54話:リレニアムホテル
技術部長である池創愛は12階に着くと、そこは何やら騒がしい様子だった。いつもはしんとしている、12階に数人の人が集まり、室内運動場を囲んでいる。
ここにいると言うのを聞かされた池は、いまいち状況が掴めなかった。なぜなら、室内運動場の中央に倒れる作見は白目を剥きながら倒れていたからだ。
そんな、柏木少年の背中を木剣でぐりぐり押している高切千咲はどこか楽しそうだった。
「よしっ! 次は永遠――私とやるぞ!!」
「――嫌ですぅ」
熱い眼差しを向ける千咲と違って、永遠の瞳はキンキンに冷え切っていた。
すると、隣に座っていた麻希薙は肩を持った。
「久しぶりに永遠と遊びたいんだろ」
「遊ぶ……? リンチですよあれは」
永遠は両手で頭を抱えながら、その場を動くつもりはないらしい。
麻希薙はため息をついて少し横を向くと、池がいることに気づく。
「あれ? 池ちゃん、どしたの?」
「報告がございまして、参上しました」
その言葉を言い終えた時、全員の目線が池に集中した。わざわざ技術部長が足の運んだとすれば、よほどの案件だろうと、一同は息を呑む。
「少し、不可解な事件が起きました。その捜査、もしくは対処をお願いします」
「人選は決まってるの?」
口を挟んだのは麻希薙だ。人数や人選、少なくともここにいるメンバーにお願いすると言うことは余程の事態だ。
「はい。桐生さんが決められました。では、名前を申し上げます。吹上麻希薙、高切千咲、そして――柏木作見」
「はっ!? 俺ですか!」
白目を剥いて倒れていた作見は、自分の名前を呼ばれて意識を取り戻した。
「詳しく説明します」
池は、電話の内容を事細かに説明した。
◇
池の説明に麻希薙は手を上げて質問をした。
「一応、その両親の捜索ってことでいいの?」
「そうですね。翌日までに写真を貰っておきます。それでは、私はこれで……」
池は目的を達成し、速やかにエレベーターへと向かった。すると、到着したエレベーターからある2人組が降りてきた。
池はその2人に小さく頭を下げて、12階を跡にする。
こちらに向かって歩いてくる2人組に気がついた麻希薙は、勢いよく立ち上がって挨拶した。
「陽奈子さん!! お疲れ様です!」
「おす〜数ヶ月ぶりだね」
やって来たのは、西早夫妻だ。陽奈子は手を軽く振って歩き、麻希薙の掌を合わせた。隣に居た阿月は「俺は?」とでも言いたげな表情で麻希薙を睨みつけた。
「はいはい〜阿月さんもこんちわー」
阿月は不服そうな顔をしていると、
「こんにちわ!!」
と麻希薙の隣に座っていた永遠が柔らかい声で挨拶した。
「やっぱ永遠は礼儀正しいなぁー」
尊敬の眼差しを向けられた阿月は嬉しそうにしながらリズミカルに永遠の頭を撫でる。
そんなやりとりを見ていた作見は2人が誰だか知らなかった。
「どなたですか?」
作見は背中に押し当てられた木剣を掴みながら立ち上がる。そして、あの2人のことを千咲に聞いた。
「そっか、作見は初対面か? あの2人は星一の両親だよ」
木剣を肩に乗せた千咲はそう答えた。30分ほど前に迅のテレポートでここに来たのは、千咲とあの2人だ。
作見の稽古に付き合うのが目的だった千咲は、12階で降り、西早夫妻は11階の銭湯で降りたのだった。
阿月は目を輝かせて、こちらを向いた。そして、ゆっくりと近づいてくる。
「君が作見か?」
「は、はい」
「そうか! そうか! 海里から聞いてたんだよ、いい新人が入ったってな!!」
阿月は高笑いしながら作見の背中を何度も叩く。叩かれている作見は困惑しながら苦笑してノリを合わせている様子だった。
「ちょっとあんた! 最初から飛ばし過ぎ」
陽奈子は阿月を指さして、指摘する。そして、陽奈子も作見の側まで歩き、声を掛けた。
「初めまして、西早陽奈子だ。よろしくね」
