1話:世界に出会した日
――新学期の春。
高校1年生になる柏木作見は通学路をだるそうに歩いている。
同じ制服を着ている人がちらほら周囲を歩いている。同じ新入生だろうか。
春風が吹き荒れ、桜の花がひらひらと散る中、作見のくすんだ黄緑の髪も揺れる。
「今時こんな制服あるか?」
青色のネクタイをいじりながら言う。
ファッションに興味があるわけではないが、黒のブレザーとズボン、白シャツの2色だけの制服の愚痴を脳内でこぼしているうちに正門に辿り着く。
京都東院高校。関東出身である作見がこの学校を選んだのはあるトラブルがあったからである。
それは喧嘩だ。
基本温厚的な作見だが、中学卒業前に暴力事件を起こした。
クラスメイト3人に危害を加え、進学予定だった高校に行けなくなり、飛ばされるように関西に行くことになる。
今までそんなことをしたことなかった作見の評判は瞬く間に周囲に知れ渡る。
その人のイメージから離れた行動というものは、拡散されるのも早い。
だが、作見はこのことに関して後悔はしていない。自分では間違ったことは何一つしていないと、その思いを貫いている。
ピロティに貼り出されているクラス発表の前に人だかりができる。
「3組か……」
この中から自分の名前を見つけるのは至難の業だ。しかし、遠目で見ていた作見はすぐに自分の名前を見つけて教室へ向かう。
教室に入ると席表が教壇の上に置いてあった。
「窓際の一番後ろの席か」
席表を見た作見は自分の席に着席して、肘をつきながらボケっとしながら窓から外を眺める。
次第に他の生徒達が着席していったところでチャイムが鳴り、担任の先生が入ってくる。
「はーいちゅうもーく」
全員が着席したことを確認した先生が視線を集めるように声をかける。
「入学おめでとうございます。このクラスの担任になった朝川静香です。これから一年よろしくお願いします」
特徴的な丸メガネをかけて、茶色い髪を後ろでまとめていてすごく綺麗に見える人だ。
「この後入学式が体育館であります。その前に皆さんの自己紹介を名簿順にお願いしたいな〜」
距離の近い口調で先生がそうお願いした。
そして名簿が一番な人から席を立って順に自己紹介が始まる。
自己紹介が始まって順に話していくが、作見は聞く耳を持たず、今も机に肘をついて口を手で覆いながら外を見ていた。
すると前の席の人が立ち上がる。
「次が俺の番か」
自分の順番は把握しておかねば、視線が集まる。そう言うことは嫌だったから、作見は前の人の自己紹介は聞くことにする。
しかし、立ち上がっているが一向に話さない。
「どうしたんだ?」
そう思いながら、前の人を見上げると、両手にスケッチブックを持っていた。
その紙が教室全体に見えるようにゆっくり左から右へ、そして作見の方へ見せる。
その紙には大きな字でこう書かれていた。
(声が出ません)
教室全体がざわめく。
薄く赤みがかった髪を肩まで伸ばし、包み込むような優しい表情をした女の子を見た作見は一瞬その子から目が離せなくなっていた。
その女の子はページをめくって次の文字を見せる。
(桜花言美です。好きな食べ物はラーメン。よろしくお願いします)
そうして言美は着席する。
声が出ない辛さは作見にはわからない。だけど、可哀想だと、そう思ってしまった。
作見の番が回ってくる。言美の後だと面白いことを言う気分にもなれない。無難な自己紹介を済ませて着席する。
クラスメイト全員の自己紹介が終わり、体育館へ移動する。つまらない入学式が長々と続き、作見はとっくに飽きていた。
入学式も終わり、普通なら友達を作る時間だろう。言美のことが気になっていたが、すでに何人かの女子生徒が言美の周囲に集まっていた。
声をかけようと思ったが、その光景を見た作見は時間がかかりそうと思い、放課後は京都の街を見て回ることにする。
