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ダブルワールド  作者: 東城陽一
第二部 魔術編 1章:交錯乱世

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22話:海里の魔術

 圭が学校を襲う数十分前――海里はスーパーに到着した頃だった。鮮魚コーナーのショーケースを見て回るがタコの姿はない。


 「タコってスーパーに置いていないものなのか?それともたまたま?」


 一応手にしたカゴを片手にショーケースの前で海里は顎を触りながら考える。


 「イカはある……」

 パックに入っているイカを手に取りながら、だんだんイカでもいいんじゃないかと海里は思ってきた。


 「いや、ダメか…」

 イカを元の位置に戻して、無意味にスーパー内を何故か一周してしまう。


 店を変えるべきかと考えるが、ここから次のスーパーまでまた30分ほどかかる。


 「一応聞いてみるか」

 海里は鮮魚コーナーの扉の前に立ちコンコンとノックする。


 「どうしたぁ!兄ちゃん!」

 するとノリの良さそうなおじさんが出てくる。いかにも海の男って感じだ。


 「タコありますか?」


 「あれ? もう出てる分売れちまったか!?」


 「見た限りはなかったです」


 「そりゃすまねぇな! 今すぐ切るからちょっと待っててくれや!!」


 「わかりました」

 

 海里は売り場にタコが出てくるのをしばらく待っていると、いきなりものすごい揺れがスーパーを襲う。


 揺れは一瞬で収まり、地震というよりも何か大きなものが近くで落ちたような感覚だった。


 「学校の方か!?」

 急激な魔力の高まりを感じだ海里は学校の方で何かが起きたと予想する。


 「嫌な予感がするな……」


 「兄ちゃん! タコ切り終わったぞ!!好きに持っていってくれ!!」


 「おじさんごめん! 急用ができた!」

 海里はタコを買うことなく、急いで学校へと引き返す。


          ◇

 「海里くん……」

 跪く作見を見下ろす海里はあの光景が脳裏に浮かぶ。


 「父さんと母さんは?」

 海里は跪きながら目の前に立つ少年に問う。


 「悪いけど、あれは助からない。助けられたのは君だけだ…」

 その少年は顔を逸らして、気まずそうに言った。


 「……そっか。でも助けてくれてありがとう。君は教室でも僕を庇ってくれたよね?」


 「……そういえば、名前教えてなかったな。俺は西早星一にしばやせいいち魔術師だ」


          ◇

 あの時星一が助けてくれなかったら、海里は今頃シカバネに体を乗っ取られ、魔術師たちと敵対していただろう。


 「お前が――鳴瀬海里か!!」

 倒壊した校舎の瓦礫の山から出てきた圭は、身体中に炎を纏いながら激昂する。


 「作見、もう一度言うが、助けられる保証はない。けど……最善は尽くす」

 海里は目線を圭に向け、作見に背中を向けて語りかける。


 海里は学校に残る生徒の気配を探りながら、どこで戦うべきか決めあぐねていた。


 そんな時、全生徒が学校から出て行くのを確認した言美が作見の元へ駆け寄り、肩を貸す。


 「言美……」

 言美は邪魔をしてはいけないと言いたげな表情でその場を離れる。


 圭と海里――2人は数秒の間、鋭い目で睨み合い合いながら、魔力を高める。


 先に動いたのは圭だった。一歩前に足を踏み締めた瞬間――圭は宙に飛ばされていた。


 「――なにっ!?」

 何も見えなかった。今この状況が海里の攻撃によるものすら分からない。ただ感じるのは、圧倒的な衝撃と痛みだけだった。


 近くの山まで吹っ飛ばされた圭は空を見上げる。そこには大きな木の枝に立つ海里の姿があった。


 「踏ん張ってくれよ……」

 海里は圭を見て小さく呟いた後、木の枝から飛び降りて距離を詰める。

 