「はいっ!! 柏木作見です!」
元気のいい作見の自己紹介に陽奈子微笑みながら、作見の頭を優しく撫でる。
「俺は阿月だ! 魔術師同士仲良くやろうぜ」
「よろしくお願いします!」
阿月は馴れ馴れしく肩を組んで愉快に言った。
自己紹介も終わり、稽古再開としようとしたところで、麻希薙が手を叩き、注目を集めた。
「今日はこの辺で終わるよー」
「えっ!?」
少し不服そうな表情になってしまった作見は、俯いてしょぼんとする。まだやりたかったのだろう。
「明日から私らは任務だ。そん中でも吸収できることは必ずある。だから、明日に備えとけ」
「師匠の言う通りだ。今日は上がろう」
「はーい」
作見は脱力感のある声で返事する。猫背気味のまま歩き始め、阿月と永遠と共に12階を降りた。
「私たちもお風呂いきましょうか」
千咲は魔術を解除して木剣を消した。
「そうだね。陽奈子さんはどうします?」
「あー、私もう入っちゃった」
「なら、少しの間ここにいてあげてください」
麻希薙その言葉は、陽奈子と千咲の首を傾ける。が、陽奈子は思い出したように、何かに気付き、了承した。
麻希薙と千咲は銭湯フロアに向けて足を運び出す。この室内運動場に残った陽奈子は、隅に置いてある青いベンチに腰を下ろす。
そのベンチの隣には、人が2人ほど並んで入れるスペースがあった。その空間からある人物が姿を現した。
「久しぶり、零花」
「はい……」
零花は小さく返事をして陽奈子の隣に座った。
「私がここを抜けて何年だっけ?」
「4年ですね」
「もうそんなに経つか〜」
2人はの会話は淡々と続く。
陽奈子は4年前までは、この本部で活動していた。転送することができる手袋を技術部が完成させたタイミングで西と東に拠点を作った。
EXTRAを除く魔術師は西と東に振り分けられ、陽奈子は東へと移ったことでこの本部を離れた。その時にいい感じの一軒家を建て、今住んでいる家ができた。
だが、陽奈子は思い出話をしに来たわけではない。こうして、零花と一緒にいるのにはある理由がある。
それは――
「零花…………」
と陽奈子は名前を呼んで体を零花の方に向ける。
そして、両手を大きく広げて零花を優しく包み込んだ。
零花は身を預けるように、陽奈子の胸の中で静かに抱かれた。
「私には……これくらいしかできない」
陽奈子心の中でそう呟きながら、目尻を下げて零花の頭を撫でる。
胸の中で顔をうずめながら、零花は陽奈子の背中に手を回して抱きしめた。
その時陽奈子は少し驚いたが、その気持ちに対して――目を閉じながら微笑む。
抱きしめる零花の両手は少し震えていた。
◇
――翌日。
任務に行くことになった3人は麻希薙の愛用車である白色の車で目的地であるリレニアムホテルへと向かっていた。
迅の瞬間移動でいけばすぐなのでは、と思うかもしれないが――迅が一度も行ったことのないリレニアムホテルに瞬間移動することができなかった。
そのため、麻希薙の運転で向かっている途中だ。
今向かっているリレニアムホテルは山梨県に位置し、自然に囲まれ、富士の景色を眺めることができる非常に人気なホテルだ。
「ほうとうにおざら……美味しそうなものがたくさんありますよ!」
助手席に座っている千咲は山梨のグルメ雑誌を読みながらお腹を鳴らしている。
「目的が旅行になってない?」
窓を少し開けてタバコを咥えながら運転する麻希薙は灰を落として優雅に運転している。
後ろの席に座っている作見はというと、鼻提灯を膨らませて眠っていた。
「大丈夫かよ、このメンバーで……」
この緊張感の無さに先が思いやられる。麻希薙目を曇らせながら愛車を走らせる。
「もつ煮は食べたいですね」
ホテルでの滞在日数は今のところ1週間――それまでに異変を解明することが3人に課せられた任務だ。
今はこの旅路を楽しむのもまた一興だろう。




