30話:六要会議
さっきまでの浮ついた空気がガラリと変わり、皆目つきをキリッとさせて会議に臨む。
「では、東側からどうぞ」
永遠は机にノートを広げて、メモを取りながら場を回す。
「俺と陽奈子からは特に何も言うことはない。人が足りてねーくらいだな。けど――」
と阿月は陽奈子とまとめて意見を言うが、大将である千咲からは話がある感じで視線を向けた。
「はい。私から1つ話があります。この前に行った北海道のことです」
「北海道?」
千咲が行った北海道での任務は海里や作見も同行していた。その際に海里は千咲からなんの報告も受けていない。というよりかは報告するようなことはないと思っていた。
「私が北海道で見たのは、ある人です」
「ある人?」
千咲の目の前に座る大輝は復唱する。
「――秋人さんです」
大輝の表情を伺いながら、千咲は言いにくそうにその名前を口にした。
「……なんだって?」
この時、初めて海里は見たかもしれない。大輝が冷静さを欠き、震えるようなその姿を。表情からは、驚きや怒り、焦りなど様々な感情が見て取れる。
なぜ大輝がこのような反応をするのか海里にはわからなかった。なぜなら海里は秋人の存在を知らないからだ。
長谷川秋人――東に所属する魔術師であり、六要に数えられるほどの実力者だ。そして、春山響や夏川大輝と同期である。
2年前に行方不明になり、空いた六要の席を代理として現在、陽奈子が担ってくれている。
「秋人さん……いや、そいつはタバノと名乗りました。目的は魔術を持った肉体の回収」
千咲は淡々と語るが、秋人の名前が出てから大輝は机に乗せた両拳を強く握りしめている。
「この事はすでに俺たちは聞いている。それで東側としては何人ものシカバネ達が組織しているっていうのが結論だ」
阿月は東側の報告と意見を述べた。この事はすでに千咲から本部へ報告されており、永遠はノートに何も書かず、それより大輝のことを心配していた。
「2年前、元日での戦いで多くの死者、行方不明者が出たからね。秋人が肉体を奪われてるっていうなら、行方不明者は根こそぎいかれてるって考えちゃうよ」
陽奈子は足を組みながら、空のカップをぶら下げてジェスチャーを北川さんにしながら話す。
「そうですね。2年の時点でかなりの数のシカバネを倒したけど、そう考えると今はもっと増えててもおかしくないですね……」
北川さんは陽奈子のカップに紅茶を注ぎ、千咲のカップも空になっているのに気付いてついでに淹れてくれた。千咲は話しながら北川さんに小さく一礼する。
「大輝――大丈夫か?」
顔色が悪い大輝に、阿月は優しく声をかける。
北川さんは大輝の側にそっと温かいおしぼりを置き、左手でおしぼりを広げた大輝は顔を拭く。
そして深く深呼吸をして大輝は、
「大丈夫です。魔術師やってれば必ず直面することです。覚悟はできてます」
と先ほどの青黒かった顔色は違い、その目は死んでいない。だが、東の3人には見えていない。机の下で震わせていた拳を海里は見逃さなかった。
「一旦休憩しましょうか!」
会議が始まってから1時間が経過したところで永遠はノートを閉じる。
全員が肩の力を抜き、大きく伸びをする。
「行くか」
と阿月は逆ピースを前後に振るポーズを取る。
陽奈子ふっと微笑んで立ち上がる。
2人は喫煙所まで歩いて行こうとしたところで、大輝が「お供します」と後をついて行った。
「トイレ行こ」
海里は胸の内で呟き、静かに部屋を出て行った。北川さんも紅茶を沸かしに部屋を出る。
部屋に残された千咲と永遠に会話はなく、そわそわして永遠は千咲を眺める。
「なに?」
「千咲はトイレ行かないのかなーって」
「今は行かなくてもいい」
「そ。マシだけどまだ顔怖いよ」
「なあ永遠――お前はどう思う?」
「どうって?」
「ここ最近のシカバネの動向――変じゃないか?」
「確かに活発になってるね」
今までのペースだとシカバネの出現頻度は都道府県ごと、2ヶ月に1体ペースで六要に転送されてくる。
しかし、今は2日に1体は戦っているだろう。
シカバネ達も慎重だ。魔術師に見つからないように新たな肉体を求めている。だが、北海道や文化祭のように大々的に動き始めている。
