23話:巻き戻す者
地面から顔を出す木の根っこに座りながら、哀愁に満ちた表情で放心していた。
圭を救うことができなかったこと、倒せたはずのバネを取り逃したこと、そしてナイルという男との遭遇――今の海里は様々な感情が行き交っている。
「――辛気臭さそうにしてどうした?」
大きな魔力のぶつかり合いを感じて見に来た大輝が木陰から現れる。
「……僕は何もできなかった」
海里の側で倒れる少年を見た大輝は頭の上に?を浮かべながら首を傾ける。
「そいつがシカバネだったんだろ? しっかり倒してるじゃんか」
そう言われた海里は鼻から大きく息を吸って、膝に肘を置いて口元を両手で覆いながら息を吐く。
「作見の友達なんです……」
「そうか」
大輝は目を瞑りながら大体のことを察する。
「クッ……」
「お前のように助かるケースは稀だ。助けられなかったことを思い詰めるより、これから助けられる命を考えた方がちょっとは楽になるぞ」
「……努力します」
あまり響いていない海里を見た大輝は、
「まぁ仕方ないけどな。でも司や海里、特に星一はすぐに重く捉えちまう。性格にもよるけどな」
大輝は積み重ねた責任に押しつぶされていずれ壊れてしまうのではないかと心配している。
「――大輝さん。近々六要で集まりますよね? その前に話しておくことができました」
海里は立ち上がって、上目遣いで大輝を見上げる。大輝の言葉を飲み込んだのか、声色が少し明るい気がした。
「――わかった。先にその子を送ってあげよう。作見には合わせない方がいい」
大輝は圭の側でしゃがみ、黒い手袋を装着して圭に触れて本部へ送還する。
「作見にはどう言うべきでしょうか?」
「こればっかりは真っ直ぐそのまま言うべきだろう。残酷だと思うが、それを乗り越えないと魔術師なんてやっていけないもんだよ」
魔術師をやっていれば必ず通る道ともいえる。慣れろというわけではない。だがその痛みを知った魔術師は強い。
そう言って大輝は重力を無視しているかのように軽々と飛んで家の方へ向かった。
◇
海里は学校に戻る。地面がえぐれ、数箇所ほど校舎が倒壊したこの学校に人影一つ見当たらない。
作見たちを探す海里は、校内を少し歩いていたところに言美が駆けつける。久しぶりに魔力を使って走った言美は息を切らしながら、不安そうな表情で海里を見つめる。
慌てて肩に下げたスケッチブックに言美はこう書いた。
「圭くんは?」
「……」
海里は言葉に出さずにそっと目を閉じて、首を横に振る。その反応で結果を察した言美は俯いて数秒固まる。
悲しい、ただただそう思った。言美にとって圭はただの友達に過ぎない。しかし、いつもの作見と圭のやり取りを見ることはもうできない。
言美にとっては、そんな2人を見ているのが楽しかった。こんなイカれた世界の中でも数少ない嬉しい時間だったのだ。
元々魔術師として前線で戦っていた言美としても、近しい人の死は初めてではない。覚悟もできている。
しかし、これからその経験をする作見にとっては信じられないくらい辛いだろう。そんな作見のことを考えると泣いている場合ではない。
涙目になりながらもグッと堪え、作見の近くにいてあげる人が何より必要だと言美は思う。
「作見や司は?」
海里の質問に即座にスケッチブックに答えを書き出す。
「家に寝かしてきた。特に作見の傷は深い」
「なるほど――それじゃあ今すぐ戻ろう」
2人はすぐに移動を開始し、家に戻る。
2階に上がって一番大きい部屋に作見と司は寝ている。この部屋は昔、人が多かった時使われていた寝室だ。ベッドの数も当時と同じで数十個は置いてある。
海里はすぐに部屋のドアを開けて、隣同士に寝ている司と作見の間に立つ。それまでに看病をしていた大輝は汗を浮かべて焦り出していた。
「大輝さん?」
「司はただの寝不足だ。怪我も大したことはない。問題は作見だ。この腹の傷跡――尋常じゃないほどに損傷してる」