作見が通う京都東院高校は京都市の左京区に位置し、観光名所が多い場所でもある。
「げっ」
学校の外に出ると多くの観光客で賑わい、人が密集していた。
人混みが得意ではない作見はため息をついて、歩きながら考える。
「今日はもう帰るか……」
本来は自転車で通う予定だが、買うのを忘れて今日は徒歩で来ていたため、歩いて帰る。
ボロいアパートの一室を借りて一人暮らしをする作見の部屋は学校から徒歩30分と少し遠い。
家に着くと鞄を放り投げて、狭い部屋に敷かれている布団に頭を突っ込む。布団ふとんから畳の匂いと歴史の長そうな木の匂いがした。
「疲れた……友達とかできる気しないな」
布団の中で呟きながら、手を頭の後ろは回してゴムでくくっていた髪を解く。
布団に飛び込んだせいで作見は眠くなってくる。まだ13時過ぎだというのに昼寝を始めた。
◇
「最悪、めっちゃ寝てた」
作見が目を覚ました頃にはもう19時を回っていた。
立ち上がって玄関横にある冷蔵庫を覗くが、水しか入っていない。
「コンビニ行くか……」
目を細めながらそう呟いて、近くのコンビニに向かい、唐揚げ弁当とインスタントの味噌汁を買って家に戻る時――街灯の光が届きにくそうな路地裏で大人が二人取っ組み合っているのが見えた。
いつもの作見なら見なかったことにして、通り過ぎるが、なぜかこの時あの光景を思い出す。
気になって覗いた時には、すでに一人は倒れていた。
「おっさん! 何があったかは知らないけど暴力はダメだぞ」
立っていたおっさんにそう言うが、自分が言えた口ではないと心の中で思う。
それ以外にかける言葉が思いつかなかっただけだ。
「……」
「っ!?」
立っていたおっさんは作見の言葉に耳を貸さず、いきなり襲いかかり、作見の首元を掴む。
(いきなりなんだよっ!?)
思い切り首を握られ声が出せない。
コンビニの袋を落として両手でおっさんの掴む手を握る。
だが、思うように力が出ない。
(なんで、こんな目に……)
厄介ごとには首を突っ込まないようにしよう。そう思っていたのに。
口から唾液がこぼれ、次第に意識が遠のいていく。
(声が出ないって……こんな感じなのかな)
自分の心配ではなく、作見の頭の中には言美の姿が映っていた。
おっさんは大きく口を開ける。
すると黒い霧のようなものが現れ、作見の口の中へ入っていく。
そしておっさんはその場で倒れ込み、作見は身体を震わせながら笑っていた。
「へへっ。こいつは当たりだな」
そこにはまるで別人の作見がいた。
「クソッ! 間に合わなかったか!」
路地裏の出口にスーツを着こなした一人の少年が駆けつける。
「あ?」
作見は振り向いてその少年を睨みつける。
持ち手に白い紐がついている紫の棒を持った少年は言う。
「すまない」
「こりゃいい。この力でお前とどの程度やれるか試そうじゃないか」
作見は意気揚々と話し、拳を構える。
少年も棒を構える。
その時――作見は顔つきを変えてこう言った、「あれ、生きてる?」
スーツの少年も作見を見て少し動揺する。
「なあ、あんた――」
作見が何かを言いかけた瞬間とてつもない頭痛が走る。
「いだっっ! くっ、おぉぉぉぉ!!!!」
頭を抱えながら作見は全身に力を入れてしょんべんの要領で身体の中から黒い霧を排出する。
「マジかよ」
スーツの少年はそう呟いて、その黒い霧を瞬時に触り、黒い霧が消失した。
「はあ。はぁ」
膝に両手をついて息を切らしている作見にはスーツの少年はこう聞いた。
「君、何者だ? バネを自力で跳ね返せる人なんて見たことない」
「何者って、そっちは何者なんだよ?」
顔中汗まみれの作見は顔を上げて質問を質問で返す。
「僕は鳴瀬海里――魔術師だ」




