3つ受け取り、眉間に皺をよせながら、絶対に頼む量間違ってると思いながら会計を済ませた。
そのまま戻った海里は、ピザ代を阿月から受け取り、食卓にピザを並べる。
「頼みすぎじゃない?」
全部開けて、量を確認した菜雲は青ざめながら陽奈子顔を伺う。
「てへっ!」
許してー、とでも言いたげな似合わないウィンクを炸裂させた。
「てへっ! じゃないよ! ――ぷふっ」
菜雲は母の反応に吹き出しながら笑い出し、皆も釣られて笑い出し、海里は静かに丸めた手を口に当てて小さく笑った。
結局、丸々1枚手をつけずに満腹になってしまい、後日3人で完食することになる。
そして、永遠に連絡をして迎えに来てもらうまでは、西の拠点がこんな事態に発展しているとは、この時の海里はまだ何も知らなかった。




