57話:マスコット
――深夜24時。
ホテル内の明かりは消え、暗闇が広がる空間となる。
部屋では、魔術師の正装である黒いジャケットに白いシャツ、黒いスラックスを身に纏う。
そして、暗闇のホテルに繰り出すところだ。
「昼にも話した通り、これから3手に分かれる」
麻希薙は部屋のソファに座りながら、最後の確認をする。作見と千咲が手ぶらなのに対して、麻希薙は青色の柄に黒い鞘に入った刀を片手に持っている。
「私は外に出る。2人にはホテル内を頼みたいんだが、上か下か――どっちにする?」
このリレニアムホテルは9階建てである。振り分けるとなると1階から4階、5階から9階といった感じだろう。
「私はどちらでも構いません。作見のことを考えると、私が階数多い方に行った方がいいでしょうか?」
千咲は話しながら、確認するように作見の方を向いた。
「なら、俺が1階から4階ってことですね」
「決まったな」
各々捜索する場所は決まり、懐中電灯を片手に部屋の外へと出る。そこは、一言で言うと暗闇の世界だ。自動販売機の光と、緑に光る非常口のマークが僅かに照らしてくれている。
「念の為に部屋の鍵は開けて行く」
部屋に戻ることはそうそうないとは思うが、水分補給や怖くなって灯りを求める瞬間がこないとも限らない。
「行きましょうか」
作見は静かな声で話し、3人は動き出す。
階段まで来たところで、
「私は上に上がります。何かあればメールで」
と千咲は言い残して、5階へと向かった。
作見と麻希薙は階段で1階を目指す。
自分の高い足音だけが響き、暗闇のこのホテル内の不気味な雰囲気をさらに押し上げている。
そんな中、麻希薙は口を開いた。
「もし何かが起きたら、すぐに助けを呼ぶんだぞ。1階が近いなら私でいいし、遠いなら千咲だ。必ずなんとかしてくれる」
「もちろんですよ。もう、俺1人でどうこうってのは教えられましたから」
作見は少し目を瞑りながら誇らしげに言った。
「そっか! なら、今回の任務が無事に終わったら教えてあげるよ」
「何をです?」
「零花に昔――何があったかさ」
「……わかりました。俺頑張ります!」
作見はその言葉に一瞬ハッとする。大きく目を開いた後、ゆっくりと目を閉じ、決意に満ちた表情で麻希薙を見た。
麻希薙もその表情に、思わず目尻を下げて微笑んだ。
2人の会話は1階に着くまで続き、出入り口に辿り着く。
「それじゃあ、ホテルは頼んだぞ」
「はい!!」
麻希薙は自動ドアを通り、外の捜索へと行った。自動ドアから僅かに通る涼しい風が、少し空気を変えた。
「よしっ」
作見は1階の探索を開始する。
1階には、カラオケや飲食店にワインバーラウンジなどがあり、宿泊する部屋はない。網のかかったギフトショップ
を筆頭に灯りを照らしながら探索を進める。
「1階はこれといって、変なとこはないな」
今考えると、下の階の探索は負担が少ない。千咲は作見のために、と考えてくれたのだろう。
「2階に行くか……」
◇
――5階。
千咲は懐中電灯を片手に暗い廊下を進む。
この階にはリラクゼーションサロンや喫煙所がある。喫煙所の奥に進むと、赤や緑の光が点滅しているのが見えた。
「……なんだ?」
奥にはガラス張りで囲われた空間があり、そこには洗濯機が3台設置されていた。点滅している光は、この洗濯機のボタンの光だ。
「紛らわしい……」
何か異変というわけでもなく、ただ洗濯機が光っていただけだ。ただただ、この空間が気持ち悪い。暗闇に音もない。自分の耳鳴りが酷くなったように錯覚する。
そして、千咲は6階へと向かった。
◇
――ホテル外。
麻希薙はホテルの屋上へと駆け上がり、上から周囲を見渡していた。
ポケットに入れたタバコを取り出し、一つ加えて火をつけた。左に下げた刀に手を置いて、ふーっと白い煙を吐く。
ホテルの周辺にある建物は、宿泊施設ばかりである。外の探索をするということは、1人でそれらを回るしかない。
「1人は怖いけど……やるしかないか」
