28話:いざ東京へ
文化祭での出来事から1ヶ月が過ぎた。
友達を失った作見の身体的な面や精神的な面は徐々に回復していき、元通りとは言わないが、任務に対する姿勢は以前よりも意欲を感じられる。彼の中で何か変化があったのかもしれない。
学校の方はというと、永遠が校舎などを元通りにしてくれたおかげで2週間の休校を経て学校が再開された。
しかし、あの現場を目にした生徒や先生たちには、混乱が見られる。夢だったのか、幻覚を見ていたのか、解釈は人によってそれぞれ違った。
こういった事が起こった場合、魔術師たちが打てる手は現状ない。倒壊した建造物や巻き込まれた一般人の治療をすることはできるが、超常の力を目にした記憶を改竄する術を持ち合わせていない。
基本的に不安を煽らないためにも魔術やバネについて一般人は知らない方が都合が良い。そんな事が身近に起こっているなんて知れ渡ったとしたら、恐怖どころの話ではないだろう。
そのためにも、魔術師たちは任務や戦闘で一般人に対する配慮を心掛けているが、魔力を持たない人でも視認する事ができるシカバネの対処は難しい。それが夜ではなく、日中の大っぴらに出現されたらたまったもんじゃない。
だが、それももう過ぎた事だ。気にしていても仕方がない。作見たちは学校から帰宅し、日没までそれぞれ好きな時間を過ごす。
作見はリビングでぼーっとテレビを眺め、目の前に座る海里は静かに教科書を読んでいた。
言美が買い物に出かけ、リビングではテレビの音と、教科書のページを捲る音が少しだけ聞こえる。
「今日は寝ないのか?」
と海里は肘をついてボケーっとしている作見に視線を向けずに聞く。
「授業中に寝てたからもういいかなーって」
「なら勉強しておいた方がいい」
海里はページを巡りながら淡々と話す。
「勉強? もうすぐ夏休みですよ?」
7月に入り、あと数日で夏休みに入る。学生魔術師たちにとっては睡眠時間も増えるしとても嬉しい期間だ。
「……もしかして、聞いてないのか?」
ここで海里は、教科書から目を離して初めて作見の顔を見る。
「何をですか?」
「休校とテスト期間が被ったから、7月に中間テストをやるって放送で言ってたぞ」
「……うぇ?」
その放送があったのは今日の昼休みだ。だが、作見はお弁当を食べてすぐに眠りに落ちたから聞いていなかってのだ。
「聞いていなかったのか……」
海里は呆れた表情でため息をつく。
「勉強ってな、なにしたらいいすか?」
作見は高校に入って、まともに授業も聞かず勉強なんてものは何もしていない。なんならノートに何かを記入したような記憶もない。
「流石に魔術師と両立してテスト勉強なんかできないよ。だから、僕は毎回教科書を読む程度のことしかしてない」
「言美や司くんもそれで挑んでるの?」
「司は何もしてないんじゃない? 今も寝てるし。言美は少しくらいはやってそうな気はするけど、あんまり知らない」
「そ、それで大体点数はどれくらい取れるんですか?」
「僕は平均点前後くらいかな。司は赤点ギリギリって感じだったよ」
「はっ、は……」
作見は教科書を読んだくらいでは頭に入らない。恐らく司より酷い点数を取るだろう。高校は中学と違って義務教育ではない。成績がひどいと留年することだってある。1年の初めのテストから留年が視野に入ってくるとは、入学前は思ってもいなかった。
「ち、ちょっと部屋で勉強してきます……」
留年に怯えているのか作見は体をカクカク動かしながら部屋に歩いて行った。
その様子に海里は困惑した表情で、
「大丈夫か……?」
と呟いた。
◇
あれから2週間後。
テストも終わり、普通の生徒たちは羽を伸ばしながらテスト返却の日を待つ。作見はというと、結局勉強という勉強もできず、海里に言われた教科書を読む程度のことしかしなかった。
テスト返却日と学校最終日が重なり、作見は名前が呼ばれて答案を見ずに鞄にしまう。帰ってから海里や司と一緒に確認しようと思っている。要は1人で点数を見る勇気がなかったのだ。
