46話:手厚い指導
午前6時前――作見達は本部に帰還した後、12階の室内運動場に向かった。
「夏は早く日が昇るから夏休みの間はこの時間にやろうか」
12階に到着した作見と永遠は無償の自動販売機で水分補給をしている。
「そういえば、俺高校どうなるんです?」
京都から飛び出してきた作見は学校のことを何も考えておらず、少し焦っていた。
「あ〜多分僕や迅達と同じ高校に編入すると思うよ」
と投げやりに言った永遠も実際のところはよく知らない。そして水をもう一本開ける。
「編入って……試験とかあるのでは……」
不安そうに震えながら作見は設置されている長椅子に腰を下ろした。
「大丈夫でしょー、多分……」
永遠は軽くそう言いながら目を逸らした。
「多分!?」
「そんなことより始めるよ!」
空のペットボトルを設置されているゴミ箱に放り投げた永遠は室内運動場に入る。
「は、はい……」
不安を抱えながらも作見は後で考えよう、と今は訓練に集中する。
2人は室内運動場の真ん中に立つ。クリーム色の床にガラスで仕切られたその部屋は声がよく反響する。
「作見は魔眼タイプっていう話だけど、武器とかは使わないの?」
「使ってないですね。まぁ俺不器用ですし、これといって使いたい武器もないすね」
「なるほどね〜。じゃあとりあえず、僕と打ち合ってみようか」
永遠はそう言って拳を突き出す。それに対して「はい!」と作見も拳を出して合わせる。
2人は一定の距離を取って構える。
作見は拳に魔力を纏って、正面から振るった。永遠はあえて避けずに体の前で腕をクロスに構えてガードする。
「うお!」
想像以上の威力に永遠は足を引きずらせながら後ろに下がる。
(ただの魔力を乗せた拳でこの威力、素の力は僕以上だな。それに、さっきの踏み込みも普通じゃない。運動能力も並外れている)
永遠は今の一連の流れの中で作見の凄まじいポテンシャルに驚きながらも少しニヤけてしまう。
対して作見は簡単に拳を受け止められたと、内心少し凹んでいる。
「やるね」
今度は永遠から打って出る。
距離を詰めて右手の拳を振りかざした。その気迫は間違いなく打ってくると思わせるものだったが、作見の魔眼はそれがフェイントだと映し出す。
右手で拳を振るう直前で永遠は左足を上げて、蹴りを入れるが、まんまと右手で塞がれてしまう。
「あれ?」
確実に騙せると思っていた永遠は完璧に受け止められてしまい、驚いた表情で再び距離を取る。
だが、今の動きで作見の魔眼の詳細がなんとなくわかった。
「先読み――いや、今のはそれだけじゃ止められないように仕掛けた。フェイントに反応していないってことは、初めから蹴りが来るのが分かっていたみたいだ」
永遠は口元に笑みを浮かべてこう思った。
僕が戦闘に関して細かく教えられることはないな。伸ばせる箇所があるなら――やっぱり魔術になってくるか。零花さんが見てくれるのが一番だけど、今は難しいからなー。
「永遠くん?」
腕を組みながら目を瞑って考えていた永遠を見かねて作見は声をかけた。
「あぁ! ごめんごめん。今日はこの辺で切り上げて、お風呂行こうか」
「おっけーです!」
2人は12階から11階へ降りて汗を流しに来る。
すると、左手の畳の休憩所で扇風機に当たりながらテレビを見ている少年がいた。
「おや? 今日は遅いじゃないか。2人で何かやってたのかい?」
あぐらをかいて座っていたのは、お風呂上がりの香澄だった。
「ちょっと上でトレーニングを」
永遠は靴を脱がずに微笑みながら畳に腰掛ける。
「へぇ、調子はそれでどうなんだい?」
香澄は両手を後ろに突いて、首だけ振り向きながら作見を見た。
「俺は全然まだまだですよ〜」
と作見は両手を振りながら愛想よく笑った。
「そうなの?」
香澄はのんびりと座っている永遠はに改めて聞いた。なぜなら、そうは思わなかったからだ。
作見から滲み出る魔力とは別で、実力者の放つオーラを香澄は感じていた。それも、迅や香澄自身と比較しても大差はほとんどないほどに。
「正直運動能力は僕以上かな」
永遠は本音で言った。
「いっ!?」
「へぇ〜すごいじゃん」
嘘とは思えないトーンで口にした永遠の言葉に作見は目を大きく開けて驚く。香澄は感心した様子で作見を眺めていた。
「いや、俺はまだまだ、そんな……」
と作見は食い気味に否定する。自分は弱い、これが本心たがらだ。
「作見、自分を自分で評価できないと…いつまで経ってもそのままだよ」
初めは軽く喋っていたが、最後の言葉の声は重く、訴えかけるような眼差しで永遠は言った。
「……」
作見はその言葉に何も返すことはできなかった。重い空気が漂う中、永遠は立ち上がって、
「暗い顔しないでお風呂行こうか」
と明るく肩を組んだ。
先ほどの緊張感はなく頭の優しい永遠だ。
「はい……でも俺は――」
永遠の発言が刺さったのか作見は露骨に落ち込んでいる。
「変われるってのは好きな言葉じゃないけど、作見はこれからだよ」
