意地
気づいた時には、景色がゆっくりと天地逆転しながら遠ざかっていた。
あ……私……吹っ飛ばされたんだ……
鼓膜の奥で、甲高いキーンという金属音が鳴り響いている。
空中を漂う爆煙の隙間から、上空で必死に踏みとどまっている相原先輩と片倉先輩の姿が見えた。
すぐ脇には、白目を剥きかけて私にしがみつく南野の姿。
真上からの直撃だった。神力シールドを破られ、ヤツの放った爆縮衝撃波をもろに食らったのだ。
ズシンっ——!!
強烈な衝撃とともに地表へ激突する。
私は咄嗟に南野の身体を抱き込み、自分の背中から地面にくい込むように滑落した。背骨が悲鳴を上げ、全身の関節が軋む。
「……小早! 小早っ!!」
遠くで、南野が叫んでいるような気がする。
声が重く濁り、水底から聞こえるように遠い。
あ……ダメだ……早く……空へ戻らなきゃ……
私が落ちたら、上空の相原先輩と片倉先輩の二人だけであの化け物と対峙することになってしまう。
重い瞼を押し上げると、涙と泥で顔をぐしゃぐしゃにした南野が、震える手で私に必死で神力回復の手術を施していた。
「……南野、大丈夫……?」
「うちは大丈夫……っ! ありがとう、小早、ありがとう……!」
「良かった……。南野、立って……戻らなきゃ……二人だけじゃ……っ」
「動かないで! 小早、頭から血が……すごいの……っ!」
そっか……と息を吐く。さっきから目元を濡らし、視界を赤く染めていた生温かい液体は、汗ではなく頭部からの出血だったのだ。
「……これくらい、大丈夫」
骨伝導イヤホンから、激しいノイズ混じりの絶叫が届く。
『楓! 小早! 無事なの!? 大丈夫!?』
『相原先輩、大丈夫です……! 王子、すぐに復帰します!』
『大丈夫じゃないってば! 小早、立っちゃダメ……!』
南野の制止を振り切り、立ち上がる。
ポケットから予備の白い長布を引き抜くと、髪ごと傷口に力任せに巻きつけ、固く縛り上げた。血が目に入るのを防ぐための応急処置だ。激痛に視界が明滅するが、奥歯を噛み締めて耐える。
まだ戦える……! 私の神力なら、まだ動ける……っ!
再び空へと躍り出る。
上空では、相原先輩と片倉先輩が神力を振り絞り、死角からの攻撃を命がけで防ぎ止めていた。
神力の残量が底をつき、飛行速度が著しく低下している南野の手首を強引に引きずり、ヤツの懐へと肉薄する。
衝撃波を放ち、ヤツのヘイトを力ずくでこちらへ向けさせた瞬間、黒い装甲の隙間、下部に小さなコアの閃光が見えた。
「王子、潜り込みます! 援護お願いします!」
「小早、だめ——っ!!」
制止する片倉先輩の悲鳴のような声を背に受けながら、私は死角から急降下をかけた。
命を削るような加速。ゼロ距離から神力を叩き込み、コアを粉砕する——!
凄まじい爆炎とともに、ヤツが海へと沈んでいった。
肩で息を吐きながら相原先輩たちの元へ合流すると、先輩の顔は青ざめていた。
「……撤退するよ、小早。これ以上は無理……!」
空を見上げれば、急激に雲が立ち込め、冷たい雨が打ちつけ始めていた。
広大な海上のあちこちで、神力を使い果たした各小隊が押され始め、次々と撤退のシグナルを打ち上げている。全域で神力不足による戦線崩壊が始まっていた。
「……分かりました。全機、撤退しましょう」
回頭し、基地へ向かって飛ぶ。
だが、三人とも限界を超えて神力を消費しており、飛行スピードがまったく上がらない。いつ墜落してもおかしくない状態だ。
私は最後尾に回り、迫りくる追撃を神力シールドで弾きながら、必死に三人の背中を守り続けた。
生温かい血が、雨水と一緒に頬を伝って顎から落ちていく。
視界が徐々に狭まり、指先の感覚が失われていくのが分かった。頭部の激痛と引き換えに、強烈な眠気と冷気が全身を侵食していく。
落ちるな……絶対落ちるな……! 基地につくまで……みんなを送り届けるまでは……神力だけで保たせるんだ……っ!!
朦朧とする意識の中、私はただ仲間たちの背中だけを見つめ、土砂降りの空を飛び続けた。