怯えているのか作見は机で頭を抱えながら首を横に張って気を紛らわそうとしていた。そんな作見の挙動を見ていた言美は穏やかな瞳を瞑りながら微笑んでいる。
言美はというと全教科70点前後くらいの点数だった。
項垂れている作見は隣の誰も座っていない机と椅子が目に入り、我に帰ったかのようにその机を眺める。
もしあいつがいたら、点数を見せ合ったり、勝負したりしていたかもしれないと――2度と実現することのない妄想をして、作見は鼻で少し笑う。
夏休み前の学校は午前中で終わり、作見たちはすぐに帰宅した。
そして――皆リビングに集まり、裏返しにした5枚の答案たちを机に並べて一つずつ点数の確認が始まる。
「い、いきますよ……」
ゴクっと息を呑みながら恐る恐る国語の答案から答案をひっくり返そうとするが、手が震えてなかなかひっくり返せない。
「だ、大丈夫だ作見! 国語は案外フィーリングでいけるもんだ」
と司は励ましになっているのかすらわからない言葉で作見を鼓舞する。
「は、はい!」
作見は覚悟を決めて、答案をひっくり返し、点数の書かれた右下を凝視する。そこには小さく『55点』と書かれていた。
「お、お、おっしゃぁーー!!!」
作見はガッツポーズで雄叫びを上げる。
「やるじゃねぇーかぁ!!」
司も想像以上に点数が良くて自分のことのように喜んでいた。
言美もにっこりしながら静かに小さく拍手をし、海里は特になんの反応もせずに見ているだけだった。
「この調子でどんどんいったれ!」
テンションが上がってきた司はスポーツ観戦でもしているかのような気分だった。
「はいっ!」
そう言われた作見は次に数学の答案をひっくり返す。右上に表示された点数は『60』と赤字で書かれている。
「え?」
信じられない点数に作見は自然に声が出る。
観戦している3人もなんとも言えない表情で無言のまま作見を見る。
「ははっ、まさか……」
と残り3つの答案を同時にひっくり返す。
英語『53点』、理科『58点』、社会『63点』と全教科が10点台だと予想していた作見は信じられない点数が目の前に並ばれ、自分でもポカンとリアクションが取れなかった。
「できてるやん」
「そう、ですね……」
海里の小さな呟きは静寂の中に綺麗に通り、作見は困惑しながら反応する。
あんなに怯えていた事がなんか恥ずかしくなってきた作見は、机に並べた答案をすぐに片付けて鞄にしまった。
最初だけが楽しかった司もため息をついて、リビングから出ていく。言美もマイバッグとお財布を持って買い物に出掛けてしまった。
リビングに作見と海里2人だけになってしまい、1人で答案を見るのが怖いからと誘った後の空気は静寂を超えた何かだった。
海里は買っていた弁当を冷蔵庫から取り出し、電子レンジで温かくなるまで椅子に座っている。
作見も鞄を持って部屋に戻ろうとした時に、
「明日、会議があるから僕と大輝さんは昼前に出ていくから」
と海里が突然言ってきた。
「会議ですか?」
戸のに手をかけた作見は「何の?」と思いながら振り返る。
「うん。六要で情報共有をするから、明日東京に行かなきゃならない」
温めが完了したお弁当を電子レンジから取る。
(千咲さんもいるってことか……)
「作見にだけ伝えていなかったから、一応報告しとこうってね」
マイ箸を取ってお弁当を食べ始める。
「了解です」
作見は会議のことを頭に入れて、自室へと歩いて行った。
◇
――翌日。
午前10時頃に海里と大輝は拠点の玄関で靴を履き、外で待機している。
すると目の前に突然1人の少年が姿を現す。そこにいたのは、魔術師たちのアッシー君である道枝迅だった。
「それじゃあ行きましょうか」
迅はそう言って手を出す。
「おう!」
大輝は大きく返事をして迅の腕を掴み、海里もそっと迅の手に触れる。
触れたことを確認した迅は魔術を発動し、瞬く間に東京の拠点の前に瞬間移動した。




