守りたいほどに
訓練を終えた午後の空は、雲ひとつない快晴だった。 私たちは正式な飛行装備を整え、明光隊の担当空域である北九州・沿岸部の警戒ルートへと順次飛び立った。
心地よい風が顔を撫でていく。 地上で見た皿倉山や関門海峡の景色が、高度を上げるにつれて広大なパノラマとなって眼下に広がっていく。
耳元の骨伝導イヤホンからは、本部からの定期通信と隊員たちのリラックスした声が聞こえてくる。
『こちら本部。現在、北九州全域の神気反応は正常。各員、定期パトロールを継続せよ』 『了解! こちら相原、本日も異状なし!』
隊長の相原先輩の声も、どこか晴れやかだ。 今日の空には“アイツ”の気配すらなく、まさに絶好の飛行日和だった。
『それにしても、小早が後ろにいてくれると安心感が違うねぇ』 菊名先輩が通信越しに呑気に声をかけてくる。
『本当ですよ! 王子先輩の指示通りの高度を保ってると、風に乗るのがすごく楽です!』 中央を飛ぶ成瀬(夏純)も、嬉しそうに声を弾ませた。
「夏純、油断は禁物だよ。でも……うん、今のフォームなら神力の消費も最小限に抑えられてる。すごく良い感じ」
『えへへ、ありがとうございます!』
骨伝導マイク越しに褒めると、夏純の嬉しそうな顔が目に浮かぶようだった。 中学の部活時代にはギクシャクしてしまった関係も、こうして空の上で「神力使い」として向き合ってみれば、彼女が純粋に努力を重ねてきたことがよく分かった。
『 小早のアドバイスのおかげで夏純の動きが見違えるようだよ!』 『分かってるわよ! 私だって小早の教え方の上手さは認めてるんだから!』
前線を飛ぶ相原先輩と菊名先輩の賑やかなやり取りを聞きながら、私は少しだけ口元を緩めた。
……平和だな
神力使いになってからというもの、常に命がけの戦いや緊張感に晒されてきた。 亡くなった安宅くんのことや、立川に残してきた関のこと、考えなければいけない問題は山ほどあるけれど……今日くらいは、この穏やかな空の旅を楽しんでもいいのかもしれない。
隣に並んだ紫陽さんが、私の方を見て優しく微笑む。
『小早、北九州の空、きれいだね』
「……ええ。本当に。ずっと守りたいほどに。」
敵の影もない穏やかな海風を受けながら、私たちは約束された安全なルートを滑るように飛んでいく。 昨日、自分が関に送りつけたあの“激硬い堅パン”のネタを思い出し、ふっと胸の中で小さく笑った。
関のやつ、今頃あきれながら噛み砕いてる頃かな……
何事もない平和なパトロールの時間は、ゆっくりと、けれど確実に私たちの心の緊張をほぐしていった。