海里は作見を覆う布団を取って傷跡を見る。
「――これは」
くっきりと残った拳の跡に火傷、肋骨が見えかけている。魔力によるガードが遅れ、生身で魔法を受けた作見の傷は致命傷は避けてはいるが、長くはない状態だった。
「今すぐ永遠を呼びましょう」
「15時……か道枝も起きているだろう。連絡してくる!」
と急ぎ足で大輝は階段を降り、1階に設置されている電話をかける。
「ここが踏ん張りどころだぞ……」
海里はベッドの手前に置いてある椅子に座って、作見を見下ろす。呼吸が荒く、脈が弱りつつあった。
言美も埃を被った作見の手を握りしめて祈るように頭を下げる。
◇
数分後――数人の階段を駆け上がる足音が聞こえてくる。一番最初に部屋に入ってきたのは癖のかかった明るい茶髪の少年だ。
「この人だね!?」
「うん。頼む」
海里は茶髪の少年と席を変わり、作見の右手に触れる。すると――みるみる傷が無くなっていく。治ったというより作見の肉体が戦う前に戻ったみたいだ。まるで肉体の時間を戻したように。
「これで大丈夫なはずだよ」
作見の呼吸も安定し、脈も正常に戻っていた。
少年に続いて、大輝と薄いピンク色の短髪に目つきの悪い少年が部屋に入ってくる。
「永遠っ! 作見は?」
「間に合いましたよ。あとは安静にしてください」
永遠は椅子から立ち上がって、優しく微笑む。
「ありがとう。永遠」
海里は下を向き、震える手で永遠の肩を持つ。言美も永遠の手に飛びついて、泣きそうになりながら感謝する。
「いえいえ。司は――このままでも大丈夫そうだね」
「多分寝不足に戻るんじゃないか?」
重く張り詰めた空気はなくなり、大輝は冗談を言う。
「ははっ――おそらくですけどね」
永遠も懐かしい気分になりながら笑う。
「終わったなら、帰るぞ」
と割って入るように、目つきの悪い少年——道枝迅はポケットに手を入れながら言う。
「そうだね。時間があればご飯とか一緒に食べたかったけど、それはまた今度で」
永遠は迅の近くまで寄り、振り向きざまに皆んなの顔を順に眺める。
「やっぱりそっちは忙しいか?」
「尋常じゃないですよ。大輝さん変わってくださいよ」
「俺じゃ実力不足だろ」
最後に他愛ない話で笑顔で笑い、永遠目つきを変えて、海里を見つめる。
「強くなったね。海里」
「まだまだだよ。僕なんて」
「そんなことないよ。あの時よりずっと強い――色んな意味でね」
そう告げた永遠は、迅の肩に持ち、「また会おう」と最後の言葉を残して、その場から消える。
道枝迅の魔術――テレポートは行ったことある場所や魔力を感じ取れるところに瞬間移動することができる。そして、自分に触れた対象も同時に移動することも可能だ。
魔術師たちが使う白と黒の手袋に付与された魔術式は道枝迅と本部の技術部が協力して作った代物である。
「とりあえず、2人は今日の任務を休みにする。俺がシカバネを引き受けるから海里は巡回を頼む」
「分かりました」
◇
学校が襲撃された翌日の早朝に作見は目を覚ます。
「知ってそうな天井だ」
自分の部屋と似た天井をしているが、自分の部屋ではないと感じた作見は曖昧な発言をする。
上体を起こし、窓から差し込む陽の光が眩しいくて、片目を閉じて光を手で遮る。
「司くん……?」
隣で寝ている司は熟睡していた。
ベッドから降りて、お腹を確認する。貫いてもおかしくないほどの拳を受けた傷は何もなかったかのように消えていた。
「傷……?」
自分のお腹を触りながら昨日の記憶が蘇る。圭との戦闘の感触を体が覚えている。
「圭は!?」
作見は部屋を飛びだす。言美の料理の匂いがする間違いなく海里はリビングにいるはずだと思い、急いでリビングへ向かった。
リビングに入り、座っていた海里の肩を掴み、問いただすように「圭は!?」と聞く。
「作見、君の友達を助けることはできなかった」
海里は表情一つ変えずに、現実を突きつけた。




