51話:かもしれない
目の前にいるのは、幼馴染の皮を被った何かだ。
そんなことは、見ればわかる。永遠は胸を握りしめるように手を当て、跪きながら半目で蓮を見る。
「お前は……誰だ」
「フッ……お前の友達さ」
下に見るような目と声で蓮は吐き捨てた。その返答に永遠は歯をキリキリ鳴らしながら、怒りでどうにかなりそうだった。
「蓮は……そんなふうには笑わない!!」
「あっそ……それより学校は見てくれたか?なかなかの自信作なんだが」
「自信作……だと?」
ありえない。あの惨状を――この世の元とは思えないあの惨状を、まるで作品のように蓮は語った。
もはや怒りを通り越し、永遠は目が点になり――いちいち会話をすることすら拒絶する。
「こんなふうにな――」
蓮は立ち上がり、右手で親指と人差し指を伸ばし、銃を撃つかのように永遠に向けた。すると、人差し指の先に薄黄色いオーラのようなものが集まっていくのがわかる。
やがてそのオーラは、青く透明感のある水へと変化した。丸い水の塊が向けられ、
「ドン!」
という掛け声とともに発射された。
水の弾は目にも止まらぬ速さで飛び、跪く永遠の左肩を貫通し――後ろの壁ごと貫いた。丸い穴を開けられた永遠の肩から、堰き止められていたかのように血液が噴き出す。
永遠は静かに右手で左肩を押さえる。信じれない痛みが襲いかかるが、声は出さない。それどころか、ぴくりとも動くことはなかった。
「つまらないな……学校の連中と違って、リアクションというのがまるでない」
「…………」
永遠は立ち上がる。左肩から右手を離し、指先から血がポタポタと落ちる。血は止まらない――ブレザーの下に来ている白いシャツが赤く染まる。
そして、立ち上る煙のように――身体中から魔力が溢れ出す。
「ッッ!? お前!魔力持ちか!?」
永遠の魔力を見た蓮は、顔色を変えて食いついた。学校の連中の中に見所のある奴はいなかった。故に殺した蓮は不気味な笑みを浮かべながら、
「お前の肉体を貰う! この肉体もマシな方だが、お前はもっと良さようだ」
と指をさして言った。
1人で盛り上がっている奴の言葉を聞く耳はもう永遠にはなかった。これからするのはただの――確認に過ぎない。
先ほど脳内に流れ込んだ己の魔術の情報を理解する。
「行くぜ!!」
蓮は声を荒げて、再び水弾を装填し、永遠の右肩に狙いを定めて放つ。だが――永遠に命中する前に水弾は消え去った。まるで水弾の時間だけが加速したように。
その様子を見た蓮は、左足を下げ――驚愕した表情でまた一歩と後退する。冷徹な瞳を剥き出しにした永遠は、ゆっくりと蓮に近づく。永遠が近づいてくると共に、蓮はまた一歩と後退する。
「クッ!!」
もう一度、水弾を撃つが――直撃する前に姿を消す。
「クソがぁぁ!!!!」
蓮は焦りを感じ、額から汗が止まらない。何度も水弾を撃ち続けるが、ことごとく当たらない。
永遠は蓮のすぐ側に立ち、まるでゴミを見るような目で見上げる。その瞳には怒りや憎しみ、悲しみは感じない。
何も映っていなかった。
だが、その瞳を見た蓮は圧倒的な圧を感じる。格が違う。どう足掻いても、先はない。逃げることもできない――そう悟った。
「ウッッ……」
永遠は蓮の首を鷲掴みにし、床に叩きつけた。
木製の床は大きな音を立てて亀裂が入り、部屋を浸している血液が流れ込む。
叩きつけられた蓮も口から血を吐き、目の前に映る永遠を見る。そして、永遠は右手を振りかぶり――顔面の中心に落とした。
鼻は砕け散り、噴水のように血が吹き出す。
「あ……あ、あ」
これが蓮の最後の言葉となる。次第に手や足が細くなっていき、皺が増え始める。鮮やかな赤い髪も白くなり始め、徐々に抜け落ちていく。