 今度は見える。だが防御に徹するので精一杯、後手に回ったこの状況を打開する術を圭は持ち合わせていない。


 拳を撃ち合う中で、次第に海里のスピードが増していく。ボディがガラ空きになった隙を海里は見逃すことはなく、振り上げるように拳を直撃させる。


 「まただ……この妙な衝撃はなんだ?」

 圭は吹っ飛びながら心の中で海里の魔術を考察する。だが、ここまで飛ばされた時ほどの衝撃はない。


 勢いはすぐに収まり、近くの木の枝に着地する。圭の口から少しの流血があるが、この程度のダメージなら問題ないと思った瞬間――拳をもらった部分からさらに強力な衝撃が走る。


 「がはっ……!」

 初撃とは比べ物にならないほどの衝撃が圭を投げるボールのようにする。地面に引きずられるように飛んでいき、土煙が大地を覆う山を越すほどに舞う。


 自分で勢いを止めることはできず、地面にめり込みながら引きずられる。


 「これが、奴の魔術なのか……?」

 圭は身体中泥まみれになり、制服がボロボロにならながら顔面からの流血が止まらない。


 左手を引きずりながら地を這うように立ちあがろうとするが、背後に強烈な気配を感じる。


 見下ろす海里の眼差しは、圭に数百年ぶりの恐怖を与えた。身体中の震えが止まらず、動くこともできない。これが、絶対的な強者と弱者による命のやり取り――それが圭のステージを1段階上げることとなる。


 身体中から湧き上がる恐怖を飲み込み、強く噛み締めるその口で圭は、


 「俺は、自由を手に入れる! お前なんかにやられてる場合じゃねぇーんだよぉ!!」

 と怒りを露わに咆哮した。


 「自由?」

 

 圭の身体中から魔力が大量に放出され、次第に出力が増して、炎に変わっていく。


 そしてその炎がさらに――赤くなる。


 まさに深紅――オレンジのように燃え上がる炎が血のような赤に変色する。


 「しまった……勝敗を急ぐべきだったか」

 極式に到達した圭前にした海里は表情に汗を浮かべながら、拳を構える。


 魔力が赤く染まった瞬間、圭の脳内に新たな力の詳細が開示される。


 「――これなら」

 圭は右手のひらを前に突き出す。すると海里の周囲に炎が現れ、丸ごと飲み込む。


 しかし、炎に包まれた海里は交差させた両腕を解くように広げ、その衝撃と共に炎をかき消す。


 脳のリミッター解除により、底上げされた魔力を持ってしても海里の洗練された魔術には通用しない。


 依然不利なことには変わりはない。身体中の打撲、使い物にならない左腕、いくら底上げされたとはいえ、体が動かなければ意味はない。


 だが、赤い魔力に包まれた肉体は、もう一度圭が立つことを許した。


 「これが、魔法系統の極式……」

 シカバネの中には稀に魔法を使う者がいる。これまでの長い歴史の中で10人もいないだろう。


 「――フルフレイム」

 圭は炎を球を2つ出現させ、海里に放つ。


 上に飛んで回避し、2つの炎を衝突させ中和すると海里は踏んでいたが、ぶつかる寸前で上に軌道を変え、追ってくる。


 「――ッ!?」

 一瞬動揺するが、魔力を纏った拳で追尾してくる炎を薙ぎ払う。圭はその間に生まれた隙を逃さず、海里の顔面に炎の蹴りを打つ。


 しかし、直撃する直前で腕を回した海里はガードが間に合うもその勢いに押され、生えている木を貫通して地面に落ちる。


 すぐに体制を立て直し、蹴りを受けた腕の痺れを感じながら己の考えが甘いと海里は思う。

 

