16話:pain
作見と海里は暇そうに待ちながら月を眺めている。たが、そんな時――後方から足音が響いて聞こえてくる。
しかし、その足音が2人に聞こえてくることはない。ウカノは歩きながら近づいていき、落ちていた鉄パイプを拾い、2人の後ろに立つ。
そして、大きく振りかぶった鉄パイプを作見の脳天に振りかざす。
カンッと甲高い音が院内に響き渡り、ウカノは笑みを浮かべる。だが、その表情は一瞬にして崩れ去る。
海里は棒を持った左手を伸ばし、振りかざした鉄パイプを直前で止めていた。
「うぉっ! 健悟さんいたんですか!?」
頭上でとんでもない音が鳴り、作見は前に飛ぶ。
海里は静かに立ち上がり、そっとウカノを見る。
「どういうことだ? 千咲はどうした?」
冷たい目で海里は問う。
「気づいてるなら声かけてくださいよ」
ウカノは、健悟の話し方で話す。
「………」
海里はその言葉にムッとする。
後ろに立たれた時点で海里は気づいていたが、あまり話したことのない健悟にどう話しかけるか悩んでいたのだった。
「そっちはもう終わったんですか?」
作見は立ち上がって服についた埃を払い、一歩前に出たところで、海里は止まるよう右手を出す。
「お前誰だ? 明らかに魔力の質が違う」
棒をウカノに突き立てて鋭い目を向ける。
「ふんっ、人間だよ」
ウカノはそう言って、距離を詰め、残り2体の分身も後方から突撃させる。
「ええっ!? 健悟さんがいっぱい!?」
海里は先に突っ込んできた1人の拳を避け、足をかけて転ばす。そして後の2人が飛び込むように向かってくるが、体を沿って1人は回避し、もう1人の顔面を足の裏で蹴り飛ばす。
ただ足の腹で優しく触れただけともいえるその蹴りからは想像できないほどウカノは吹っ飛ばされ、暗い廊下に消えていく。
「この2人は僕がやる。そこにいるやつを倒しておいてくれ」
転ばした1人目の背中に棒を強く立てた後そいつの足を持って、飛んでいったやつを海里は追う。
「はっはい!!」
作見は、両手に魔力を集中させ、残った分身と対峙する。
目からハイライトが消え、魔眼を発動させた作見は、でたらめに殴りかかってくる攻撃を全て避け、拳を顔面に突きつけた。
「へっ、効かないね」
涼しい顔でウカノは作見の腕を掴んで並んでいる椅子に放り投げる。
埃が舞い、立ち上がった作見は、
「手応えがなかった、どう言う仕組みだ?」
ぺっと血を吐いて呟く。
2人は睨み合いながらも動かない。
◇
海里は1人の分身を引きずりながら暗い廊下を歩く。
「おいっ!! 離しやがれ」
元気になってきた分身を海里は揺らすように引きずり、床や左右の壁に打ち付けるようにさらに歩く。
するとその分身は灰のように消滅していった。
そのことに途中で気づいた海里は、掴んでいた方の手を見て、2回ほど握る動作をして頭を傾げる。
その瞬間――暗闇の中、背後からもう1人の分身が忍び寄り、ナイフを背中に突きつける。
しかし、海里はそれを前を向いたまま、右手で分身の腕を掴んで止めた。
「なんだと!?」
「見えてるよ」
そう言って海里は、そのまま分身を壁に打ち付ける。
魔力が垂れ流にして動く分身体の魔力を感じ取ることで海里はこの暗闇の中でも動きを読むことができる。
そして間髪入れずに右ストレートを叩き込む。
分身は何重もの壁をぶち抜いて瓦礫と共に飛んでいく。
「クソッ、ダメージが吸収率を上回ってる」
ウカノの使う魔術――吸収は触れたものを吸収する特性もある。戦闘でのダメージを吸収して痛みを感じさせなくしたり、逆に蓄積したダメージを相手に返すことができる。
先の戦闘で作見のパンチが効かなかったのはその効果だ。しかし、一度に吸収できるダメージ量には限界がある。
ウカノは健悟の記憶から海里の魔術を探す。
健悟は以前千咲から海里の魔術について教わっていたことがある。
「ははっ、見たところで対処できるもんでもないか……」
そう吐き捨てた分身は、塵となって消えていった。
「魔力が消えた……」
ぶち抜いた壁を歩いていた足を止めて、引き返す。
◇
考えることをやめた作見は手応えがないにも関わらず殴り合いを続けていた。
魔眼のおかげで攻撃を先読みすることができ、攻撃が当たることはない。運動能力、魔力量は作見に軍配が上がる。
今作見にできることはこれしかなかったのだ。
「いい加減倒れてくれよ!」
「その程度じゃ倒れねーなぁ!!」
魔眼によって左腹部に赤い線が見えた作見は突っ込んできた分身を左足を後ろに下げて回避し、そのまま左足で膝蹴りを腹部に入れる。
「がばっ!!」
手応えを感じた作見は自分でも驚き、そして、少し笑う。
「まさかっ――本体の限界が!?」
分身は急激に焦りを始め、後ろに下がって距離を取る。
だが、作見はすぐに距離を詰め、右手に魔力を集中させる。
額に線が見えた作見は重心を落として相手の拳を避け、貫くような拳を叩き込んだ。
その接触の音は重く、病院内にドォォンという低い音が響き渡る。
そしてその分身は消滅していく。
「終わったか?」
後ろから海里が近づいてきていた。
「なんとかなりました」
「そっか、とりあえず3階に行こう」
◇
割れた窓ガラス、外されたドア、そんな隙間から差し込む月明かりに照らされた3階は静寂に包まれていた。
千咲は跪くウカノの首元に剣を突き立てる。
「どうして……」
すでに満身創痍のウカノは自分の魔術の使い方を間違い悔やむ。
分身の受けた吸収率を超えたダメージは本体であるウカノ自身に降りかかる。海里のダメージ、そして千咲相手に10人以上の分身を殺されたウカノは信じられないほどの痛みを受けることとなった。
「言い残すことは無いな」
千咲はウカノの虚ろな目を見て言う。
「足掻く気力も……ないさ……」
「そうか……」
千咲は剣を振り切ろうとしたその時——天井が底抜けて誰かが落ちてくる。
後ろに下がり、瓦礫を回避する千咲は目の前の人物に目を奪われてしまう。
そこには長い紫色の髪を上げた黒いコートを羽織る男がいた。
「――秋人さん?」
「あー違う違う。それはこの体の名前だ。俺の名前はタバノね」
そこには2年前、行方不明になった東の六要――長谷川秋人の姿だった。
千咲は震えながら下を向く。
そしてタバノの顔を見る。
「あー別に戦おうってわけじゃ無い。お前とやっても勝てないからね。今はこいつを回収しにきただけ」
と持ち上げたウカノの手を振って言う。
「そうか……」
そう言った千咲はウカノの手を持ったタバノの手を切り落としていた。
「なにっ!?」
全く見えなかったその太刀筋に驚愕しながら切られた腕を押さえる。
血がこぼれ落ちる音だけがその場に残り、千咲は近づく。
「なんてことだ、こんなつもりじゃなかったのに」
タバノはそう言い残して、落ちてきた天井から撤退する。
だが、千咲はそれを追わなかった。
そして、再びウカノの首元に剣を突き立て、目をそっと見つめる。
ウカノは穴の空いた天井から差し込む月明かりを眺めながら思った。
次生まれ変わるのなら――人間から生まれたいな。
そして、静かに剣を振り切った。




