47話:見えない視線
千咲の思わぬ登場に戦慄する作見は終わった表情で内心震え散らかしていた。
「顔見知りだったのか?」
作見の気も知らずに麻希薙は両者を眺めながらタバコを一つ咥える。
「前に任務で一回……な?」
「そうですね」
「そかそか。じゃあ始めといて〜」
自動ドアを抜けて休憩スペースにある喫煙所に入った麻希薙はタバコを吸い始めて親指を立てた。
千咲を見ながら前に言われた海里の言葉を思い出す。
『100回戦ったら100回とも負ける』
何事にも勝つ気で挑む――手を抜くことはない。そんな気持ちで臨みたいが、そんな気も失せてしまうくらい海里の言葉が脳内を巡る。
だが、弱気になっても仕方がない。何か技術を盗む気でやるしかない。作見の震えは武者震いへと変わる。
「1時間くらいしか時間ないんでしょ?」
「そうすね。そんくらいで切り上げます」
「ならさっさと始めようか」
千咲は上に羽織っていた黒いジャケットを端に放り投げて拳を構える。
拳を構えた作見は魔眼を発動して真っ直ぐ突っ込んだ。拳を構えているが、殴ってくれと言わんばかりに千咲は動かない。
作見は顔面目掛けて拳を振るったが、急に視界から消えるように避けられる。
パンチに蹴り――絶え間なく攻撃を繰り出すが、全て華麗に避ける千咲は反撃してこない。
「千咲さん! 反撃していいですよ!」
作見はそう言って攻撃の手を速める。
「へぇ」
攻撃のキレが増した拳が千崎の肩に擦り、口元が少し笑う。そして、作見の魔眼に赤い線が映り出す。
左頬に線が出た作見は警戒しながら手を止めない。だが、鋭い拳を片手で受け止められる。
千咲は受け止めた腕を強く握ったことにより作見は左目を閉じる。その瞬間に千咲は右足を蹴り上げるが、なんとか反応した作見は左手を曲げて受けきった。
蹴りを受けた時、作見が立つ場所から室内運動場に亀裂が入る。
「いっっ!」
受け止めた左腕が震えるように痺れる。作見は止められた拳を振り払って千咲と距離を取った。
「なかなかやるじゃん」
千咲は腕を組見ながら得意げに作見を見つめた。
「そりゃどうもっ!」と威勢よく返すが、
(痛すぎんだろなんだよ今の蹴り!)
と蹴りを受けた左腕が痛すぎて千咲と話すどころではなかった。
「作見よ〜私も使っていいか? 魔術」
作見はその言葉に息を呑む。本音は使ってほしくないが、千咲は作見の体術に合わせてくれている。
それに、魔術を使った千咲と交えた方が自分のためになるに決まっている。作見は額に汗を浮かべながら、
「いいですよ! 俺も本気で行きます!!」
と見栄を張った。
作見はとうに本気でやっている。次の一戦は作見の本気がどこまで通用するかである。
「そんじゃあ、これで行く」
千咲は何もないところから木剣を生み出して、作見に向けた。その木剣は日本刀の形をしているが鍔はついていない。
「おっけーです!」
作見は内心真剣じゃなくてよかったと心底ホッとしている。真剣だったら多分殺されてるだろう。
ガラス張りで外からも様子が見える室内運動場を喫煙所から麻希薙はタバコを吸いながら眺めている。
「2年前ー、いや3年前か--あの時を思い出すなーこの光景」
タバコを消して、もう一本吸おうとライターの火をつけたところで室内運動場の入り口である自動ドアが誰も居ないのに開いたのが見えた。
「おや、おやおや!」
麻希薙はタバコに火をつけるのをやめて室内運動場に戻る。
そして、第二ラウンドを見守る。
今度は千咲の方から仕掛ける。間合いを詰めて木剣を構えるが、作見には攻撃の来る場所が赤い線で見える。
剣での攻撃となれば、線は一本のはずだが、
「な、なんだよこれ……」
身体のいたるところに何十本もの赤い線が目に入る。この場を動かなければ、この数の攻撃を浴びることになる。
作見は前に飛び、千咲を飛び越えて位置を変えるが、赤い線は数本減った程度だ。
