58話:2日目
「どうする!?」
猛牛のように突進してくるリアムくんを前に、作見は頭をフルで回す。
まだ、着ぐるみを着た警備員の可能性が少しでもあるなら、攻撃するわけにはいかない。なら、ひとまず逃げるしかない。
ここは3階――助けを求めるなら麻希薙の方が近いだろう。現在、千咲がどこまで上の階にいるかわからない今、その判断しかできない。
作見は中央の階段で下に降り、外を目指す。
「なんなんだよ! あれ!!」
階段を降りながら、後ろを気にして懐中電灯の光で照らす。するとやはり、こちらを追ってきていた。
でかい図体が階段の幅ギリギリで壁に打ち付けながら向かってくる。
1階まで降りてきた作見は、出入り口の自動ドアまで突っ走り、背後を気にしながら自動ドアが開くのを待つ。
だが、一向に開かない。
ある程度距離をちぎったはずだが、すぐそこまであの着ぐるみが迫る。焦りを見せながら、作見は手でドアを開けようとするが、硬すぎて開けられなかった。
「くそッ! なんで開かねぇんだよ!!」
ドスン。鈍く重い足音が、作見の背後で聞こえる。
作見は振り返ると、目の前には気持ち悪い着ぐるみがこちらを凝視している。
一体こいつがなんなのかわかるはずもない。けど、明確に殺意を持っていることはわかる。
作見は魔眼を発動し、戦闘態勢に入る。
攻撃が来る。
赤い線が眉間に差し込む。
作見は、リアムくんの様子を伺う前に自ら突っ込む。魔力を込めた右手で拳を握り、顔面目掛けてぶち当てる。
「……ッッ!?」
渾身の拳は命中した。
しかし、手応えがない。まるでゴムボールでも殴ったみたいだ。
作見は顔に少し驚きを見せるが、続けて左腹部に蹴りを入れる。だが、先程と同様に手応えを感じない。
衝撃を吸収されてる感覚に陥る。絶対に割れない風船とでも言うべきだろうか。
「どうなってんだよ……」
作見は焦りを感じながら、その場で立ち止まりながら困惑する。その隙をリアムくんは逃さない。
「おわっ!?」
リアムくんのでかい両手が、作見の肩を覆う。力で振り解こうとするが、さらに大きな力で握り潰すように掴まれ、抜け出すことができない。
すると、リアムくんは持ち上げるように手を顔の前に置く。作見は足をバタバタさせて抵抗するが効果がない。
リアムくんは明太子のように太い口を開ける。口の中は暗い。だが、奥には歯とは思えない何かが並んでいる。
「おいおいおい!!」
リアムくんのその動作を見て、作見は察した。
このままでは、確実に喰い殺される。その鋭く鋭利な牙は、でかい丸太くらいなら一噛みで喰いちぎれるほどに存在感を放つ。
だが、このまま食べられる作見ではない。
この瞬間、赤い線は首元にしか差し込んでいない。ならば、と作見は右足に全魔力を込める。そして、思いっきり顎を蹴り上げた。
蹴りをもらい、大きく口を開けたリアムくんは、勢いよく口を閉じる。その衝撃で掴んでいた作見の肩を離すが、放った蹴りの手応えはない。
「打つ手なしか……」
いくら攻撃をしてもダメージを受けてる様子はない。外に出れない今、麻希薙の助けも期待できない。ならすることは一つだ。
「逃げるべし」
全魔力を込めた蹴りによって、リアムくんは尻もちをついて頭を回している。
作見はその隙に階段に向かって走り、上の階を目指す。
全力疾走で駆け上がり、5階まで来る。さっきまでの騒然とした1階と比べると、ここはどんより静かだ。
下の方で、また重く鈍い足音が近づいてくるのがわかる。リアムくんが階段を登ってきているのだろう。
作見は逃げるように、5階からさらに上の階へと走る。無我夢中で走るうちに、最上階である9階まできていた。
9階は露天風呂があることから、宿泊できる部屋はない。加えて、露天風呂に面積を使っているため、広いエリアではない。
