49話:ルーズな少年
怒鳴り声が耳に入りながら体を起こした永遠は目をこすりながらベッドを降りる。上下黄緑色のパジャマはシワだらけで、数日同じのを着ているのだろう。
上が捲れ上がり、肌色のお腹がさらけ出てる。
「ふわぁぁぁ〜〜」
大きなあくびをして、目から数滴の涙が浮かぶ。とても12時間寝た人のあくびとは思えない。
「よくそんなあくびが出るね」
ため息混じりにそう言った女性は永遠の母である。短い茶髪に一重が特徴的だ。
流合梨花--永遠を起こすのが日課であり、近所のスーパーでパートとして働いている。昼の休憩時間も家に帰って、永遠の様子を見に来たりする。
まだ寝ぼけている永遠は目を擦りながら前に歩き、ドアの角で頭をぶつける。
「はぁ〜〜下に昼ごはんあるから、早く降りてきなさい」
呆れながらため息を吐いた梨花は1階に降りる。頭をぶつけて、だんだん目が覚めてきた永遠も自室を跡にする。
洗面所で顔を洗った永遠は、前にある鏡を見ながら、親指と人差し指を立てて顎に当て、キリッとした自分の顔を確認する。
「何やってんだ僕」
アホだと思った。眠り過ぎで頭がおかしくなってしまったのかもしれない。
リビングに戻ると――キッチンの前にある机の上にはサラダとパンがお皿の上に乗っていた。
ハムと目玉焼きが乗って美味しそうだ。一方サラダは水菜にサニーレタス、きゅうりに千切りのキャベツが盛り付けされている。
味付けはされておらず、そのままいくか、好みのドレッシングをかけるか悩ましいところだ。
永遠は席につき、卓上に置いてあったシーザードレッシングをかけて、サラダから食べ始める。
「蓮くんに謝っておきなよー。今日も朝様子を見に来てくれたんだから」
梨花は豚の絵が入った白いマグカップにコーヒーを入れて永遠の前に座る。一口飲んで「苦ッ」と現在ブラックコーヒーに挑戦中だ。
「会ったらね」
「クラス同じでしょ……」
先が思いやられる。まだ中学生だから義務教育の範囲内だ。だが、高校生になるとそれは外れる。毎日のように昼から登校してたら進級もできない。
「それより父さんは?」
「仕事だよ。毎日聞くね、それ」
「日課みたいなものですよ」
昼食を済ませた永遠は、大きく息を吐いていくに深く腰かける。
「ちょっと! 何ゆっくりしてんの!?」
「え?」
「え? じゃないよ!! 制服に着替えてよ!」
「はいはいー」
永遠は2階に上がって、自室に掛けてある制服を手に取った。紺色のブレザーに灰色のズボン、それをゆっくり着こなして鞄を持った。
「そんじゃ、行ってくるねー」
玄関に座って靴を履いた永遠は家の扉を少し開けた。これが朝なら嬉しい、と思いながら、
「はーい。いってらっしゃい」
と梨花はなんやかんやで優しく見送った。
道に出ててくてく歩きながら学校を目指す永遠は、足取りが重い。家から徒歩10分程度で着くことから5限の途中に到着するのは確実だ。
「あの雰囲気嫌なんだよな〜」
授業中に教室の扉が開くということは、全員の視線が集まるということだ。できるなら、このままのんびり歩いて、5限終わりの10分休憩に行きたいが、そんなこともなく学校に着いてしまった。
永遠は門をくぐり、赤煉瓦風な地面をした道を通って校舎に入る。1年生の教室は一階にあり、校舎に入って左に進むと1組から4組まであるが、先に向かうのは右に進むと見えてくる職員室だ。
突き当たりの部屋が職員室という珍しい配置だと思いながら、扉を開ける。
中に入ると、1人の女性が気づいたように入り口付近まで歩いてきた。
「また昼登校ですか……」
永遠の前に立ったのは紺色の長い髪を後ろで束ね、丸メガネをかけた女性だ。この口ぶりからすると、もう何度も永遠の対応をしているのだろう。
「すいませーん」
永遠は特に悪びれる様子もなく頭を掻きながら苦笑いする。