「げっ!?」
千咲はすぐに軌道修正して、作見が飛んだ後方に向かってくる。とてつもない反射神経に作見は思わず声が漏れる。
赤い線は消えない。この多数の攻撃を避けることは不可能だ。防御するしかない。
(攻撃こそ最大の防御)
迫り来る木剣に対して拳で対抗する作見は、攻撃を捌くつもりで動いた。
「へぇ〜」
室内運動場の端にある長椅子に足を組んで座っている麻希薙は膝に肘をつきながら目を凝らす。
この攻防は室内運動場の仕切られた強化ガラスにヒビを入れ、室内を揺らした。
絶え間なく、止まることのない木剣にーー作見は、がむしゃらに拳を振るう。
この一瞬の撃ち合いで勝負は決まった。必死な顔で喰らいつく作見とは逆に、涼しい顔で木剣を振るう千咲は、片方の手からもう一つの木剣を生み出す。
「ハッッ!?」
千咲はもう一つの木剣で作見の右脇腹に木剣を振りかざす。直撃した作見はメキメキという音が自分の体の中で響き、左側に吹っ飛ばされる。
強化ガラスにぶつかるところだったが、直前で麻希薙が抱きしめるように受け止める。
「あぶねぇあぶねぇ」
麻希薙の胸の中で抱えられる作見は口から血を吐いて、白いカッターシャツを赤く染める。
「あ! きたねぇー」
と麻希薙はゴミを捨てるようにポイッと放り投げた。
「ひ……ひどいですよ……」
作見はケツを突き出して床に顔面をくっつけながら、撃たれた脇腹を押さえながら痙攣している。
千咲は左手に持った木剣を解除する。先端から灰が散るように跡形もなくなった。
右手に持った木剣を肩にかけて、左腕に装着している腕時計を見て、
「もう後10分くらいだし終わる?」
とケツを向ける作見に問いかけた。
「いえ--」
作見は震える足腰でなんとか立ち上がって、鼻血を親指で拭き取った。
「まだやれます!」
凄まじい気迫だ--獣のような作見の訴えかける瞳に、千咲は口元が微笑むが、頬に汗が浮かび上がる。
そんな目を見せられたら、最後まで付き合いたくもなる。千咲は再び木剣を構えようとするが、パンパン!っと手の叩く音が聞こえる。
「いや! 今日はここまでにする」
麻希薙は横から割って入ってきた。
「後一回……後一回! やらせてください!!」
作見は少し焦りながら、麻希薙に懇願する。
「ダメだ。その脇腹--骨逝ってるだろ。それに、これは稽古だ。そこまでして続ける理由はないよ」
「はい……」
返す言葉もない。
麻希薙は作見を思って止めてくれた。今日はこれ以上続けても効果はないということだろう。
作見はしょんぼりした顔で少し俯く。
「そう落ち込むなよ。私も夏休みの間は来るからさ」
そんな作見の肩を持って言った千咲は軽く頭をチョップした。
「ッッ! はい!!」
明日も千咲は来る。そのことを知った作見は、先ほどまでの落ち込み具合を全て捨てて舞い上がったように喜んでいた。
「それじゃあお風呂行きましょうか!」
千咲は師匠である麻希薙を元気よく誘う。
「俺もお風呂行きます。今日はありがとうございました!!」
男1人である作見はさっさとこの場を去った。
「若いね〜。千咲、お風呂は後で行くから先に行ってて」
「そうですか? なら、先に行ってます」
千咲は頭を傾げて応答し、11回へと向かった。
「さて、」
今この12階には麻希薙1人――誰しもがそう思うだろう。だが、麻希薙はあること感じ取っていた。
「いるんでしょ? 零花」
と腰に両手を置いて誰もいない後方に振り向く。
すると、零花は何もなかった場所から突然姿を見せた。まるで元からそこに透明人間でもいたかのように。
「気づいてたんですね」
「まあね」
麻希薙も勝手に自動ドアが開くところを見ていなかったら気づいていなかっただろう。
「作見のこと……気になるんでしょ?」
「いえ、そんなことは--ないですよ」
零花は目線を下に向け、左手で右肘を触る。
「本当にそうか?」




