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【情念の画家】地味な僕のフェロモンと筆ペンで、彼女たちの理性が限界突破する件  作者: 船橋ひろみ
第四章:黄昏の職人と、捏造された昭和

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第49話:完璧な承認と、仕掛けられた罠

到着した『オモチャの兵隊さん』のセットにあるショーケースを開けてもらい、岩瀬さんに作ってもらった怪しさ満点の外箱と共に、捏造した昭和のオーパーツを飾る。


隣に並んでいる、ハサミがトレードマークの宇宙人のソフビ人形と比べても、違和感はないはずだ。

ドキドキしながら大船さんを見ていると、若手社員はミライ・スコープを一瞥(いちべつ)して、事務的に言った。


「……はい、確認しました。

外見よし、雰囲気よし。

『昭和のオモチャ』として承認します」


そう言うと、書類を取り出してハンコを押す。

あまりの早さに、俺が戸惑う。


「あ、あの……詳しくチェックしなくても、いいんですか?」


俺がおそるおそる聞くと、彼女は涼しい顔で言った。


「私はこのオモチャが飾られる経緯は知らないわ。

で、何も知らない私が、これを詳しく見て、あなたに質問したりして、何かプラスになります?

それってお互い時間の無駄でしょう?」


「あ……」


 彼女は眼鏡の位置を直しながら、ニヤリと笑った。


「部長と保土ヶ谷さんが欲しいのは『結果』だけ。

私が欲しいのは『自分の時間』。

……そして、あなたたちが欲しいのは『承認印』。

そして、会社の要望どおりの事ができている。ここで騒ぎ立てて余計な仕事を増やさないのが『大人のマナー』よ。

私も早く帰りたいし」


大船さんは、そう言って再びスマホで写真を撮り、


「ま、たまにはウザオヤジ……保土ヶ谷さんも少し痛い目見てもいいかもね。

……今の報告書は上長承認に回します。

終わったらデータで日立総監督と鎌ヶ谷さんに送ります」


「あ……ありがとうございます!」


極めて事務的な口調で立ち去る大船さんの背中に深々と頭をさげると、彼女がクルッと振り向き、柔和な顔で手を振った。


「……誰が考えたか知らないけど、ナイスなお仕事よ。面白いわ」


呆気に取られた俺に構わず、若手社員は横丁の夕焼けに消えていった。

俺は足早に去って行く大船さんを見送ったあと、今日何回目かのダッシュをして、作業場に戻って、銀さんに報告した。


「戻りましたっ!大船さんの承認、もらえました」


ハンドピースを分解していた銀さんは、俺の報告を聞いてニヤリとした。


「そりゃそうだ。俺たちの仕事だぞ?」


その言葉どおり、ベテラン職人は仕事道具を片付けていて、塗料缶やウエスなどもすでに所定の位置に置かれていた。


「……上司承認回したあと、日立先生と銀さんにデータで承認済みの報告書を送るそうです」


「わかった。お疲れさん。

今日は帰って寝ろ。明日が勝負だ」


「……はい!」


長い一日が終わった。


ホッとしたら身体が重くなってきた。

でも、心は軽やかでワクワクしている不思議な感覚。

更衣室に向かう俺は笑顔になっていた。



翌朝。


モールの広報さんや地主の方々が横丁に来訪する、内覧会の日がやってきた。

朝から銀さんは作業場にいると聞いて、俺も朝から作業場で待機することにした。

何か出来るわけではないけど、万一の時、指示を受けてすぐ動けるようにするためだ。


作業場に向かおうと、横丁のスタッフ通用口に入ろうとしたら、完成したばかりの来場者用の入り口が見えた。

マイクを握って得意気な保土ヶ谷さんのアナウンスを中心に、小さな人だかりが出来ている。


「本日は、地域の皆さま、加えて出店テナントの皆さま、そして当社広報部の皆さま、昭和ノスタルジー横丁の内覧会にお越しいただき……」


人だかりから少し離れたところに『ご案内』の腕章をつけたスーツ姿の大船さんが見える。

きっと、中に入ったら、日立先生と陽菜が案内役として出迎えるのだろう。


のんびりしていられない。俺は更衣室に急いだ。


「おう、朝からすまないな。よく寝れたか?」


すでに銀さんは作業場に来て、塗装用具を手入れしていた。


「はい。……ここに朝から、というのは、僕がお願いしたことですから。

大丈夫です!」


きっと、家にいても気が気じゃない。


それなら、現場で待機していた方が気が紛れる。