肉体の時間が急激に進んだ。
そして、息絶えた。
馬乗りになったまま永遠は静かに上を向く。振り下ろした拳から血がこぼれ落ち、床を埋める血の海にポタポタと落ちる音だけが響いた。
「ふっ……ふっ……あっはっはっは!!!!」
吐き出すように声を出し、高らかに笑いを上げた。
「簡単に倒せたじゃないか……」
永遠が確認したことは自分の魔術についてでもなければ己の気持ちでもない。
永遠が確認したのは、自分の力は乗っ取られた蓮を止められたどうかである。結果は止められたということだ。
あっけなく、蓮の命を奪った。ということは、殺さずに抵抗できないようにすることも容易にできたのだろう。
永遠は、溢れんばかりに涙を流し――心の底から後悔する。後悔というのは、これほど辛く、えぐり返されたような気持ちになるということを初めて知った。
「お前がぁ! まともな人間だったら! お前が遅刻なんかしなければ!!」
蓮を救えたかもしれない。学校の皆んなが死なずに済んだかもしれない。両親がいなくなることもなかったかもしれない。その叫びは自分へ向けてのものだった。
――かもしれない。そんなもしもが、永遠に計り知れない責任を振りかざす。
「何もわかってないじゃないか……」
真斗の言葉を思い出した永遠は両手で口元を覆い、涙をこぼす。
その後永遠はその場から動くことなく、時間だけが過ぎていった。
◇
「こりゃ酷いな……」
学校から異臭がすると通報を受けてから数時間が経った。一般人からの通報の会話は魔術本部へと流れるようになっている。
警察よりも早く学校に到着したのは、2人の魔術師だ。
「阿月さん……これ、どう対処するべきですか」
「俺もここまでのは初めて見る……」
黒いジーンズにジャケット、魔術師の正装を見に纏い、薄い桃色髪の少年――迅は、無惨なその光景に圧倒される。
一方阿月は黒いサングラスを頭にかけ、タバコを咥えながらその光景を一望していた。
1階だけでなく、2階、3階と生徒の死体が転がっている。
「迅……周辺住宅の確認を頼む。もしかしたら、ここだけじゃないかもしれない」
「了解です」
迅は正門へとテレポートし、周辺住宅の安否を確認しにいく。すると、サイレンの音が鳴り響き、近づいてくる。
「流石にこれは、手に余る案件だな……」
この件は間違いなくシカバネの仕業だが、警察に任せることにした阿月は、学校を去ろうとすると――
「阿月さん!」
と急に後ろから迅が現れ、ポンと阿月に触れて瞬間移動した。
「おまっ! 心臓止まるわ!!」
「すいません」
瞬間移動してきた場所は、ある一軒家の前だ。玄関ドアは開いており、昼過ぎだというのに暗い雰囲気を感じさせる。
「臭うな……」
「はい」
扉を開けると、左手に階段があるのが見える。そして、リビングへの扉は開いており、固まった血溜まりができている。
2人は中へ入り、まず目に入ったのが横たわる2人の男性と女性だ。土手っ腹に穴が開き、即死している。
そして、その2人の奥で少年が大の字に倒れ、それに跨った少年は魂が抜けたようにぴくりとも動かない。
「シカバネか!?」
「いや、よく見てみろ。魔力が揺らいでいない」
迅の勘違いも妥当だろう。この状況でシカバネではなく、人間の方が助かっているなんてこれまでなかったのだから。
「おい君、ここで何があった?」
阿月は近づいて、永遠の肩に触れる。
「うぉ!?」
すると急激に肉体の時間が早まり、慌てて手を離した。阿月は剃っていた髭がボーボーになり目の下に少し皺ができた程度だが、背筋が凍るような圧を少年から感じ取る。
「阿月さん!?」
