24話:この世界
鳴瀬海里はありのままを包み隠さずに結果だけを口にした。事後報告のようにあっさりと。
作見はしっかりと聞こえていた。理解していた。拳を強く握って震えている。だけど、聞き間違えた――そうに違いない。そして、もう一度聞こうと声に出す。
「――え? なんて言いました?」
正面に向かって椅子に座っていた海里は体を作見の方へ向ける。
「作見の友達は助けられなかった」
「……え?」
強く作見を見る海里の目に嘘はない。机の真ん中に座る大輝は腕を組みながら作見を横目で眺め、背を向けて台所に立つ言美はぐつぐつと煮えたぎってきた味噌汁をお玉でかき混ぜながら、歯を食いしばる。
言葉の意味を理解するが、したくないだろう。作見にとって一番聞きたくなかった報告が海里の口から放たれたのだ。視界が霞む。胸に大きな穴が空いたみたいだ。
身体中の震えが止まらない。あのまま戦っていたら、間違いなく作見は死んでいた。あの場で圭を救える可能性があったのは海里だけだろう。
海里の強さも責任感の強さも作見は知っている。海里なら必ず救ってくれる。その大きな期待が、作見を絶望の淵に叩き落とす。
作見が悪いのか。司が悪いのか。海里が悪いのか。では、作見自身がもっと強ければ圭を救えたのか?——違う。ならば、海里は圭を救えたはずだ。結局、誰も悪くない。海里は被害を最小限に抑えた。
そんな事はわかっている。だけど作見はもう止まれなかった。
「どうして……どうしてですか!?」
作見は椅子に座る海里の両肩を強く持って激昂する。
「僕の……力不足だ」
海里は真っ直ぐに作見の揺れた瞳を凝視する。
「何で……俺なんかよりずっと強いはずだ!! それなのに何で助けられないんだよ!!」
頭に血が昇り、あり得ないほど興奮状態の作見は聞く耳を持たない。
「作見……もっかい言うぞ。僕の力が及ばなかった」
海里は強く肩を握る作見の腕にそっと触れて、心に寄り添うように握りしめる。
作見は握る手を解いて、膝から崩れ落ちる。そして、作見の中にある何かが崩れ去る音がした。頭を垂れるように床に頭を打ち付けて涙を流す。
「それじゃあ、どうやっても圭は助からなかったって事ですよね? 俺にはどうしようもできなくて! 海里くんでもダメで! ……ならどうしろってんだよ!!」
四つん這いになって、腕を何度も床に叩きつけながら作見は泣き叫ぶ。
海里はそんな作見の前にしゃがみ込み、神妙な面持ちで肩に手を置く。
「作見……北海道で千咲の辛そうな顔を見ただろ? その時に僕はこう言ったはずだ。味方の姿をした敵と戦う事だってあるって。それは魔術師じゃない人もそうだ。仲のいい友達だって敵として殺しにかかってくることもある。そんな奴らに対抗できるのが僕たち魔術師だ」
優しく励ますように海里は声をかけるが、作見は海里の手を薙ぎ払って立ち上がり、声を荒げる。
「くっ! 何知った風に言ってんですか!? あんたに俺の気持ちがわかるはずない!!」
「――わかるさ」
海里は立ち上がって静かに訴える。
「………」
「大切な人を失う辛さも気持ちも痛いほどわかるよ。どうしようもなくて、どう言葉にしていいかすらわからない」
沈んだ目で海里は淡々と語る。
「その根拠は!?」
作見は強く一歩踏みしめて、前に出る。
そんな作見の肩を後ろから止めるように手を置いた大輝は語り始める。
「海里が魔術に目覚めたのは、今回のようにバネに体を乗っ取られたからだ」
「――えっ?」
「そして、海里の肉体を動かしたバネは――海里の両親を手にかけた。その場に駆けつけた星一がなんとか海里の体からバネを引っ剥がすことに成功し、覚醒した魔術だけが肉体に残ったんだ」
大輝の目を見て聞いていた作見は瞼が大きく上がり、目の白い部分が増える。そして、再び海里に顔を向ける。
「それは僕に限った話じゃない。司や言美も両親を失ってる。千咲も自分の手で親を殺めたって聞いた。それに大輝さんだって――」