麻希薙たちが宿泊しているリレニアムホテルは、湖沿いに連なる宿泊施設の左から2番目に位置する。
「左から順に見てくか」
麻希薙は隣のホテルに飛び移り、外での探索を開始する。
◇
作見は1階の探索を終え、2階の探索を開始する。階段を上がると、ゆったりとできる大きな椅子が置いてある。
そして、レストランが3つ併設されている。加えてキッズルームが不気味な雰囲気を醸し出していた。
この2階も1階と同様に宿泊できる部屋はない。
「すぐに終わらせて3階に行くか……」
作見は併設の飲食店を調べて行く。丁寧に片付けられた食器や明日の買い出しのメモ、予約の名前などが、どのお店もきっちりとしており、これといって不思議な点は見つからなかった。
次に、調べるのは不気味なキッズルームだ。ガラスで隔てられた空間に横引きの扉から中に入る。中に入ると、壁際に敷き詰められた絵本たちが暗く出迎えてくれる。
そして、カラーボールや積み木などの子供が遊ぶ道具が端にまとめられている。中央にはリアムくんの小さなぬいぐるみがちょこんと、座らせられている。
正直これが不気味すぎる。無表情にも近いその顔の作りが暗闇とマッチしたことで呪いの人形なのではと錯覚するほどだ。
持ち上げたり、叩いたりしてみるが特に違和感はなかった。
「上行くか……」
作見はキッズルームを出て左に曲がり、エレベーターの側にある階段で3階に向かう。
3階からは、レストランや娯楽施設は無い。全ての部屋が宿泊するための部屋になっている。
ここで作見はどう調べるのか悩む。一部屋ずつ押しかけて中を調べるのか、ただ巡回するだけなのか、立ち止まって頭を回す。
そこで作見が導き出した答えは、扉に耳を当てて変な音がするか否かで判別をするという、まさに不審者の行動だった。
「これしか……思いつかないな」
宿泊客に迷惑をかけずに済ますのはこれだ、と16歳の少年が導き出した答えは馬鹿げていた。
そうと決めたら、行動は早い。作見は中央から左へ曲がり、奥の部屋から音がしないか耳を当てる。
時刻は午前1時前――すでに寝ている宿泊客の方が多いだろう。しかし、中には女性の際どい声が聞こえたりと、作見は頬を赤らめたりしていた。
左側の部屋を聞き終えた作見は、右側の部屋に移ろうとするが、ここで異変に気づく。
この3階には中央と右の端に階段がある。右側の階段から微かに音が聞こえる。
その音は次第に大きくなっていく。
まるで、こちらに近づいてくるかのように、重く、ずっしりとした足音のような何かが目の前で鳴り響く。
「なんだってんだよ……」
作見は息を飲み、懐中電灯の光を正面に向け、右端が鮮明に見えるように照らした。
「はぁ、はぁ、」
とてつもない緊張が作見を襲い、心拍数が高くなって息切れを起こす。
この時間に出歩いていた宿泊客が戻ってきたのかもしれない。千咲の探索が終わって降りてきたのかもしれない。そんなことを期待するが、目の前に現れたモノはその期待を壊す。
そこにいたのは、昼間に見たあの不気味に感じたあれである。
そう――リアムくんだ。
あの着ぐるみが目の前に現れた。180cmほどの大きさに心のなさそうな不気味な表情、猫背気味で顔が前に出ている。
そんなリアムくんが、こちらをじっと見つめている。
「ちょっと待てよ……どうなってんだよ」
作見は静かに呟く。
信じられない光景に声を震わせ、この暗闇の空間で一番見たくないモノが目の前に現れた。
警備員があの着ぐるみを着て見回りをしている線を考えたが、ありえない。だが、そんなことくらいしか期待できるものもなかった。
作見は立ち止まったまま声をかける。
「見回りですか?」
作見の立つ中央とリアムくんが立つ右の端は少し距離がある。作見の問いかけはこの静かな廊下に響くが、リアムくんの返答はない。
すると一歩、また一歩と深く踏みしめるように歩き出し、次第にその足取りが速くなっていく。
そして、作見を目掛けたように突然スピードを上げて走り出す。
「マジかよ!?」