「いや、大丈夫だ……」
阿月は、折れた木製で作られた椅子の足を拾い――永遠の肩にゆっくり近づける。木が永遠に触れた瞬間にカビが生え出し、次第に黒ずんで散り散りになった。
「とんでもない魔術ですね……」
「ああ……和雪と同じで触れられたら詰みだな」
永遠の時間の魔術を恐ろしくとも思うが、同時に可能性もあると、2人は思う。
阿月と迅はこの場をどう対処するか行き詰まる。状況から察するに、両親を殺され――駆けつけた永遠がシカバネを葬った。それは理解できるが、肝心の永遠が口を開かない。
「ひとまず手袋で転送するのはどうですか?」
黒い手袋は、バネと死体専用だ。転送されると技術部が解析して仕分けてくれる。それに加えて、生きた人間も別枠で保管してくれる。
「そうだな、ひとまず安全な場所で落ち着いてもらおう」
阿月は黒い手袋を右手につけ、永遠に触れようとすると――永遠は静かに立ち上がった。
2人は、後ろに下がって距離を取る。
「誰ですか?」
永遠は振り向いて口を開いた。そして、家に入ってきた2人の服装を見て、自分で疑問を解決する。
「俺たちは、魔術師だ」
その言葉に、永遠は返事を返さない。暗く、沈んだ目で2人を見つめる。両頬には、涙が落ちて乾いた跡が残っている。
「阿月さん、こいつはダメですぜ。あの目は、生きることを放棄した目だ」
迅は阿月の耳元で囁く。
「いいや、それは――彼が決めることだ」
距離を取っていた阿月は、再び永遠の前に立ち、
「君は、これからどうしたい?」
と優しく問いを投げた。
「僕のせいで学校の皆んなが、先生が、蓮が、父さんと母さんが…………」
「…………」
「僕はもう自分が生きてていいって思えない!!皆んなもそう思ってるはずだ!お前が早くきていれば……こうはならなかったって……」
永遠は己の胸に拳を当てて、見ず知らずの男に吠えた。言葉にして言い放たなければどうにかなっていたかもしれない。
「本当にそう思うか?」
「えっ……」
「親になってみると分かるが、たとえどんなことがあっても……子を恨んだりするようなことはない。これからの人生を幸せにしろ、それが本心だ。君の親は君を恨むような人たちだったのか?」
「そ、それは……」
永遠は胸に手を当てた拳を解く。阿月の言葉によって、脳内にいつもの日常が溢れ出す。
「永遠〜早く起きなさい!!」
「ただいま、永遠」
「「永遠」」
自然と涙が溢れていた。
考えれば分かることだ。梨花と真斗は永遠を愛していた。永遠は自分で自分を追い詰めて、醜い2人を作り出していただけだった。
それは蓮や学校のみんなも同じだ。永遠を責めるやつなんか、誰1人いない。
永遠の瞳に光が戻る。
彼らの分も己が生きると心に誓った。
「前を向けたか……。祖父母はいるかい?」
内心そう思い、阿月は新たに問いを投げる。その様子を腕を組んで壁にも持たれながら迅は眺めていた。
「いえ」
「そうか……なら、君には選択肢がある。俺たちに保護されるか、魔術師として共に戦うかだ」
「あの黒いモヤは、全国にいるんですか?」
「その通りだ。あれを対処できるのは、魔術師だけだ。そして、君には――多くの人を救える力がある」
もはや、選択肢を誘導しているかのように阿月は話す。魔術師の人手不足を考えると当たり前の話だ。
だが、永遠はそれを理解していた。皆が永遠を恨んでいなかったとしても、永遠は救えなかった。なら、これから人を救うために生きてもいいじゃないか。
永遠は涙を拭き、真っ直ぐと阿月を見据えて右手を出す。
「流合永遠です」
阿月は背中を押すことができたと、嬉しそうに鼻で笑い、右手を出して握手を交わす。
「西早阿月だ」




