前線崩壊
次に意識が浮上したとき、視界に飛び込んできたのは殺風景な天井と、鼻をつく消毒液の匂いだった。
「……気がつかれましたか? 動かないでくださいね」
枕元で管を調節していた女性——看護師らしい人が、引きつったような表情で声をかけてくる。
体に力を込めようとした瞬間、全身を突き抜ける激痛に思わず息を呑んだ。
「頭部の裂傷による出血がひどく、輸血を行っています。それと……左腕の骨が完全に折れていますよ」
「……折れて、る……?」
掠れた声で呟く。神力を全身に限界まで循環させて麻痺させていたせいで、左腕の骨が砕けていることにすら気づいていなかったのだ。
腕に繋がれた点滴の管をぼんやりと見つめていると、慌ただしい足音とともに病室のドアが開いた。
「小早っ……!!」
飛び込んできたのは、相原先輩、片倉先輩、そして南野の三人だった。
全員、着古した防護スーツのまま泥と煤にまみれており、顔には疲弊と濃い影が落ちている。
「……すみません、ご心配をおかけしました。私は大丈夫です」
無理に口角を上げてみせたが、南野は今にも泣き出しそうな顔で激しく首を横に振った。
「大丈夫なわけないでしょ……! 私のせいで……私が足を引っ張ったから、小早が……っ!」
「南野のせいじゃないよ」
南野の言葉を遮り、私は天井を見つめたまま静かに首を振った。
「完全に私の不注意だ……。それに——戦場では、強くても弱くても、運が悪ければ誰だって落ちる。ただそれだけのことだよ」
自分に言い聞かせるような言葉に、室内が重い沈黙に包まれる。
私という唯一の決戦戦力を欠き、後衛の三人も神力を使い果たした明光隊は、一時的な戦線離脱を余儀なくされていた。その一方で神力の回復と応急処置が終わり次第、再びあの地獄へ再出撃しなければならない。
壁のモニターに映し出される九州全域の被害状況は、凄惨を極めていた。
九州・中四国各地から集められた派遣部隊の必死の抗戦も虚しく、圧倒的な数を誇る“ヤツ”の前に戦線は各所で瓦解し、被害は刻一刻と拡大している。
立川基地からの増援——桜木中佐や中山中佐たちの到着は、未だ確認されていない。
東京から九州までの長距離移動だ。現地到着前の段階で空戦による神力を消耗させるわけにはいかず、輸送機や陸路を使わざるを得ないため、到着にはどうしても時間がかかる。
ガラス越しに聞こえる警報音と、打ちつける冷たい雨の音。
激痛に耐えながら点滴の滴下を見つめる私にできるのは、回復を待つことだけだった。
「神力の余裕があっても、肉体が動けないと戦いには行けないんだね……。」
そう呟いた声はモニターの機械音にかき消された。