「はぁ、来ていることは把握したので教室に向かって下さい」
担任の先生である女性は額に手の甲を当てて頭を揺らしながら呆れている。
「ほーい」
職員室を出て、静かな廊下を歩く。
聞こえるのは授業をしている先生の声、窓から入ってくる車の走る音、運動場で体育をしている生徒の砂を踏む音――そんな音を聞きながら端っこにある4組に向かう。
廊下を歩いていると、2.3組で授業を受けている中、数人がこちらに視線を向けるが、気にせず4組の扉に手をかける。
そして恐る恐る扉を開けると、教室にいる全員がこちらに視線を向けた。
――この視線が嫌いだ。
時間を守って登校していればそんな視線を受けることもなかった。わかっていても、できなかった。
「流合は今日も遅番かー?」
5限は数学だったらしい。担当の先生は教科書を片手にボケをかましていた。いつも通りだ。教室のみんなも「またかー」と何も気にしていない様子だ。
永遠は鼻を鳴らして窓側にある自分の席につく。
自分がどう思われているかはわからない。だけど、この時間に窓から眺める景色は――嫌いじゃなかった。
◇
永遠は机に肘をついている間に6限も終わり、終礼の時間が始まっていた。教室のみんなは後ろにあるロッカーから鞄を出して帰る準備をしている。
「帰る準備、しないのか?」
黄昏ていた永遠に声をかけたのは赤黒い短髪を上げた少年だった。
「朝来てもらってたみたいだね、蓮」
「今日も出てこなかったけどな」
「出れない時の方が多いんだから、毎日来なくていいのに」
「運試しみたいなもんだよ。永遠と一緒に登校した日は、いいことがありそうって思っちゃってる」
「ふっ、なにそれ。それに毎日一緒に帰ってるじゃん」
思わず笑ってしまった永遠は、教室に入って初めて前を向いた気がする。そんな永遠と話しているのは、近所に住んでいる幼馴染の蓮だ。
毎日のように永遠を起こしにくるが、成功したことは一度もない。それにも関わらず毎日来るのは友情とやつかもしれない。
2人は一緒に門を出て下校する。
「今日も習い事あるの?」
永遠は携帯していたうまい棒を咥えながら歩いている。どうやって喋ったのか気になるところだが、永遠の器用さを知っている蓮は微笑みながら見ている。
「あるよ。夕方から水泳がな」
「それは夜になってもやってるの?」
「ん? そうだけど?」
頭を傾けて蓮は答える。その返答に永遠は足を止め、鋭い目で放った。
「なら、真っ直ぐ帰るんだよ」
「夜が暗いからって心配でもしてんのか?いつも真っ直ぐ帰ってるよ」
永遠の言葉の真意は蓮にはわからない。だが、永遠の妙に真剣な表情に蓮は内心ビクッとしていた。
日が沈んだこの世界はガラリと変わる。そのことに気づいているのは、ほんの一部だ。中学一年生ながら、永遠はこの世界の歪さを知っている。
「もし、夜に何かあったら僕を頼るんだよ」
「あ、ああ……」
蓮はそこまで重く答える気はなかった。だが、永遠の放つ見えない何かに圧倒されて納得させられてしまった。
そのまま2人は歩き出し、帰宅した。
永遠は自室に戻ってベッドに寝転んだ。
「なんで……あんなこと言ったんだろ」
12歳にして魔力に目覚めている永遠には、夜に現れる黒いモヤ《バネ》の存在を知っている。
しかし、手を出したことはない。見えるだけで自分にどうこうできる力があるとも思わない。
それに夜に飛び回っているスーツの人たちがな何かしてるんだろう。
蓮に何かあったとしても、その人たちが救ってくれるはずなのに――
「心配してるってことか……」
この気持ちにそう言い聞かせて、上体を上げる。そして窓から世界が暗くなっていく様子をゆっくり眺めている。
――ガチャ。
「ただいまーー」
下から声が聞こえる。おそらく父さんだろう。ということは夕飯も近い。永遠は制服から部屋着に着替えて階段を降りていく。