作業場の時計は開始時刻からわずかに過ぎた時刻を示している。


のんびりと塗装用具を手入れしたり、棚の整理をしている銀さん。


俺は緊張しながら待機していたが、連絡はこない。

しだいに手持ちぶさたとなり、塗装用具や作業場のスケッチを始めた。


「お、そろそろ終わったな」


銀さんの声でハッとする。

スケッチブックにはハンドピースと転がったアルミテープが描かれていた。


内覧会が終わった後は、関係者でフィードバック会議があると聞いている。


ちょうどいいや、と銀さんは俺がコーヒーかすを入れてきた不織布トートバッグに書類入れを放り込んだ。


「灯、いっしょに来い。

俺たちのケンカの勝敗を確かめに行くぞ」


通路を抜け、コンテナハウスの会議室の前にたどり着くと、ちょうど日立先生とつくばさんも合流した。


「お疲れ様。さて、今からフィードバック会議だ。

……ちょっと、一波乱ありそうだよ」


先生の苦笑いと共に会議室に入ると、そこには不機嫌の塊のような保土ヶ谷さんが座っていた。

せわしなくボールペンをノックしている。何か言いたくてたまらない様子だ。

蘭堂座長は既に着席していて、俺たちを見て苦笑気味に会釈した。


面倒な会議になりそうだよ、と言いたげだ。


「さて、皆さん揃いましたので、内覧会のフィードバック会議をしましょう……」


小杉部長の司会で会議が始まった。


大船さんは、小杉部長の隣でカタカタとキーボードをたたいている。

何か写す時に備えているのか、今日はモニター付近に着席していた。


内容としては、特にモール側からも、地主さんたちからも、そしてテナントさんたちからも指摘事項はなかったようだ。


壁のエイジングも問題なかった。

俺は大きく息を吐き出した。


「と、言うわけで、モール側からもゴーサインが出ましたので、予定通りプレオープンに備えて……」


「ちょっと待ってくださいよ!」


ボールペンを折りそうな勢いで、保土ヶ谷さんか立ち上がった。


出席者が「お、始まった」という表情で保土ヶ谷さんを見る。


「指摘事項がない?大ありです!

……私の指示した『赤いゲーム機』は、どこにやった?

テナントさん、カンカンだったぞ!」


溜めた分、爆発力があった。

保土ヶ谷さんが俺たちに噛み付いてきた。


「いやいや、保土ヶ谷さん、あのテナントさん、喜んでたじゃありませんか。

カンカンなんかになっていませんでしたよ。

だいいち、塗装担当からの報告書も承認されていますよね?」


「う、うるさいな!とにかく!

飾られていなかったじゃないか!

私はあの後、て、テナントさんから叱責されたんだっ!

約束が違うって!」


日立先生の冷静な指摘に余計いきり立つ親族社員の保土ヶ谷さん。

先生は役の衣装で話しているので、冷静な分『ドンの迫力』が倍増しているように感じられた。


「……壁の件は大目に見てやったが、ゲーム機はなかったじゃないか!

大船さんをだまくらかして承認を取ったようだが、私は騙されないぞっ!

……昨日の件だってなあ、テナント様に私が何て調整したか……」


保土ヶ谷さんがテナントさんと前日調整したことを語りだす『独演会モード』に入り出した。


手を止めた大船さんが自分のノートパソコンにケーブルをつなぐと、会議室のモニターに小杉部長まで承認された報告書が映し出された。

報告書には、大船さんが撮影したスマホ写真が挿入されている。


宇宙人のソフビ人形の隣にある『ミライ・スコープ』は昔からあったかのような佇まいを見せている。


「ほら、ないじゃないか!

『赤いゲーム機』なんて、どこにもないっ!」


鬼の首を取ったような保土ヶ谷さん。

自分で承認したくせに、約束違反とか言い出すなんて信じられない。


ただ、これでハッキリした。

獲物が罠にかかったのだ。


そして、俺たちは、保土ヶ谷さんから売られたケンカに勝った。


俺と銀さんは顔を見合わせてニヤリとした。

【担当:保土ヶ谷雅彦(モール運営事務局/親会社から出向中)】

おいっ!!ふざけるな!

ないじゃないか! 私の指示した『赤いゲーム機』が!

テナント様との約束を破る気か!?

承認印だと?

うるさいっ!そんな写真で誤魔化されるか!

おい、今すぐモニターに現物を映せ!

君たちの怠慢を暴いて、責任を取らせてやる!


次回、第50話『逆転の請求書と、虎の威を借る狐』見てみろっ!ないじゃないか……ん?な、なにっ?

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