経験がない
本部から手配された迎えの車が、静かに到着する。
「……頑張ってね」
「うん、そっちも気をつけて」
私は残る待機組のみんなと3人が短い言葉を交わしているのを眺めていた。
本部へ到着すると、休む間もなく作戦会議室へと通され、現状と作戦の全貌が明かされた。
九州北部に迫る「ヤツ」の数は、およそ数100体。現在も進行を続けており、明日の朝、九州および中四国各地から集められた派遣部隊の総力戦で迎え撃つしかないという。
広大な海上で、各小隊が1体ずつ確実に撃破していく——特別な裏技など存在しない、圧倒的な「人海戦術」だった。
ミーティング終了後、隊ごとに小さな部屋があてがわれ、私たち出撃組の4人はそこで夜を明かすことになった。
時計の針は、すでに24:00を過ぎている。
……8:00出撃か。
布団に横たわるものの、目が冴えて一向に眠気が訪れない。
昼間は参謀として冷静に振る舞い、仲間たちの前では平然を装っていた。だが、胸の奥では激しい動悸が渦巻いている。
数100体なんて……そんな大規模な戦闘、私だって経験したことないのに……。
幹部候補生学校を優秀な成績で卒業し、各地を巡業してきた「唯一の経験者」として振る舞ってきた。けれど、私がくぐり抜けてきたのは高々数十体程度との局地戦だ。命のやり取りという点では彼女たちより場数を踏んでいるものの、100体を超える巨大な死地を前に、本当は恐怖で押し潰されそうだった。
熱を持った体を鎮めるため、みんなを起こさないよう静かに部屋を抜け出し、廊下の自動販売機へと向かった。
ガコン、と音を立てて落ちてきた冷たいジュースを買い、火照った喉と体に一気に流し込む。
「……小早」
背後から掛けられた低い声に、肩が跳ねた。
「片倉先輩……起こしてしまいましたか?」
「ううん、大丈夫。……小早こそ、大丈夫?」
紫陽先輩が、心配そうに私の顔を覗き込んできた。
「……そんなに顔色、悪いですか? 」
自虐的に微笑んでみせる。
「南野にも心配されちゃいました。いけないですね、この中で唯一の経験者なのに……情けないです」
100体規模の絶望感。全員を生きて帰さなければならないという責任感。それらが重くのしかかり、強がりのメッキが剥がれ落ちそうになる。
すると紫陽先輩は、静かに首を横に振った。
「一人で抱え込まんでええよ」
柔らかいその言葉とともに、すっと温かい手が伸ばされ、私の頭を優しく撫でた。
言葉にならない優しさが胸に沁み込んでいく。
「……先輩。ありがとうございます、大丈夫です」
紫陽先輩はそれ以上何も言わず、小さく微笑んで部屋へと戻っていった。
一人残された私は、廊下のソファーに深く身体を預けた。冷たい缶の感触と頭に残る先輩の手の温もりにすがりながら、私はそのまま静かに目を閉じた。




