19話:不穏な足音
午後3時半過ぎ、東京都内を歩く少女は人混みにうんざりしながら足を歩かせる。
高層ビルが並び立つ街並みに見下ろされながらも、一つのビルを見上げる。
千咲はそのビルに入ってすぐエレベーターに乗り、5階のボタンを押して上がっていく。
エレベーターの扉が開き、青い絨毯の空間に足をつける。側から見ればただの広いオフィスだろう。
部屋で仕切られたそのオフィスからは話し声が聞こえてくる。この桐生ビルの5階こそが魔術師の東区域の拠点である。
といっても、戦闘員はそこまで出入りするところではない。ここいる人のほとんどが技術部の人間だ。
ではなぜ、千咲は今回足を運んだかというと、ある人に会いに来たのだ。
千咲は、左に一直線に進んだところにある扉に手をかける。扉越しに感じる大きな魔力になまじ手が震える。
扉を開けると中には、円形の白く大きな机の周りに並べられたオフィスチェアが数個置いてある。
そして、入って正面の壁側にはテレビが付けられている。
「お疲れ様です」
千咲は部屋に入ってすぐに2人に挨拶をする。
ドアの正面にある椅子に座っていたのはクリーム色の短髪にサングラスをつけた、イカした男性と、藍色の長髪を後ろで束ねた淑女が仲良さそうに話していた。
「おー来たか!」
男は陽気に手を挙げる。
「学校も行って大変だね〜」
千咲の制服姿を見た女性は机に肘をつけながら言う。
「すいません。急に呼び立ててしまって」
「構わねぇよ。千咲の頼みならいつでも飛んでくる」
「ありがとうございます」
千咲は目と口をにんまり笑わせる。
この場に東の六要が集まる。
男性の名は――西早阿月。六要の中でも最古参のメンバーであり、かなりの武闘派だ。
そして女性の名は――西早陽菜子。彼女は、一つ空いた東の席を代理として埋めてくれている。お淑やかそうに見えて意外と破天荒なところもある。
この2人は結婚しており、子供も2人いる。
そのうちの一人が西の六要――西早星一だ。
「千咲ちゃん招集かけるなんて珍しいね」
陽菜子は取り出したタバコを咥える。
「北海道で何かあったのか?」
阿月は目つきを変えて千咲を暗そうな顔つきを眺める。
「はい……任務の途中で秋人さんに会いました」
「なっ!?」
阿月は声を上げて驚き、ライターの火をつけて陽菜子は大きく目を開けて固まっていた。
「――シカバネってことか?」
「……そうです」
「戦ったのかい?」
陽菜子は白い煙を吐いて言う。
「片腕は切り落としましたけど、逃しました」
「そっか〜秋人が〜そんなことになってたか」
阿月は仰け反りながら両目を手で押さえる。
「私が戦っていたシカバネを回収するために来たって言ってたので、前々から議題にもなってる組織化の話は現実味を帯びてると思ってます」
「秋人くんクラスが何人もいるなら、相当厄介だね」
陽菜子は灰皿にタバコを置いて腕を組む。
千咲は2年前の元日を思い出す。あの日の夜明け前に赤い鉢巻きをした図体のでかい男性に引きずられる秋人の姿を。
「なんにせよ、このことは西と本部にも共有しておく必要があるな」
亜月もタバコを咥えて火をつける。
「西には今度の会議の時でいいでしょう。本部にはすでに師匠に伝えてます」
重い声で千咲は話を終える。
(けむい)
部屋中に広がるタバコの煙を気にして千咲は鼻の前で手を横に振る。
「そういえば、北海道には海里も来てたんだろ?」
阿月は切り替えて世間話をする。
「えぇいましたよ」
「なのがうるせーんだよな。海里に会わせろって」
身振り手振りしながら阿月は笑っている。
「初めて会った後からずっと海里くんのこと言ってるよね〜」
タバコを灰皿に擦りながら、陽菜子は嬉しそうに話す。
「あぁーそのことなら海里に言っておきましたよ。なのが会いたがってるって」
「そうか! まぁ会議の時にでも家に呼ぼうかと思ってたし、なのも喜ぶだろうな」
「おっと、もうこんな時間か」
陽菜子が2本目を取り出したところで腕時計の時間は日の入りに迫っていた。
「おっそうか――じゃあ俺らはいくよ。また会おう」
背を向けたまま阿月は手を振って歩いていく。
「いつでもご飯食べに来てもいいからね!」
陽菜子も笑顔でそう言い残して、阿月の後を追う。
「ふっ……まったく、あんたの親たちは愉快だよ。なあ星一、お前今何してるんだ……」
そして千咲も荷物をまとめてビルを跡にする。
◇
一方その頃、滋賀県のとある市では商店街を歩きながら色々物色していた。
圭は肉まんを食べながら見て回り、作見へのお土産を悩んでいた。
歩いているとある出店が圭の足を止める。
「おっ! これいいかも!」
そこには、紐にできるお店があった。
「ミサンガとかもありだな〜」
「一つどうだい?」
興味を示す圭にお店のおばちゃんが声をかける。
「ん〜あっ!」
圭は作見が髪を紐で束ねていることを思い出す。
「おばちゃん! これって髪とかも結べるの?」
「髪? それならこれだね。色を選んでくれれば作れるよ」
と置いてある紐とゴムを手に取って見せる。
「じゃあ、この薄いピンクで!」
「あいよー」
圭は作見へのお土産も決まり、とあるラーメン屋へ向かう。
圭がこの地に来た理由の大半はこのラーメン屋だ。京都や大阪にもなく、一番近いとされているのがこの場所だ。
開けた大通り沿いに位置し、隣には大きめの本屋さんもある。圭は店前まで来たところでその行列に圧倒される。
「おお、すげぇ」
圭はその列の最後尾に並んで早30分――遂に食券の機械の前までたどり着く。
このお店で有名なのは味噌ラーメンだ。そのほかにも醤油や塩など、メニューも豊富で圭は吟味しながらお金を入れる。
結局は王道の味噌ラーメンを選び、赤い机の席に着席する。数分待ったところでラーメンが届き、はじめにスープを一口飲む。
濃厚な味噌スープの中に豚骨も感じる最高に味わい深いスープである。これは冬や深夜に食べたくなる味だ。
圭はラーメンをあっという間に完食し、外に出るともう暗くなっていた。
駅へと歩き、ヘアゴムを見ながら作見の喜ぶ姿を思い浮かべてニヤける。
駅のホームに入ったところで、尿意を感じてトイレへと駆け込む。
すると端っこで小さく蹲る男性がいた。
圭は気にせず用を足し、外に出ようとするが、心配して声をかける。
「あのー大丈夫すか?」
圭が声をかけた瞬間――その男は振り向いて圭の首を掴む。
「うっぐっ!」
圭が男の腕を剥がそうと抵抗し、男の腕に爪が食い込むが、男は動じない。そして、視界がぼやけ始めたところで、男は手を離す。
「こほっごほっ! ふぅー意外とうまく行ったな」
圭は咳をした後口調が変わる。
首を絞めてきた男は抜け殻のようにその場で倒れている。
「当たりでもないが、ハズレでもないか……」
そして圭は外に出て、電車に乗って家へと帰宅する。




