警報
「……王子、久しぶり」
静まり返った病室に、冷え切ったその声が落ちた。
ハッと息を呑んで視線を向ける。そこに立っていたのは、この明光隊に属しているはずなのに、今まで一度も姿を見かけなかった人物だった。
「……神川、先輩……」
相原先輩たちの同期であり、かつて私に対して誰よりも冷酷な拒絶を突きつけてきた人。
明光隊があの時の部活のメンバーで構成されているのに、1人足りていなかった。
それが神川先輩だ。
私の胸の奥に眠るトラウマの引き金を、いとも容易く引き絞る存在。
「神力が足りなくなってね、今はここで看護師をやっているの。……まさかこんなところで会うなんてね」
作業の手を止めず、私と目を合わせようともせずに神川先輩は冷淡に言い捨てた。
そして、去り際に一瞬だけ私を見下ろし、酷く冷ややかな嘲笑を浮かべた。
「また桜花たちに心配をかけたんだ。……あの頃みたいに。本当に、何も変わらないのね、王子は」
っ……!!
心臓を直接刃物で抉られたような激痛が走る。
何も変わっていない。進歩していない。中学時代からずっと。
士官学校では仲間を巻き込み、傷つけ、自分だけが惨めに生き残る。あの安宅くんを失った日と同じだ。
突きつけられた残酷な拒絶の言葉に、私の頭の中で何かが「プツン」と音を立てて切れ落ちた。
視界が急速に色を失っていく。
思考がどこか遠くへ離脱していくのを感じる。
もし——もし今、ここにあの不器用な関がいたら。あるいは、厳しくも温かい中山教官が隣にいてくれたなら、私は踏みとどまれたのかもしれない。
けれど、今の私には誰もいない。
……すっと、身体を起こす。
痛覚を麻痺させるように身体の表面へ薄く神力を巡らせると、左腕の骨折も頭部の激痛も、すべて他人事のように感じられなくなった。
腕に刺さっていた点滴の針を、躊躇なく引き抜く。
血が垂れるのも気にせず、私はベッドから降りて立ち上がった。神力を維持していれば、外からはただの「軽傷者」にしか見えないはずだ。
時刻はちょうど昼。相原先輩たちは食堂で昼食をとっている時間だろう。
足早に自室へ戻ると、左腕を吊っていた三角巾を乱暴に脱ぎ捨て、血と泥で汚れた隊服を洗面所の洗濯機へ投げ込んだ。予備の新しい防護スーツに着替える。
窓の外へ視線をやると、冷たい雨が白く煙るように降り続いていた。
こんな視界の悪い悪天候の中での空中戦は、神力の消耗を何倍にも跳ね上げる。
着替えを終えた私は、迷うことなく幹部士官しか入室を許されない作戦室へと向かった。
重い扉を開けると、室内は怒号と警報音でパニックに陥っていた。
「王子! 久しぶりだな!」
デスクの奥から声をかけてきたのは、立川出身の士官学校の同期だった。彼もあの惨劇を生き延びた生存者の1人だ。広島から参謀としてこの第二基地へ派遣されてきているとは聞いていた。
「久しぶり……」
「おいおい、お前でその様かよ……」
「まぁ、ちょっとタイミングが悪くてね。……現地は押され気味のまま?」
私の問いかけに、同期は苦々しい顔で巨大な戦況モニターを指さした。
「このまま撃破数が伸びなければ、福岡、佐賀、長崎、山口に大規模避難命令を出して、市街地を含めた総力戦になる」
九州全域を巻き込む絶望的な焦土戦。そこまで追い詰められているのか。
「これから……臨時の迎撃隊を組むの?」
「あぁ、出撃可能な人員を集めてな。……お前、今はどこの小隊だ?」
「立川から派遣されて、ここ福岡第二の明光隊にいる。……うちの隊は、神力切れで全員動けない」
同期は痛ましそうに私を見つめ、低く問いかけてきた。
「なら……王子、お前行けるか?」
「——もちろん」
迷いなく即答した。
神力なら、まだ身体の底に余っている。
もう誰にも迷惑はかけない。私一人で飛べば、誰も傷つかずに済むのだから。
私は感情の消えた瞳で、雨の降り頻る暗い空を見据えていた。




