25話:開戦
戦争当日。
民間人の避難は完了し、魔法師団、学園の戦力は戦場となる王都に待機している。
民間人が避難した場所は、エリア帝国に侵攻された時に使われていた、国の地下に位置する大規模な地下シェルターである。
師団、学園の教師陣は国門付近で待機し、フキたち魔法の使える生徒たちは、王城の手前に位置する学園の前方で敵を待ち構える。
負傷者は学園に運ばれるようになり、魔法の使えない生徒、回復魔法を使える魔道士は、学園にて負傷者の手当てに徹する。
ラスカの推測通り、迷宮遠征の師団員たちは戻って来ず、前衛には重い空気と静寂の中から聞こえる心拍音が広がっていた。
「どうしよう......」
国の総大将を担うラスカは、メルベリア中の期待と願いを背負い、その重圧に押しつぶされそうになる。
戦が始まるまでのこの時間が憎い。周囲にいる誰を見ても、目が死んでいる。私が何か言うべきなのか?私が言ったところで皆が奮い立つと思わなかった。
だけど、誰かが前に立たないと、始まるものも始まらない。そうわかっていても、心の底では行動したくない。
自分に才がなければ、王族に生まれなければ、この世界に生まれた運命すら否定したくなるほどラスカに余裕はなかった。
だが、それはあまりにわがままである。自分の立場と責任から逃げすぎている。
それは兵士のみんなも同じだ。そんな彼らの不安を取り除くのが私の役目だ。
そして、前衛にいるこれから戦う兵士たちに問いかけるように声をかけた。
「皆さん」
ラスカのその一言で皆が注目する。
「怖いですか?」
その問いに答えるものはおらず、兵士たちは下を向く。
「私は......怖いです。どうしてこんなことになったんだろうか......今でも思います」
ラスカ周囲の兵士たちに再び優しく問う。
「絶対に守りたい人はいますか?」
その問いに大勢の兵士たちが反応する。
「家族がおります!」
「私もです!!」
「帰りを待つ妻や息子がおります!!」
次々に兵士たちが叫びを放つように回答する。
「はい。皆さんと同じように私にも守りたい人がいます」
「国王である父そして母、愛する妹。そしてこの国の民たちを......」
ラスカは目を瞑り、深く考える。
「何故、争いは起きるのでしょうか......?私には、こんなことをしても意味なんかないんじゃないかと思ってしまいます......」
ラスカは神にでも問いかけてるかのように、天を向く。
「皆さんはどうですか?」
「戦争なんてしたくありません!!」
1人の兵士がそう言った。
その言葉の後、兵士たちの目はその通りだと言う目をしラスカを見る。
「私も......同じ意見です」
これまでのラスカの言葉は、まるでこの場にいる兵士たちの思いを代弁するかのように、弱さを見せる。
「ダメですね......こんなことを言うつもりはなかったのですが......」
右手で両目を押さえ、溢れるようにそう言う。
その姿を見た兵士たちは、酷く驚愕すると同時に共感する。
手の届かない存在だと思っていた、ラスカが自分たちと殆ど違いはなかったのだから。
そんなラスカが、自分たちを鼓舞しようと声をかけ、奮起を促そうとしてくれただけで、兵士たちは胸がいっぱいになる。
この人のために戦いたい。そう思い始める人がいるほどに、ラスカの見せた弱さは、兵士たちに深く刺さる。
「ラスカ様!!」
「我々で守りましょう!!」
「この国を!!」
兵士たちは戦意を取り戻し、次はラスカの弱さに答えるように声を上げる。
「皆さん......」
ラスカは少し俯きながら笑い、呟く。
「ええ! 私たちの力をエルヘイムに見せてあげましょう!!」
ラスカは兵士たちの思いに答える。
後衛にも聞こえるほどに、前衛の兵士たちが声を上げ、国が震え上がる。
意図したわけではない。自分の見せた弱さが兵士たちの活力に変わる。それだけでラスカは救われたのだった。
◇
空から低い轟音が響く。それは地響きにも似た重々しい音で、戦場の空気を一層張り詰めさせた。
そして兵士たちは飛行船を目の当たりにする。
飛行船はメルベリアの国門付近で止まった。
そして、飛行船から耳をつんざくような「ドォォォン!」という轟音が響き渡る。