口元が下がっているが、そう言われた作見は目元は少し笑っていた。
そして2人は銭湯で汗を流して、10階に向かう。
夕食という名の朝食を堪能していた。
永遠は朝からざるうどんチョイスし、作見はとんこつラーメンを味わっていた。両方朝から食べるには少々濃い味だが、任務での汗を流した後に食べる物としては最高だ。
「美味しいですね〜。これが無料なんてとんでもないですね」
麺を啜り、白米を口に入れてスープで流し込む。作見はこのテンポですぐに食べ終わり、幸せそうな顔で自分のお腹を摩る。
「本部所属の特権だね」
そんな作見を眺めながら、ゆっくりと食事を進める永遠は麺を食べ終えて、汁も飲み干す。
2人前の量あったうどんを食べ終えた永遠も、作見と同様に椅子に深くもたれかかって大きく深呼吸する。
食べ終わったお皿を机に置いたままゆっくりしていると、いきなり女性の声が聞こえた。
「よぉーお二人さん、元気か?」
話しかけてきたのはお風呂上がりで髪を下ろした麻希薙だった。
「元気です!!」
「絡み方変ですよ。元気ですけど」
元気よく返した作見とは違って、永遠は目を細くして少し困惑していた。
「そかそか。今から飯選ぶんだけど、1人はつまんないから混ぜてくれよ」
「いや、見てくださいよ」
と永遠は机を指差して、食べ終わった食器たちをアピールする。
すると麻希薙は右手で左側を指さした。
麻希薙が指さした方角にあったのはクレープ屋だった。デザートでも食べてここに居ろってことなのだろう。
2人はすでに満腹度100%すれすれだが、引き攣った笑顔で頷く。それに麻希薙も笑顔でゆっくりと2回頷いた。
そして作見と永遠は食べ終わった食器を返して、クレープを注文しに行く。
「これは横暴なんじゃないですか?」
「仕方ないよ。麻希薙さんは意外とわがままなところあるから」
2人は猫背になりながら一番量が少なそうなカスタードチョコを頼んで席に戻る。
元いた席に戻ると麻希薙はすでに食事を始めていた。ハンバーガーにナゲット&ポテト――ザ、ファーストフードだ。
「意外に朝からがっつくんですね」
「たまにはこれがないとやっていけない」
永遠はは少食のイメージが強い麻希薙がよく食べる光景は珍しいと思いながら、クレープを一口齧る。
「今日は少し遅いみたいだけど、何かやってたの?」
いつもなら、永遠と麻希薙が食堂で出会すことは滅多にない。麻希薙は入浴が長いからその分他の魔術師メンバーは先に食べ終わっていることが多い。
「永遠くんは俺に稽古つけてくれてて」
「へぇ〜珍しいな」
麻希薙は机に肘をついてジュースをストローで吸いながら永遠を見つめる。
「言っても1時間前後ですよ」
クレープを何度も口にしているが、一向に減らず、永遠はうどんを2人前頼んだことを後悔しながら呟く。
「面白そうじゃん〜。その稽古は明日もやるの?」
「はい。夏休みの間は毎日やるつもりです」
その言葉に麻希薙は少し微笑んで、
「なら、明日は私も参戦していい?」
とかなり乗り気な様子だった。
「俺は大歓迎です!!」
永遠だけでなく、麻希薙というEXTRAのメンバーに稽古をつけてもらえるのは己のレベルアップに大きく繋がる。
作見は麻希薙の参加に大歓迎だった。
(これも経験になるか)
と思いながら麻希薙の参加を了承する。
◇
――翌日。
12階に集まった3人は稽古を始めようとしていた。
「何かやりたいこととかあったんですか?」
永遠はストレッチで足を伸ばしながら麻希薙に質問した。
「まあね」
室内運動場にある長椅子に座っていた麻希薙は携帯をいじりながら誰かを待っている様子だった。
「麻希薙さんと手合わせしてみたいですね!」
作見は両膝を外側に押しながら肩のストレッチをしながら入念に準備をする。
麻希薙の魔術も気になるところだ。
「私とやるのもいいけど、まずは私の一番弟子を呼んだからその子とやってみてよ」
その言葉に永遠はギクッ、と肩が上がってだんだん顔色が悪くなっていく。
「永遠くん?」
「ちょっと……先始めてて……僕用事思い出したから……」
震える声と足で永遠は12階を跡にした。
「どうしちゃったんですかね?」
「さあ〜」
――数分後。
作見はアップがてら室内運動場を走っている。その様子を長椅子に座って足を組みながら見ていた麻希薙は作見の体の出来上がりに感心していた。
するとエレベーターが開く。
「おっ! きたきた!」
エレベーターから出てきたのは、魔術師の正装を見に纏い、深い赤髪を後ろで束ねた少女だった。
「麻希薙さん……あの人って……」
作見はエレベーターから出てきた人に見覚えがあった。
「あれが私の一番弟子、っても弟子は1人しかいないけど」
「師匠こんにちは」
その少女は麻希薙に頭を下げて挨拶した後、作見の方に視線を向けた。
「いや弟子って……千咲さんのことぉーー!?」
「聞いてなかったのか? まぁでも、改めて――久しいな作見」
永遠は用事があったのではなく、逃げたのだとこの瞬間作見は理解するのだった。




