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【情念の画家】フェロモンのおかげか、地味な僕が筆ペンで描くだけで、クールな彼女たちの理性が限界突破している件 ~日常系かと思ったら、昭和レトロな情念バトルが始まりました~  作者: 船橋ひろみ
第四章:黄昏の職人と、捏造された昭和

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第27話:夕焼け色の住人たちと、サングラスの総支配人

「灯くんならそう言うと思った。よし、もう少し街を見せてあげるよ」


先生に連れられて進むと「リハーサル中」という立て看板と、カラーコーンが立っていた。


奥の方からパンパンと何か書類を叩く音とシャウトするような声がする。


不思議に思いつつカラーコーンを通り過ぎて、先生と進むと、そこには既に「住人」たちがいた。

割烹着姿で軒先を掃くおばさん、自転車で紙芝居を運ぶおじさん、そして街角に立つ駐在さん。

まるで昔からいたかのような人たち。


「駄菓子屋 おみやま」と書かれた店の軒先に、バナナの並んだ縁日の屋台のような作業台で、八百屋風の人が、手持っているハリセンを叩き、


「さあさあ、見てってくれ!結構毛だらけ、猫灰だらけ!」


パンパン、と調子を取って叫んでいる。

カラーコーンのあたりで聞こえたのはこの声と音だったのだ。


「見上げたもんだよ、屋根屋のふんどし!!」


八百屋さんが続けると、通りかかった駐在さんがホイッスルを吹いた。


「おい! ハチ!下着の話はアウトだ!」


ハチと呼ばれた八百屋さんは、首をすくめる。

いくら昭和レトロといっても、今は今だ。コンプライアンス的に厳しいのだろう。


「ちぇ、せっかくの機会だし、うめぇセリフを考えねぇとなあ」


俺はキャストさんと思われる人たちの徹底したなりきりぶりと、人工的な夕焼けに染まった路地裏の空気感に圧倒された。


昔家族で連れて行ってもらった、神奈川にあるラーメンのフードテーマパークを思い出す。

陽菜にドンブリとレンゲのキーホルダーをお土産に渡したっけ。

そんな思い出に口を緩めていると、八百屋のハチさんが俺たちに気づいた。


「お、総支配人!お疲れさんでございやす」


「……え、総支配人?」


ハチさんに片手をあげて応えた日立先生は照れくさそうに髪を掻き上げた。

「いちおう、私も役所の方とかの来賓を案内したりするから、違和感のないように役が必要ってアイツが言ってな……百貨店の総支配人兼横丁の会長になってる」


「アイツ?」


先生がアゴをしゃくると、ギターを抱えた白いスーツのイケメンにゼスチャーを交えて指示を出している、先生と同年代と思われる男性がいた。

作務衣に丸眼鏡姿は陶芸家のようだ。


「今回の演出とキャスト指導を任せた、『ふれあい劇団・霞座かすみざ』の座長、蛇の目蘭堂じゃのめ らんどうさんだ。

地元の老人ホームとか児童施設の慰問公演なんかじゃ、引っ張りだこになっている、地元劇団のトップだよ。

私と腐れ縁でな。ここにいるキャストは皆さん劇団の人たちだ」


ハチさんがパンパンとハリセンを鳴らして「蘭堂座長!総支配人がいらっしゃいやしたぜ」と呼びかけた。

気づいた蘭堂さんが俺たちに近づいてきた。


「お、君が日立の愛弟子(まなでし)か?」


作務衣の座長は、俺をしげしげと眺めると、満足げに頷いた。


「うん、いい。飾り気のない、実直な職人の顔だ。

……決めたよ。あんたは『ペンキ屋』の役だ。この街の古びた化粧直しは、あんたに任せる。

皆に愛される職人になってくれよ」


「へ?ペンキ屋?職人?どういうことですか?」


思わず先生を見る。

俺の目立ちたくないという性格をよく知っているはずの先生は、俺の肩に手を回し、街並みを指さして言った。


「灯くん、言いたいことはわかる。

しかし、だ。このレトロの街並みに現代の作業着姿でメンテナンスに出てみろ。来たお客さんは興ざめしてしまうぞ」


「って、言われても、ぼ、僕、役者さんじゃないし……」


