40話:規格外
海に立つ女性の周りには、まだ見えるほどの冷気が溢れている。
「ラスカ?」
女性の姿をみたラヌイは不意に呟く。
あれは間違いなくラスカだった。何故メルベリアを攻撃するのか、ラヌイには想像もつかなかった。
海を凍らせることで足場を作り、一歩一歩と歩いた足跡から海が凍りついていく。海岸の手前で止まり、立ち尽くしたところからさらに海が凍っていった。
「メグリ、王を安全な場所へ頼む」
ラヌイは背を向けながらグリに頼む。
「君は……どうするんだ?」
額に汗を浮かべてラヌイに問う。
ラヌイは静かに振り返り、神妙な面持ちでメグリを見つめる。
「……わかった。避難が終わったら僕も行くよ」
そう言ってメグリは王と共に部屋を出る。
それを確認し終えたラヌイは、窓を開けて、両足を踏ん張れるように窓に立つ。
今のラスカは間違いなくメルベリアの……いや、世界の敵と認識したラヌイは戦闘態勢に入る。
腰に下げた刀を抜き、両手で握りしめる。
そして、身体中に炎を纏い、窓から踏ん張りをつけて蹴り飛ぶ。
まるで火球の如くラヌイは王城から凄まじいスピードでラスカの目の前まで飛び、刀を構えて斬りかかる。
ラスカの頭を真っ二つにする勢いで刀を振るう。上半身が燃え上がるように、ラスカは赤く染まる。
しかし、手応えを感じなかったラヌイは信じられない光景を目にする。
ラスカは振った刀を、氷化した左手の人差し指一本で受け止めていた。
「なっ!?」
驚きのあまりラヌイは声を漏らす。
ラスカは刀を止めた左手を振り払い、右手で拳を作り、氷化する。
刀を振り払われたことで体勢を崩したラヌイの顔面を氷化した拳で一撃を与えた。
「ぐっ!」
拳をもらったラヌイは一直線に吹っ飛ぶ。
パンチを喰らったラヌイの右の頬は青黒く腫れ上がり、血が浮かんでいた。間違いなく骨が粉砕しているであろう状態だ。
「あっ……」
凄まじい痛みがラヌイを襲うが、なんとか刀を地面に刺して立ち上がる。
ラスカは表情一つ変えずに、ラヌイを氷のような目で見据えていた。
右足を一歩踏み出したラスカは、ものすごい密度の氷塊を足から形成し、とてつもないスピードでラヌイの正面に氷塊が飛ぶ。
「はっ!?」
予想以上のスピードで迫る鋭い氷塊を目の前にするが、対応できずにラヌイを氷塊が埋め尽くす。
目を瞑り、死を覚悟したラヌイの目の前には木をバリアのように展開して凌いでくれたメグリが立っている。
「危なかった!」
そう言いながら、後ろにいるラヌイの状態を確認するため振り向くが、既に満身創痍のラヌイを見て言葉を失う。
ラスカの攻撃をかろうじて塞いだメグリも氷の破片が額を掠めて流血していた。
「おいっ!大丈夫なのかその顔!」
メグリはあまりに腫れたラヌイの顔面を治療魔法を使って直そうとする。
少し腫れが引き、なんとか話せるようになったラヌイは息を呑んで言う。
「どうする?」
「どうするって?」
メグリは質問の意味がわからなかった。
「あれは……間違いなくラスカだ」
「……」
メグリも内心はそう思っていた。だが心の底では、そうあってほしくないという思いに賭けていたのだった。
「倒すしか……ない……」
ラヌイ震えた声でボソッと呟く。
「でも……」
あの虚な目を見て、ラスカは明らかに正気じゃないとラヌイは感じた。なんとか無力化したいと考えるが、そんな次元の強さではなかった。
まさに規格外――それ以外に言葉が見つからない。
だが、戦う以外の選択肢はない。メルベリアの滅亡という最悪の展開まで予想できた。
二人は酷く落ち込んでいる。言葉にできない不安と恐怖を感じる。エルヘイムとの戦争もこんな気持ちでラスカは挑んだのかと考えると、当然の報いのように思ってしまう
「行こう!」
今はそんな考えを顔に出すべきではない。そう思い立ちラヌイは刀に炎を纏い、氷塊を斬り裂いてその場から出る。
メグリ続いて脱出し、ラスカを眺めた。
氷の王女。その名がピッタリ当てはまる、そんな威厳を放つ。
「接近戦は俺がする。メグリは援護してくれ」
「おう!」
木を生成して、ラヌイは先端に乗ってラスカの前へ移動する。
そして自分もある程度ラスカに近づくために木を生やし接近した。
王道の距離を保ち、鋭い木を5本作り出し、ラスカに放つ。
木がラスカに迫るが一向に動かない。ただ向かってくる木を眺めていた。
ラスカに直撃するかに見えたメグリ魔法は命中する直前で全て凍りつき、その場で全て崩れ落ちた。
そして、右手をメグリのいる方へかざし、人が埋まることができるほどの氷柱を放つ。
何かが飛んでくる。それも回避できない速さで向かってくると感じたメグリは、再び木の盾を作り出し、受けきる準備をする。
しかし、盾と氷柱が接触した瞬間に盾が凍りつき、ひび割れを起こす。
「えっ?」
盾は完全に崩壊し、氷柱はメグリ上半身を貫いた。
下半身だけが少しの間立ち尽くし、そして足を畳むように前へ倒れる。
「メッ……!?」
ラスカの間合に入ったラヌイが振り向いた先には衝撃の光景があった。
「クソッ!」
構わずラヌイは炎刀を振り下ろす。
ラスカの左肩に直撃するも氷化して塞がれている。
「硬すぎる……」
ラスカは炎刀を掴み、刀身からラヌイの腕まで一瞬で凍らせる。
そして、左手で掴んだ刀を前で持ち、右手で氷剣を作り出す。
「待ってく――」
ラヌイの言葉の途中で剣を振り、ラヌイの下半身は凍りついた海に落ちる。
刀と残った上半身を放り投げて、ラスカはメルベリアに進む。
メルベリアに足を踏み入れたその瞬間、風の斬撃がラスカを襲う。
目の前には風を纏った少女が待っていた。
「ラスカ……さん……」




