50話:蘇る本能
氷剣の一振りによって試行区の床が落ちる。
床の隅々が凍結し、崩壊するように。
流れるままさらに地下へ落下していく。
両手に短剣というほど刀身は短くないがナイフより少し長い剣をクラネは両手に持っている。
二人は華麗に着地し、見つめ合う。
まるで人形のように、ラスカは表情を変えない。
クラネは冷静にどう戦闘を進めるか思案する。
絶対的な格上、そんな相手を前に汗が止まらない。周囲に漂う冷気が私を冷やしてくれるかのようにまとわりつく。
そんなクラネをフキはじっと観察して空中に待機する。
「頑張れ……」
心の底から出た言葉だった。
クラネは剣を構え、一直線に突進する。
それに対しラスカは、何本かの氷柱を飛ばす。
空を斬るスピードで進む氷柱を見ても避ける素振りは見せない。
そのまままっすぐ進む。
そして、直撃する直前で氷柱は姿を消す。
それを見たラスカの瞼が動く。
闇魔法。それは全てを飲み込む魔法。物量、質量は関係ない――それはラスカの魔法でさえも。
踏み込みを強くし、一気に距離を詰める。
闇を纏った剣で斬りかかるが、氷剣で防がれた。
しかし、剣同士が接触した瞬間――氷剣は紙切れのように折れ、そのままクラネの剣はラスカの首を捉える。
だが、足元から氷塊を放出し、クラネは攻撃を中断される。氷塊は直撃するが、闇を纏っていたおかげで氷塊の中心を闇が吸収して分裂しながら飛んでいく。
「なんて魔力……」
遠くで感じただけで冷や汗をかくほどの魔力を至近距離で感じ、心の底から震え上がる。
「……どういうことだ?」
魔法が通じない、クラネに対して思わず眉をひそめながら疑問をこぼす。
一気に踏み込んで、もう一度距離を詰める。
クラネがたどり着く前に風の斬撃の雨がラスカに降り注ぐ。
直撃して土煙が舞うがダメージはたいして入っていない。
土煙でクラネを見失ったラスカは周囲を見渡す。しかし、感知できない。
「いいタイミング」
背後をとったクラネはそう呟いて、ラスカの腹部に蹴りを入れる。
「ぶっ!?」
身に纏う氷の鎧を剥がされ、後方に吹っ飛ぶ。
氷剣を地面に刺しながら減速するが、風の斬撃が休息を赦さない。
「ちょっとは効いててくれ」
氷の防御が外れた隙を狙ったフキだが、ダメージが通っている様子はない。
リロードが早すぎる。闇魔法によって氷が剥がされた素振りは見せない。
「なんとなくわかった」
ラスカは思う。
あの闇に触れてから数秒で魔法が消される。
つまり、初撃は氷で受けれるということだ。
魔法が消されるまでに時間差があることに気づく。
ならば――常に魔法を展開し続ければいいだけ。
「はぁ。一筋縄では流石に行かないか……」
クラネは思う。
なんでこんな奴と戦っているのか。
私が闇の魔法を使えるから?
私が頼みを聞いたから?
――違う。私は死んでもいいと思っていたからだ。
私には記憶がない。自分が何者かもわからない。
なんのために生きているのか、それすらわからない。
こんな力、欲しいなんて言っていない。
けど、自分の信念を貫いている人にたくさん出会った。
そんな人たちを見ていると、何もない私は少し苦しい。
――眩しい。こんな私に普通に接してくれるあなた達が。
様々な思考が脳内を何周もする。
今は、そんなあなた達の役に立てればと、そう思う。
こんなことくらいでしか、返せないと思うから。
生涯でも一度で十分なほどの相手。
捻り出したつもりで戦ったが通用しない。
万策尽きた。そう感じざるを得ない。
しかし、アイデアが湧き出る。
本能が教えてくれる。閉じた本能が開いていく感じがした。
純白の髪が黒く浸食されていく。
肩からマントのようにひらひらと黒いオーラを纏い、その中心に二つの円が描かれる。
その円から帯のようなものが突出する。
両手に持つ剣を重ね、くっつけて両刃剣のように握りしめる。
全体に闇が纏い、剣というより漆黒の槍だ。
「雰囲気が……」
眉が少し動き、ラスカは警戒を強める。
「姿が……変わった」
白い髪が特徴的だった、それとは逆に漆黒の外見になったクラネの姿にフキは唖然とする。
すでに薄暗いこの地下洞窟がさらに暗くなった気がした。
「あなたぁ! マヤセさんと戦ったことを覚えていますか?」
クラネから聞いたことのない大きい声で話す。
「……それが?」
睨みつけるように返す。
突進してくるクラネに対して氷剣で迎え撃つ。
ラスカは魔力を放出し続け、闇に触れても氷を保つことが出来た。
二人の撃ち合いの中会話は続く。
「あの戦いをどう思ってますか?」
「……」
「自分を慕ってくれた後輩に対して」
ラスカのスピードが上がる。苛立ちが隠しきれず攻撃が単調になる。
大振りになり、クラネは華麗に回避しながら、ラスカの耳元で囁く。
「あなたが、殺したんですよ」
「ッッ!?」
とてつもない剣幕で魔力を大放出した。
クラネを飲み込むほどの魔力が氷塊に変換され、地下洞窟の三分の一が一瞬で凍結する。
だが、漆黒を纏ったクラネは氷塊から散歩するように出てくる。
「悔いてるのですか?」
「黙れぇ!!」
「図星ですか……」
今まで感情を見せなかったラスカが、初めて冷静を欠く。
二人の戦いはこれから激化していく。