「他のみんなのように役になり切れとはいわないよ。

あくまで仕事はエイジング塗装やメンテナンスだ。ただ、そういう設定ということを頭に入れて、本来の仕事をしてくれたら良い」


やりたい仕事だとは言ったけど、急にそんなこと言われても困る、と黙っていると、先生はスマホを取り出し「見てくれ」と写真を写した。


スマホの画面には異様な風体の男が立っていた。

黒のモーニングコートに蝶ネクタイ。

胸ポケットには真っ赤なチーフを挿し、目元は黒いサングラスで隠している。

髪はオールバックに撫で付けられ、手にはステッキ。


「……ひ、日立先生?何ですかこの格好」


「これからすれば、灯くんの職人姿なんてかわいいもんだ」


先生はニヤリと笑った。

その目は「私は腹をくくった」と言いたげに見えた。


「俺がどうこうというか……先生、その格好、総支配人というより、デパートを乗っ取りに来たマフィアのボスに見えるんですけど」


「やかましいな。 これが蘭堂が演出する『昭和の威厳』だ。

私は、この街の全てを統括する『総支配人』という役回りなんだよ」


確かにこの格好を見たら、ペンキ屋の格好なんて大したことはない。

劇団の人たちみたいにメイクもいらないし、ずっと横丁にいなくても良いのだ。


もし、知り合いが来ても、帽子か何かをかぶったり、塗装とか言ってマスクをすればいい。

ペンキ屋の役は気は進まないけど、ここはチャレンジしてみよう。


劇団の人たちがあれだけ役に入り込んでいるんだし、俺が多少挙動不審でも目立つことはないはずだ。


「……わかりましたよ、いまさら嫌とは言えないんでしょ」


先生は満足げに頷いた。


それにしても、オープンしたら、先生は本当にあの格好で来賓を迎え入れるのか。

なんだかやりすぎな気もするが、数多くの公演を重ねた蘭堂座長の演出を信用しているのだろう。


「よし、じゃあ私の片腕、チーフアシスタントのところへ行こうか」


先生について、入り組んだように見える路地を進む。

大きな赤い電話が設置されている電話ボックスを通り過ぎ、赤い提灯が下がっている居酒屋の角をまがる。

まるで、本当に昭和の路地裏を歩いているような錯覚に陥る。


「ここだ」


少し歩いただけでは発見できないであろう、古びたスナック。

『会員制・琥珀』と書かれた古びたドアの横には、古びた真鍮しんちゅう色のプレートが埋め込まれている。筆記体で彫られた文字は、『Members Only』。


先生は袂からIDカードを取り出してそっとプレートに押し当てた。


フォゥン……


微かな電子音と共に、プレートに刻まれた『Members』の文字だけが、内側から紅く、妖しく発光した。


カチャリ。


「オープンしたら、ここはスタッフルームになる予定だ」


重そうなドアを、先生が押し開ける。

「高校生なんで飲酒は」と言いかけて、言葉を飲み込んだ。

ギィ……と錆びついた音がして、中から漏れてきたのは、紫煙とアルコールの匂いではなく、冷たく乾いたコンクリートの匂いだった。


そのドアの向こうは、店ではなかった。横丁のもともとの姿、倉庫そのままだった。

パーティションで仕切られたスペースに、パイプ椅子やソファがしつらえられて、工事用資材の段ボールや工具が乱雑に置かれている。


華やかなセットの裏側には飾り気のない「現実」があった。


「灯くん、遅いわよ」


先生が入り口付近のデスクにあった書類入れを取り上げた時、背後から、凛とした、しかしどこか芝居がかった声がした。

【担当:つくば(モダンガール)】

「……遅いわよ、灯くん。ずっと待っていたの。 この重い扉の向こうは、教室でもアトリエでもない。 大人たちが『秘密』を共有する、琥珀色の隠れ家よ。

ねえ、いい匂いがするでしょう? ジャコウと薔薇……とろけるような『毒』の香り。 逃がさないわ。あなたには、私と『共犯者』になってもらうんだから。

次回、第28話『くれないのモガと、黄昏の純喫茶』 さあ、こっちへ来て。……契約のキスをしましょう?」

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