第50話:逆転の請求書と、虎の威を借る狐
ベテラン職人が立ち上がって、親族社員を見下ろすように言う。
「保土ヶ谷さん……アンタがテナントさんとやらに叱られた。
……それは、約束のことじゃなくて、アンタ自身のことなんじゃないのかい?」
「なんだ、言い逃れか?そんなの知らんぞ」
銀さんは呆れたように首を振る。
「おいおい、アンタは『ゲーム機を昭和のオモチャとして馴染ませろ』ってコイツに指示した。
今、映っている報告書にも書いてあるぞ」
俺を振り返った銀さんに大きく頷く。
「俺たちは発注どおりにリペイントしたんだぜ。
作業にあたっていろいろ調べたんだが……横丁の年代の子供たちがあこがれたカラーがあってな。
……『良くも悪くもリモコンしだい』。
あの『28号』の青なんだよな。
そうそう、外箱もちゃんと作ったんだぜ、発注どおり『昭和に馴染ませる』ために。
……な、力作だろ?」
目が飛び出るほど見開いた保土ヶ谷さんをよそに、大船さんが表示ウインドウを変えると、赤と黒のツートンカラーのゲーム機の写真が映し出された。
「こちらが、元のゲーム機です。
私も、納品要件を満たしていることを確認し、承認いたしました。
……まさか、『色が違うからやり直せ』って、今からテナント様にお伝えします?
あんなに満足されていらしたのに」
銀さんを見ると、楽しくて仕方ない顔をしている。
日立先生も座長も顔を真っ赤にして笑いをこらえている。
つくばさんはハンカチで口を押さえているが、今にも笑い出しそうだ。
小杉部長だけがオロオロしている。
無理もない。
壁の問題が片付いた瞬間『アテンドする』という見得を切ったことは、なかったことになり、結局、逃げてしまったのだから。
「さて、ちゃんと疑いも晴れたところで、言わせてもらうぜ。
……さて、保土ケ谷さんよ。
無事に壁を塗ったし、ゲーム機もちゃんと横丁に馴染ませた。
……一日たらずでこれだけのことをこなしたんだ。
こいつは『特別料金』もの、なんだがな……」
銀さんは、不織布トートバッグから、書類を取り出してヒラヒラと振った。
とんでもない金額が書かれた請求書だ。
呆然としていた保土ヶ谷さんが、我に返って喚き出す。
大声で威嚇するしか出来ないひとなのだろうか。
「な、何を言ってるんだ!
プロなクセにミスしたあんたらの責任だろ!
金なんか払えるか!」
「おっと、ミスとは心外だな。
昨日の緊急会議で小杉部長が言ってたじゃねぇか。
作業進捗は日立が毎日写真を付けて日報を出してる。
あんたと部長は、それを確認して『承認』のハンコ、押してるよな?」
モニターに、過去の報告書を大船さんが投影している。
どれもこれも、保土ヶ谷さんと小杉部長の承認印が押されている。
「そ、そんなの! 写真だけで素人がわかるわけないじゃないか!」
「よく言うぜ。
現場監督きどりでさんざん偉そうに指図してた割に、『私は図面も読めない素人です』って認めちまうのか?
……ま、そんなの聞いたところで横丁の客を呼べるわけじゃないし、放っておくよ」
銀さんは、請求書を会議机に置いて、ボールペンでカツカツと机を叩いた。
保土ヶ谷さんのクセをマネしているのだ。
「で、どうする?
俺たちはプロとして、あんたたちの条件通りに仕上げた。
で、その上、アンタがテナントにいい顔したいための『ワガママ』にも応えたんだがな」
「ぐっ……や、やって当たり前だっ……!」
「いやー、すまんすまん。
天下のモールの、しかも『役員のご親族』様だ。
これしきの追加予算、裏から鼻歌交じりでチョイチョイと引っ張れると思ったんだけどな。
……こりゃ、俺のとんだ買い被りだったみたいだな」
芝居がかった口調で、銀さんが呆れたように言った。
言われた保土ヶ谷さんはゆでダコのように真っ赤になっている。
大船さんのキーボードを叩く音が響く。
モニターに、議事録が映し出され、二人のやり取りが要約されて記載されていく。
「こ、こいつ……! バカにするな! それくらい……!」
小杉部長が「え?」という表情を見逃さず、銀さんは真顔になり、ドスのきいた声で保土ヶ谷さんにキッパリと言った。
「……よせよせ。無理すんな。
あんたみたいに、ハッタリとコネで仕事してねぇんだ。
今さら予算なんて申請したら、あんたと部長が上から『管理不足』で詰められることくらい、わかってて言ってんだよ」
うつむく保土ヶ谷さんに銀さんがたたみかける。
「金はいらねぇ。
今回は俺の『貸し』にしといてやる。
その代わりな……これからは、いい年こいて、現場のヤツらにケチつけるようなみっともない真似、少しは控えてもらおうか」
請求書をビリビリと破った銀さんは、司会の小杉部長に進行を促した。
勢いに飲まれた部長が、会議の終了を宣言しようとした時、日立先生が挙手をした。
顔が赤黒い保土ヶ谷さんに向かっていう。
「私からも、忠告させてもらいます。
今日の内覧会、地主さんは大変満足されていました。
特に発起人の元県議会議員の塩浜重三郎様は、本プロジェクトに全面協力させて頂きたいとおっしゃっていました」
あれ、塩浜重三郎?どこかで聞いたことあるな。
つくばさんもその名前にピンときたようだ。
モール側の人たちは「え?」という顔をしている。
たぶん、地元の有力者なのだろう。元県議会議員って言っているし。
「そして、塩浜様は、私の絵画教室の生徒さんでもあり、本プロジェクトに私を推挙した方です。
これ以上、しゃしゃり出るようなマネをするとどうなるか、保土ヶ谷さん、あなたが一番おわかりなのではないてですか?」
やはり。
最近入会した、あの塩浜のおじいちゃんが塩浜重三郎さんだったのだ。
ダックベーカリーのクロワッサンが大好きで、教室でつくばさんにたしなめられている、あのおじいちゃんだ。
日立先生の忠告を聞いて、ゆでダゴが急速冷凍されて真っ青になった。
虎の威を借る狐は、逆の立場の恐怖を誰よりも知っている。
銀さんを真似たのか、日立先生もドスをきかせて、冷凍ダコにダメ押しした。
「あなたと同じレベルにはなりたくないので、黙っていましたが……上には上があるということを、よく自覚した方が良いですよ。
……では」
颯爽と席を立った日立総監督に続いて、横丁関係者が会議室を出る。
俺が最後に出たので、ドアを閉めようと振り返る。
そこには魂の抜けた保土ヶ谷さんと、オロオロし続ける小杉部長、そしてニコリとして俺に小さく手を振る大船さんの姿があった。
【担当:日立先生(総支配人)】
「やれやれ。
虎の威を借る狐……とはよく言ったものだね。
こうはなりたくないものだな。
さて、灯くん。
悪い大人の撃退も終わったことだし、凱旋といこうか。
横丁では、美味しい『戦利品』が待っているよ」
次回、第51話『揚げパンの味と、プロの景色』うん、揚げパンは美味いな!!