作見は自動販売機の前にある薄黄色い椅子に座りながら息を整える。
「ふぅー」
すると後ろからボン、と肩を掴まれる。
「うぁぁぁ!!!!」
作見は大声を出して飛び上がる。
「うるさい。ここでなにしてんの?」
作見の肩を掴んだのは、露天風呂を見ていた千咲だった。
「あ……千咲さん……」
「持ち場はどうしたの?」
「それが……」
作見は大きく深呼吸した後、何があったかを全て話した。
「リアムくんねぇ……」
千咲は腕を組み、目を細くしながら呟く。
「まさか、信じてませんね」
手に持つ懐中電灯をバットのように振り回しながら、作見は体で表現しながら訴える。
「いやまあ、だって……そんなのがうろついてたらキモすぎるじゃん」
「俺はもう、1人で歩けなさそうです……」
作見のこの驚き様に表情――脅かすための嘘ではなさそうだ。
「はぁー、じゃあ一緒に降りながら見て行くぞ」
「千咲さぁぁぁん!!」
この時の作見には、千咲がなんでも導いてくれる姉御の様に見えていた。
2人は階段を下り、8階から順に見て行く。
あのリアムくんがどの階まで上がってきているのか、今どこにいるのかがわからない今――作見は最大限に警戒を強めながら進んでいく。
結局そのまま1階まで隅々探索したが、作見の出会ったリアムくんと遭遇することはなかった。
外も明るくなり始め、出勤してくる人がちらほら見られたため、作見と千咲は4階の部屋に戻る。
少しすると、麻希薙も部屋に戻り、今日起きたことの共有に入る。
「外に出てた私は特に問題はなかった。2人は今日の探索で何かわかったこととかある?」
ソファに腰掛けながら、麻希薙が話を進める。
「5階から9階、途中から他の階も見て回りましたが、特に問題はなさそうでした。ですが――」
と報告した後、千咲は作見の顔を見る。
「んお? 作見、何か見つけたのか?」
千咲の何かあったんだろ、と言わんばかりの眼差しを見た麻希薙は、期待する。
「異変というか、その……」
「言葉にしづらくてもいいから、気にせず言ってみろ」
「……リアムくんっていたじゃないですか? そいつに襲われました」
そう言われた麻希薙は目が点になった。そして、ため息をついてこう言った。
「作見ぃ……お前寝てただろ。それ多分夢だぞ」
「違いますよ!! あれは確実に現実でした」
作見は腕を小刻みに振りながら真実を主張する。
「そうは、言ってもな〜」
麻希薙は基本超常的なことは信じていない。それなのに、幽霊の類を信じているのは麻希薙のおかしなところだが、魔術も自分が使えるまで信じていなかった。
だから、麻希薙が作見の言っていることを呑み込むのはとても難しい。すると横から千咲が口を挟む。
「師匠、多分作見の言ってることはほんとですよ。一瞬ですけど、強い魔力を感じました」
千咲は実際にリアムくんを見たわけではないが、強い魔力を少し感じ取っていた。それが、作見が襲われていた時間と被っていることを伝える。
「ヘぇ……なら、ありえるかもね」
麻希薙は何か考えるように目を細くする。弟子である千咲の言葉は説得力があったのだろう。
「俺の信用なくねえすか!?」
「仕方ない。師匠はそうゆう都合の悪いこと信じないタイプだから」
「まあまあ、共有はこんくらいにして、今日は休もうか」
ソファにもたれずに話していた3人は、ぐたーっと溶けるようにもたれかかりながら、気を休ませる。
「お湯張ろ」
午前6時過ぎ――各々休む準備に入る。作見は自分の布団に横たわりながら携帯をいじくり、千咲はお風呂に向かう。
麻希薙は冷蔵庫で冷やしておいた缶ビールを取り出して、テレビをつけた。
これにて2日目は終了。
この2日目で見つけた異変は、夜に徘徊するリアムくん。初回の探索では、このホテルの核心に迫ることはなかった。
――3日目に続く。