ただの音ではない。大地が震え、空気が震動するほどの魔力を帯びた衝撃波だった。
「なんだ!?」
前衛の兵士たちは戦闘体制に入る。
その直後--森が揺れた。
木々がなぎ倒され、地面が裂ける音が戦場に響き渡る。
「嘘でしょ......」
ラスカの目の前に映る光景は現実とは思えなかった。
森の奥から、黒い影が無数に溢れ出してきた。
それは魔獣の大群だった。
牙を剥き、涎を垂らし、血走った目で一直線にメルベリアの戦線へと向かってくる。
その数は--百や二百ではない。まるで森そのものが動いているかのような圧倒的な物量。
教師陣がすぐに指示を飛ばす。
「全員、迎撃態勢を取れッ!!」
戦争の火蓋が切られる。
前衛は迎撃するが、到底捌き切れる数ではなく、魔獣は後衛に侵入された。
後衛は魔獣の大群が押し寄せてきていることを知らず、混乱する。
「なんで魔獣がこんなにいるんだよ!?」
当然の反応だった。
迎撃するも、圧倒的な数に押され、学園への侵入を許すかに見えたが、マヤセが魔獣達の前に立ち、竜巻を起こす。
マヤセのおかげで、一時的に魔獣達の勢いは止まり、後衛は体勢を立て直す。
「私とフキさんで先頭に立ちます! 後ろに張る人たちは、漏れた魔獣の始末をお願いします!」
シンプルかつ迅速な命令で後衛の生徒達の不安を払う。
飛行船の甲板から、黄色い髪の少年・エレサがその光景を見下ろしていた。
「魔獣を操る装置なんてよく作りましたね--」
隣に立つガインが口を開く。
「魔獣どもが暴れだしたな。まるでこっちの味方みてぇじゃねぇか」
「味方じゃないです。ただの道具ですよ。でも--この国は間違いなく飲み込まれます」
「そろそろ俺たちも降りるぞ」
精鋭達のリーダーであるルオラが号令をかける。
飛行船の影が地面を覆い、風圧で木々が揺れる。その船腹から、4人の精鋭がまるで重力を無視するかのように軽やかに降り立つ。
「--この地を蹂躙せよ。王の命令だ」
ルオラの冷たい声と共に、地面を踏み砕く着地音。
その瞬間、メルベリア側の教師陣が前に出る。
しかし、精鋭たちの力は完全に次元が違った。
「俺がやるよ--」
そう言って第二王子であるヒュダが前に立つ。
右手に炎を纏い、一瞬にして教師達を炎の渦に飲み込む。
わずか数分--教師陣の最前線は完全に崩壊。
ルオラが無傷で佇む一方、メルベリア側は血に塗れ、戦意を失った教師たちは後退を余儀なくされる。
「師団長が2人不在だから、ハンデとしてこっちは魔獣達と俺たちだけできたのに、楽勝そうじゃねぇか!」
ガインば大き口を開けて笑いながら言う。
「進むぞ」
ルオラはそう言って進軍を開始する。
ガインの岩魔法、ヒュダの炎魔法、ルオラの木魔法、そしてエレサの水魔法の猛攻撃により、戦場は蹂躙される。
メルベリア軍は精鋭4人に完全に押されていた。
炎と水、岩と木が入り乱れ、戦場はまるで地獄そのもの。
教師たちはすでに半数以上が倒れ、立ち上がる者もほとんどいない。
「終わりだ……メルベリア!」
炎が轟き、最後の防衛線を飲み込もうとしたその瞬間--
ピキィィィィン……!
突如、戦場全体が凍りつくような冷気が走り、ヒュダの炎すら消えた。
「な、なんだ……!? 俺の岩が……固まって動かねぇ!?」
「これは……氷の……!?」
ルオラは周囲を警戒する。
空気が一瞬で白く染まり、吐く息すら凍りつく。
そして、戦場の中央に氷の華が咲くように、ゆっくりと一人の女性が歩み出てくる。
「--ここから先は、通さない」
その姿を見たメルベリア兵たちは歓声を上げる。
「ラ、ラスカ師団長だ……!」
「これでまだ戦える……!」
ラスカとエルヘイムの4人が対峙する。
「あれが噂の氷魔法--」
ルオラは珍しそうに見る。
「なあ、俺が先に戦っていいか?」
ガインは3人に提案する。
「なッ何言ってんだ!ここは4人でかかるぞ」
ルオラは反対するが、エレサとヒュダはどうでも良い顔をしていた。
「武人として一騎打ちがしたいんだ」
「目的を忘れてなかったら私は構わないです」
エレサは冷たい目でそう言う。
「忘れてねぇよ」
「じゃあ好きにさせていいんじゃないですか」
エレサはルオラに告げる。
「わかった--」
こうして、ラスカとガインの戦いが幕を開ける。




