9話:恥をかくということ
静かな暗い夜――明かりがないこの場所では周囲の木々は不気味に揺れ生えている。
だが、その場に一寸の日が差し込んだように、まるで炎のように、顕現した。
「これが……」
司にとっては初めての極式。
今まで死ぬかもしれないという状況はあったが、助けられてのことばかりだ。
初めて死というものに覗かれた気がした。
だがその状況により、司の閉じていた蓋が初めて外れる。
「な、なんだ!? あの赤い魔力は!?」
シカバネは尻餅をついたまま殴られた頬を左手で押さえる。
とてつもない存在感にシカバネはもちろん、作見までもが黙り込んで釘付けにされていた。
司自身が極式に至ったことを理解したその時——自分に何ができるか、自身の能力の広がりが脳内に刻まれる。
シカバネは立ち上がって口からこぼれる血を薙ぎ払う。
「どうなってやがる。魔術は解除していないはずだ」
シカバネは徐々にイラつきながら吐き捨て、分析するが司が動ける理由が見えない。
自身で解除したわけではない。作見が動けていない時点でそれが証明されている。
解除されているなら、再び触れればいいだけだ。
そう思ったシカバネは拳握って距離を詰める。
しかし、シカバネの攻撃が当たることはない。
司の体術の前には無力と言っていいほどに手も足も出ない。
打って変わって、今度はシカバネが雨のように拳を喰らうこととなる。
単純に経験の差が顕著に現れた攻防――不意打ちでなければ攻撃どころか触れることもできない。
極式に入った司なら尚更のことだ。
だが、シカバネも簡単には諦めない。司の凄まじい打撃を喰らいつつ、意識が朦朧としてくるまで考えをやめなかった。
攻撃を喰らっているということは、接触は成立する。触れることが発動条件――ならば手で触れる必要はない。
(これしかないっ!)
そして、司も決めにかかる。シカバネの顎を殴り上げ、右手に魔力を集中させた拳を腹部に繰り出す。
「グゴッ」
まさに渾身の一撃がシカバネの腹部を捉え、司の拳が少しめり込み、赤く染まる。
ペットポトルが満タンになるほどの血を吐き散らした男はニヤリと不気味な笑みを浮かべる。
「ここだっ!!」
「うっ!?」
司はこの時身体中に痺れたような感覚が広がる。
(これで、形勢逆転だな)
少し気を緩めたシカバネは息を切らしたまま司を見下ろす。
息を整え、拳を構えたシカバネは(危なかったな)ともう反省をして、自分が買った気になっている。
拳を振り下ろした瞬間――司の蹴りがシカバネの頭を揺らす。
(なっ、なぜだ!?)
木に打ち付けられたシカバネは、目を大きく開いて困惑する。
麻痺の魔術は間違いなく発動された。しかし、相手は動いている。
次の手を打つために頭をフル回転させるが、打開策ではなく、司の言葉を思い出す。
魔力を曲げることができる。作見に説明した内容だ。
(まさか!? 曲げたのか!? 俺の付与した魔術そのものを!!)
驚愕の表情で最悪の答えに辿り着く。
もはやその思考に辿り着いたシカバネに打つ手はない。間合いを詰められたシカバネは胸に銃を当てられる。
そして、冷徹な表情司は引き金を引く。
極式の赤い魔力となった魔力弾は今までとは桁違いの威力で飛び、まるで火球のようにシカバネを貫通する。
「ふぅーはぁー」
深く深呼吸をして振り返り、司は作見の元へ歩く。
司が銃を打つ前にシカバネは魔術を保てず、作見の麻痺も解けていたが、司の戦闘に心を奪われていた作見は解除されているのに今気づく。
「司くん!」
そう言って、作見は司に近づいて行ったが、背後に最後の力を振り絞って襲い掛かろうとするシカバネの姿があった。
「後ろに――」
ズゥゥゥン!!
シカバネの接近を知らせようとする作見だったが、途中で空から落ちてくる赤い魔力が、シカバネの心臓を撃ち抜く。
司は念の為に始めに撃った弾を曲げて空中で待機させていた。
「すご……」
圧巻の光景に作見は声が漏れてしまう。
「無事か?」
血まみれの司が言うセリフではない。
「俺より、司くんがっ!」
初めてこんな量の血を見た作見はパニックになりかけていた。
「お前が無事で良かったよ」
司は作見の肩を持ち優しい声で言う。
「でも、俺は……」
どうすることもできなかった作見は後悔と、何もできなかった罪悪感が込み上げてくる。
「2日目でシカバネに遭遇するのは、運が悪い。何もできなくて当然だ」
「俺は正直、怖かったです。でも今はこれからも何もできないんじゃないかって思ってる自分が怖いです……」
作見は弱々しく震える声で言い、握っている拳に力を感じなかった。
「………恥だと思うか?」
司は一点に作見の目を見て言う。
「それは、思ってますよ……」
「なら作見は強くなれる」
「えっ?」
「今本当に凄いやつってのは、皆んな何回も恥をかいてるはずさ。その失敗や経験が、今の自分を作ってる。だから、何度だって恥をかけばいい。そうやって人は前を進んでいくんだ」
その言葉に、作見の瞳がきらりと光る。
「はい!!」
そんなこんなで、日が登ってくる。
「もうこんな時間か! 帰ろう!」
こうして作見の怒涛の1日が終わる。だが、これから待ち受けるのはこんな優しいものではない。




