52話:母
薄緑の空間を行き来しながら、実験台にされていた人たちを運び出している星一たちは、効率の悪さに嫌気が刺してくる。
実験隊にされた人たちは意識はほとんどない状態で動くことができない。
50人以上いる人たちを4人で一つの出口から救出するのには時間がかかった。
そんな時――トゴォォン!と凄まじい衝撃と音が響き渡る。
担いで移動する星一とエレサは立ち止まり、周囲を警戒する。
「なんの音ですか!?」
爆音を聞いたエレサはオドオドしながら周囲を見渡す。
星一は静かに立ち尽くして、一言呟く。
「ラスカの魔力が消えた……」
「ッッ!? ということは……」
星一の方を向いて食い気味エレサは聞いてくる。
「ああ。フキたちが勝ったんだ!」
それを聞いたエレサは息を漏らすように晴れた表情で不安が消えていた。
「星一くん!」
ラスカの魔力が消えたことを感じた響が星一の元へ駆け寄る。
「感じたかい?」
「ええ。フキもクラネもセナも無事そうですね」
冷静な面持ちで星一は会話をしているが、誰も欠けることなく帰れそうで内心ホッとしている。
「うん。なら2人は魔術と魔法を使って王城側の出口を使ってくれ。2人の力なら一気に救出できる」
「おっけーっす」
そう言って星一は王城側の出口を目指す。
「救出した人はエリュシオンの周囲の人が回収してくれると思うので、寝かしておいて問題ないです」
星一を追うエレサは去り際に助言する。
「了解」
響はそう言ってセンリと持ち場は戻る。
星一は重力で軽くして人々を運び出し、エレサは出口を案内をし、実験体にされた人たちの救出を急ぐ。
◇
フキはラスカとクラネが激戦を繰り広げた戦地をゆっくりと上昇していく。
埃が舞い上がっており、冷たい風がヒューと音を立てながら突き抜けるこの洞窟を通る。
フキは考えていた。
何を話すべきか、話を聞いてくれるのだろうか。
そんな思いが脳内を巡るが、言いたいことを言に行くだけで様々な文句が思いつき始めていた。
研究室まで戻り、奥の扉を進む。
そして、その奥にある階段を上がると赤い床にクリーム色の壁をした廊下が広がる。
左へ曲がるとすぐに階段が現れ、ゆっくりと上がっていく。
なぜだが人気はない。まるで導かれているようにすら感じる。
階段を上がると大きな扉が目の前にあり、そっと右手を扉に当てて立ち止まる。
フキは目を瞑りながら息を整えて、覚悟を決めた。
扉を開けると開けた空間に出る。赤い部屋――一言で言えばそう答えるだろう。申し訳程度のクリーム色が赤い壁や床に線が入っている。
そしてその奥に赤と金色が混じった玉座が置かれ、そこに――父が堂々と座っていた。
フキはゆっくりと進み声を上げる。
「ただいま」
その言葉を聞いた王、フキの父はこう返す。
「やはり、根を上げて帰って来たか……」
「あ?」
一気に目に力が入り、鬼の形相で父を見る。
「冗談だ……」
その声からはメルベリアに来た時のような威圧感はなく、弱々しい声だった。
その声を聞いた俺は、様子がおかしいと何かを察す。声は掠れ、白髪も増えていた。
「すまない……私は間違えた」
瞳に涙を浮かべながら溢れるように言う。
「――何を?」
「全てだ」
懺悔しているのかもしれない。全てがうまくいかなかったことを。俺を山脈に追放したこと。
魔術師に唆されたこと。非道な研究をしていたこと。
色々予想はついていたが、ここまで弱りきっているとは思っていなかった。
「はぁ、じゃあなんでこんなことしたんだよ」
父は立ち上がり、前に立って話をする。
「リシャレを、妻を蘇らせたかった」
「母さんを!?」
母であるリシャレは俺が3歳の時に事故で亡くなったと聞かされている。
魔獣との戦いで命を落としたと。
息を飲み、俺は再び会話を続ける。
「人が生き返ることはない。わかってるだろ?」
「魔力には私たちの想像を超える力がある。追求すれば、死者を蘇らせることだってあると思ったんだ……でも、途中で気付いていたよ。無理だって。しかし、私は希望を持ち続けないと気を保てなかった。だから魔術師を名乗る奴にも加担した」
同情こそしないが、父の気持ちは十分伝わって来た。
「だからって、こんなことをしていい言い訳にはならないだろ!」
フキは声を上げて詰め寄る。
「それが私の罪だ。王の座も辞める覚悟だ」
色々文句を言ってやるつもりだったが、言う気にもなれなかった。
「はぁ、父さんの思いはわかったよ。でも研究所は破壊していくから」
フキはそう言って振り返り、部屋を出ようとする。
「待ちなさいフキ。お前に言わなければならないことがある」
「あん? なんだよ?」
心当たりなどなく、フキ少し緊張する。
「私とお前に血のつながりはない」
涙を拭い、真剣な表情で伝える。
「……はぁぁ!? どういうことだよ!」
言葉の意味が理解できず、少し固まり、そして声を上げた。
「言葉の通りだ。ある日、1人の女性を助けた」
久しく降っていなかった雨の日に、後の王である父とリシャレは王城の庭である1人の女性を発見する。
見つけた時にはすでに満身創痍であり、急いで治療に取り掛かった。
「その女性は子を宿していたのだ」
◇
王城の一室で新しい生命の声が響き渡る。
「生まれましたよ!!」
長く、艶のある綺麗な赤と鮮やかな朱色が混じった髪の女性、リシャレはその子を抱き抱え、顔を見せてあげる。
「男の子……ですか?」
出産した女性は絞り出したような声で聞く。
「そう! 男の子ですよ!」
「なら、名前は……フキと――」
突然だった。女性は幸せそうな表情で目を瞑り、息を引き取る。出産と同時に力を使い果たし天寿を全うした。
「っ!? ――ツキさん!?」
リシャレは泣きながら何度も呼びかけるが目を開けることはなかった。
フキを抱えながら後の王であるビルマに告げる。
涙を拭い、決意した目をして。
「この子は私が育てる」
◇
「私たちが助けた女性の子がお前だ」
「……」
急にそんな話をされても飲み込めるはずはなく無言でフキは立ち尽くす、胸が揺れ、鼓動が速まっているのがわかる。
「その女性の名は――ツキセ・ヴォルスーン」
「っ!? ――ヴォルスーン?」
その名前に全身が震え上がった。
「あのナギと同じ苗字だ。実際に関わりがあるのかはわからないがな。これだけは言っておきたかった」
返事はしない。フキは顔を上げて父の顔をまっすぐ見つめる。
数秒の沈黙が続いた後、そっと振り返り、ゆっくりと部屋を後にした。