 「極式の蹴りは流石に効くな……」

 圭からなんとかバネを剥がすよう立ち回っていた海里だが、極式に到達するのは予想外であった。


 生きた肉体からバネ剥がすのは難しい。ただ剥がすだけなら撃破すればいい。だが、シカバネを攻撃するということは、肉体にダメージを与えるということだ。


 バネが肉体から剥がれたとしても、ダメージは肉体本人に達する。つまり、海里の魔術攻撃を非魔術師である圭が耐え抜く必要があるということだ。


 その人の根性と運が圭の生存を左右する。だからこそ、海里は必要最低限の攻撃で留めていたが、極式に到達したのは海里の誤算である。


 海里本人も手加減している場合ではない。ここからは、魔術を出し惜しみせず一瞬で決着をつけにかかる。


 圭は抽出した魔力を炎に変え、海里を飲み込むほどの爆炎を放つ。それに対して、海里は目つきを変え、炎を迎え撃つ。


 あえて山に飛ばしたことが仇となる。相手の魔法は炎、この場所では山火事になりかねない。だが、海里は向かってくる爆炎を上空に蹴り上げる。


 「まじかよ――」

 空高く上がる爆炎を目で追ってしまった圭は、海里の拳がすぐそばまで来ていることに気づくのが遅れ、顔面に拳を喰らう。


 急降下する圭はなんとか受け身を取って着地する。――が、さらなる衝撃が圭を襲う。


 直立していた圭は、二度目の衝撃を喰らい、いくつもの木を貫いて飛ぶ。


 海里の魔術は――衝撃。


 言葉通り触れた対象に物理的な衝撃を与える魔術だ。海里の衝撃には2種類ある。


 先ほど圭に使ったように、打撃による衝撃と魔術による衝撃を時間差で行う『れん』、そして打撃による衝撃と魔術による衝撃を一度に与える『こう』、海里が六要に昇格したのはこの強力な魔術が故だった。

 

 瞬く間に海里は衝撃を利用して踏み込み、木にもたれかかった圭の元へ距離を一瞬で詰め、右手に魔力を集中させる。


 「――鋼」


 凄まじい一撃により、もたれかかった木の折れる音が山中に広がる。圭はその場で倒れ、地を吐き散らしながら、鋭い眼光で見下ろす海里に宣言する。


 「お、俺は――新しい肉体を手に入れて、必ずお前の元へ戻るっ!! それまで、絶対に死ぬんじゃあねぇぞ! お前は必ず俺が始末する!!! 鳴瀬海里ーー!!!!」


 と残った気力を全て振り絞った圭の中にいるバネは黒い煙のように体外に出る。


 「くそっ! 手袋がない!」


 黒い煙となってバネが姿を消す前に、海里は見えているうちに魔術を畳み掛ける。


 だが、突き出した拳が何者かに止められる。


 「――なに!?」

 

 すると地面に映る木の影から1人の青年が姿を現す。


 「……何者だ?」

 海里は全身から逆立つような感覚に襲われる。


 「なかなかいい奴を見つけた。こいつはもらっていく」

 影から現れた黒髪の青年は赤い目で海里の質問を流す。


 「答えになっていない」


 「じゃあ名乗っておこう。俺はナイル。お前たちが必死こいて処理しているバネたちを管理している者だ」


 「なんだって!?」


 「今はまだ君たちと戦う気はない。時期が来たら、いずれ俺たちから仕掛けるだろう。その時にまた会うかもしれないね」


 そう言ってナイルは背を向けて立ち去ろうとするが、海里は「待てっ!」と蹴りを繰り出すが、ナイルは影に潜り、姿を消す。


 「――」


 「――ばはっ!!!」

 圭は血を吐いて意識を取り戻す。


 だが、結論を言うと圭は助からない。極式に入った時点で助からないことは決まっていた。


 だから、シカバネを倒すために勝敗を急いだが、圭も救えない。バネも逃した。結果として何もなすことができなかった海里は隣に立つ木を悔し気に殴る。


 「――あ、あの…」


 「……」


 「たま、に、作見と、一緒にいま、はぁはぁ、すよね?」


 圭は最後の力を振り絞りながら、言葉を交わす。話すうちに目から光が消えていく。


 「こ、これを……」

 圭は内ポケットに入った、ヘアゴムを取り出し、海里はそれをそっと受け取る。


 圭は贈り物が渡せたと思い、上げた右手が崩れ落ちるように倒れ、静かに目を瞑る。そして、口元が少し笑っている気がした。

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