「この感じ――」
「2年前と似てるね」
根拠はないが、近いうちに何かが起こるのではないか――千咲にはそんな予感がしていた。
◇
休憩も終わり、出ていた人たちは再度椅子に腰掛けて北川さんが1人ずつ紅茶を淹れてくれた。
「………」
海里は大丈夫です。と言えず、紅茶でみるみる溜まっていくカップを無言で見つめていた。
「それじゃあ会議を再開します。西側から共有しておくことはありますか?」
永遠は再びノートを広げてペンを握る。
「俺からは特にありません。星一の抜けたからちょっときついって感じです。でも海里からは—」
大輝は冗談混じりで話、海里に視線を向けた。
「1ヶ月前に文化祭で1人に襲撃されました」
と作見の事や圭のことは伏せて全てを話す。
その言葉に対して、東の3人はそれほど驚いた様子はなく、静かに続きを待つ。
「僕はそのシカバネと戦った際に1人の男に遭遇しました」
「シカバネか?」
千咲はすかさず質問する。
「おそらくは。その男はナイルって名乗った」
そしてこう言った。
「バネを管理している者だって言ってました」
「――ッッ!?」
このことをすでに知っている大輝は目を瞑って頷くが、3人は大きく目を開けて驚いていた。
「も、目的は?」
「千咲の時と一緒でシカバネ、よりかは中身――バネの回収だね」
「……」
3人はその情報に圧倒され、一言も発言しない。書記である永遠すらも汗を浮かべた表情でノートに記入していた。
「それで……そのナイルってやつとは戦ったのか?」
阿月は汗を浮かべながら口を手で覆って質問した。
「いえ、その時はすぐに逃げられました」
「そっか……」
バネの管理者――そんな存在がいるとなれば、今まで仮定として考えていたモノの存在が確定したと言える。
「シカバネの組織は確実にあるってことか」
2年前の元日での戦いから度々議論されていた議題に結論が出た。これまで続いた魔術師の歴史の中で管理者――リーダーのような存在がいるということすら知らなかった。
終わりがあるのかすらわからない戦いを続けていた魔術師にとって海里が掴んだこの情報は、歩いても歩いても、進んでいるのかすらわからない暗闇の道に一筋の光をもたらした。
「この情報は私たちにとって確実な一歩です!」
千咲は事の大きさを言葉に出して伝え、皆は希望を見出したかのように皆の顔が晴れやかになる。
「僕からは以上です」
長く喋り、口が渇いた海里は紅茶を口に運んでうぅと唸る。
「そう言えば星一はどうなの? 連絡とか?」
一通り話した内容をノートに書き写し終わったところで、ペンを額で押し付けながら思い出したように永遠は言った。
星一は連絡手段として持ち出した電話は自動的に海里の電話につながるようになっている。
「向こうにも無事に着いて、順調に仲間を増やしてるって最後の電話で言ってたよ」
この内容は5回ある内の3回目の内容であり、4回目の電話がかかって来ていたが、無言で切られた事は言わなくていいと思い、海里は言わなかった。
「そっか、無事ならそれでいいんだけどね」
その話を聞いていた西早夫妻は緊張を誤魔化すように紅茶を飲む。
「それじゃあこんなとこかな。それでは今回の六要会議を閉会します!」
永遠はノートを閉じて立ち上がり、会議の終わりを宣言した。
全員再度肩の力を抜いて、立ち上がる。
午後13時過ぎ、昼ご飯の時間だ。
「海里、うちに昼ごはん食べに来なよ」
陽奈子はすぐに海里を誘った。
「それはいい! 海里が来れば、なのも喜ぶ」
とテンションを上げて阿月も強く海里を誘う。
海里は戸惑いつつ大輝に確認を求めるように視線を向けた。
「ん? 行ってくればいいじゃないか」
「また僕に連絡してくれれば迅が迎えに来てくれるよ」
大輝も永遠も行って欲しいのか笑顔で見送る。
「千咲ちゃんはどうする?」
「いえ、私はこの後中華を食べに行かないといけないので!」
「おお! それは大事だ」
千咲は丁重に陽奈子の誘いを断った。
六要たちは部屋を出て、北川さんが片付けを始めた。
そして海里は西早家に招待され、お昼ご飯を食べることとなった。




