6話:バネ
――午後7時、2人は街を徘徊している。
人の多い交差点に立つ2人は、人の流れを観察しながらバネを探す。
すると司は作見に一声かける。
「あれを見てみろ」
そう言われた作見は司が指を刺した方に目を向ける。
そこには、黒い煙のような玉が通行人を品定めするように、人の周りをまとわりついては、次の人へと標的をシフトチェンジするように動いていた。
「あれが――バネですか……」
作見がそう聞いた時には、司はすでに動き出していた。
黒い手袋を右手に装着して宙に飛び、通行人にぶつからないように右手で黒い煙に触れる。
触れた瞬間――まるで氷が一瞬で溶けたように黒い煙が消失した。
作見はすぐに駆け寄って言う。
「周りの人は俺たちのことが見えてないんですか?」
司の一連の流れを見て疑問に思ったことを問う。
「あぁー言ってなかったっけ? 今着ているこの黒スーツは、うちの技術部の特注品で、魔力がない人には見えにくい術式が組み込まれてるんだ」
黒い手袋を外して、上着を両手でひらひら触りながら答える。
「てか、ちゃんと見てたか?」
司は一心に作見を見つめる。
「見てましたよ。感想としてはこれだけ? って感じです」
「これだけってって言うけど、これをするだけで何人もの命が救われているんだ。決して軽いもんじゃない」
司は作見の頭を軽くチョップしながら言う。
「……」
チョップされた頭抑えながら作見は司の言葉を重く捉えていた。
「何事も経験だ。作見も見つけたらじゃんじゃん触れに行ってくれ」
こうして2人は、日の出まで捜索を続ける。
路地裏にバネを発見した作見は、司と同様の動きをして、バネに触れることに成功する。
「何となく慣れてきたな」
魔力の使い方がわかってきた作見は小声でボソッと呟く。
(やっぱ、たいそうな事をしてる実感はないな……)
そんな事を思いながらも、作見は動き続ける。
夜も更け、人の数が少なくなってきた頃、2人はある場所へ向かう。
それは――病院だ。
人の数が減った外を散策より、人の集まった室内を見て回るのが日の出の2時間前のことだ。
「強い肉体を狙うんじゃないんですか?」
病院にいる人たちを狙うとは思えなかった作見は質問する。
「まずは肉体をって考えのやつもいるらしいから、念のためだよ。それにシカバネになるとその肉体は老いが止まる」
「不老ってことですか?」
「まあ、そうゆうことだ。だから、病人といって狙わないことはない。だから、人が少なくなってきたら、病院とかホテルとかを見て回る」
「なるほど……」
とまぁそんな事を、大きな病院の前で話している。
「入ろう」
司はそういって歩き出した時に作見は言う。
「入り口って空いてるんですか?」
「いや、当直の人が出入りするとこから入ろう」
その言葉に納得した、作見は司について行く。
病院に足を踏み入れた2人は1階から順に暗い廊下を歩きながら、バネがいないか見て回る。
「シカバネには出くわさないですね」
歩きながら、作見は不意に聞いてしまう。
「そうだな。まぁ俺の感覚では1ヶ月に数回程度って感じかな」
「やっぱり、強いんですか?」
知らなすぎる作見は質問が止まらない。
「強いし、不気味な感じだよ。実際何回も死にかけてる」
「それは、やばいですね……」
そう返した後2人は2階へと上がり、沈黙が数分続く。
しかし、作見は気になっていた事を思い出す。
「言美って何で、声が出ないんですか?」
「………………」
無視された。そう捉えてもおかしくないほどに返答が返ってこない。
「司さん?」
「あぁ――悪い」
司は振り返って作見の方を見て少し微笑む。
その笑みを見た作見は、作り笑いというのが、すぐにわかってしまう。
何かがあったのだろう――自分を誤魔化してしまう程に。
そしてまた、数分沈黙が続くが、司は話しを始める。
「2年前の大晦日から元日になる瞬間に、まるで示し合わせたかのようにバネが大量に出現した時がある」
「…………とんでもないじゃないですかそれ」
作見は少し言葉を失うが、なんとか返答する。
「それに加えて、シカバネもかなりの数が全国で猛威を払ったんだ。その時の戦いで、言美は喉を酷く損傷した……」
「………」
「決して治せない傷じゃなかった。だけど、相手のシカバネの魔術が呪いを付与するもので、その呪いのせいで声が出せなくなったんだ」
「――そんなことが……」
2年前のことを話す司だったが、それが自分自身の目の前で起こったことだということは言わなかった。
その話を聞いた、作見はふと思った。
「一般市民の人はどうしたんですか?」
「魔力のない人をある空間に瞬間移動させる、緊急事態用の策はある」
「じゃあ、俺もその空間にいたってことですか!?」
でかい声を出しそうになるが、なんとか抑えて声を出す。
「そうなるな」
ある空間といっても、現実の世界と同じ風景をした場所であることから、一般市民のパニック引き起こさないよう、技術部が努力してくれた。
2人の会話が終わる頃には病院内の全階の見回りは終わり、バネと遭遇することはなかった。
「そろそろ日の出だし、帰るか」
最上階の見回りが終わり、帰るよう司は作見に伝える。
「バネ、いませんでしたね」
「いないならそれでよしだ」
2人は病院の外に出て、高校裏の山を目指して歩く。
山を登って、マイホームが見えてくる。中に入り、靴を脱いだところで、いい匂いがしてくる。
リビングの戸を引いて開けた目の前には言美が朝食の準備をしてくれている。
俺たちが帰ってきたことに気づいた言美はテーブルに置いてあるスケッチブックを両手で持って見せる。
それにはこう書いてあった。
「お か え り !!」
「おう、ただいま!」
作見は手を振って返す。
司は少し口元が微笑み、
「ただいま」
と吐き出すように言った。