その話を聞いた作見はもう一度床に這いつくばって、涙を流す。
「それじゃあ俺のこの気持ちはどうすればいいんですか!?」
「忘れろ――とは言わない。だけどみんなその気持ちを宿している。辛いなら泣いて吐き出してもいい。愚痴をこぼしたっていい。魔術師を……辞めたっていい」
海里は大輝に言われた事を思い出していた。魔術師なんて、嬉しいことより辛いことの方が多いだろう。それぞれ、抱えてる物は違えど溜め込みやすい。それが限界まで達すると人は壊れる。作見にはそうなって欲しくないと思うからこそ、1人で考えすぎる考え方を海里はして欲しくないと思った。
「バネどもは、俺たちがやらないと消えないんですよね」
作見は袖で涙を拭い、下を向いたまま言う。
「あぁ……そうだ」
「海里くん、俺は魔術師辞めません! あんな奴らが野放しなってるなら俺が止めます!」
そして前を向き、海里に強く表明する。その目にはもう迷いは感じない。
「ごめんなさい。みっともなかったですよね」
「いいや。誰だってそうなる可能性はある。けどこれだけは忘れないで欲しい。僕たちは1人じゃない――みんなで魔術師なんだってことを」
そう言い放った海里を優しい目で見つめる大輝の表情は少し嬉しそうだった。
「……はいっ!最後に一つ聞いていいですか?」
「この世界はいったい何なんですか?」
「さあ、僕も知りたいくらいだよ」
と海里も不思議そうな反応で返す。
「よしっ! じゃあ飯食うか!」
大輝は2人の間に入って肩を組む。
「「はいっ!」」
4人は食卓を囲み、冷え切った朝食を始めたのだった。
◇
今回の件で学校側の被害が大きく、校舎の倒壊や地割れなどが見られる。しばらく休校になるそうだ。だが、問題なのは何が原因でそうなったのか、一般人には知る由もない。
そこで、流合永遠は作見の傷を見た翌日に道枝迅と共に東院高校に赴いていた。
「派手に暴れたねぇ〜こりゃあ」
永遠は額に手をかざして倒壊した校舎を眺めていた。
「早く終わらせようぜ」
隣で不機嫌そうに目を細くする迅はダルそうにしている。
「はいはいー」
永遠は最初にボコボコになった地面に触れて、魔術を発動させる。するとまるで戦闘なんて起こっていないと思わせるほど元通りになる。
この調子で、倒壊した校舎に次々に触れていき、あっという間に元の校舎に戻る。
「こんなもんかな」
手を叩いて埃を払いながら、見落としがないか確認する。
「急に元に戻ってたらビビるだろ」
「そりゃあね」
「記憶に関する魔術を持った人とかいたら混乱も抑えられるだろうに〜」
ポケットに手を入れながら落ちている石ころを蹴る。
「やけに喋るね。帰りたいんじゃなかったの?」
少し小馬鹿にした風に永遠は迅をおちょくる。
「帰る? そんなバカな。俺の目的はこの近くにある有名なカレーうどんだ!」
迅は、歓喜の拳を突き立てながら陽気に言った。
「――初耳なんですけどー」
「そりゃ言ってないし」
「お金持ってきてないよ」
「――仕方ない。奢ってやろう」
「おーーそんなことあるんだ」
2人はその有名なうどん屋に向かい、気が滅入りそうな行列に並ぶことになる。
◇
日没が迫った現在、作見たちは正装に着替えて始めていた。
「行けるか? 今日も休んで問題ないぞ」
海里は作見の身体を気にして声をかける。
「大丈夫ですよ! この通り身体もピンピンしてます!」
作見は力こぶを見せるようなポーズをとってアピールする。
「そっかっ」
少し微笑みながらネクタイを締めた海里はポケットから取り出したものを作見に渡す。
「――これは?」
「友達が作見に渡すようにって最後の力を振り絞って言ったんだ」
海里が渡したのは、圭が作見へのお土産に買ったヘアゴムだった。
作見は涙ぐみながら微笑み、受け取ったヘアゴムを握りしめる。
今つけているヘアゴムを外して、もらったピンク色のヘアゴムで髪を束ねる。
「行きましょう!!」
引き締まった表情で作見たちは任務を開始する。




